第四部

アデス王国編

第168 話 タイムスリップ

 ヒアデスに接近していた暗黒魔星の正体は、何百年も前に実験中に消息不明になったハルクのプロトタイプガンマだった。

 そのガンマが魔力を吸い寄せる装置を作動させたまま異次元をさまよっていたのだ。

 俺とチハルはハルクデルタの次元シールドで異次元に潜り、ガンマを捕捉、ドッキングしてガンマの制御を完全に掌握することに成功した。

 これで暗黒魔星の脅威は去った。

 俺とチハルは意気揚々と通常空間に戻ったのだが……。


「カイト、戻ったぞ。無事解決だ」

『……』

「カイト。応答願います。オーバー」

『……』

「あれ? どうしたんだ」

 カイトは自分の宇宙船で近くに待機していたはずだ。異次元に潜る前には普通に交信できていたのに通信トラブルか?


「チハル。カイトと通信を繋ぎなおしてくれ」

「キャプテン。通信可能範囲にカイトの船は確認できない」

「なんだって!? 俺たちが異次元に潜っている間にカイトになにがあったんだ」

「キャプテン。何かあったのはカイトではなくて私たちの方」

「俺たちの方って。どういうことだ?」

「何があったかわからないが、現時点で現在位置を特定できていない」

「船のセンサーにトラブルでもあったのか?」

「センサーを含めて船の機能は全て正常に動作している」

「それなのに現在位置が特定できないなんておかしいだろう。もしかして異次元から通常空間に戻る際にとんでもない所に飛ばされたのか?」

「いえ。遠方の星の位置から割り出した大まかの位置はエリアEのアルデバラン星系で間違いないはず。なのに近場の星の位置が今までと大幅にずれている」

「暗黒魔星の影響じゃないのか?」

「それを計算に含めても位置がおかしい」

「それじゃあなんで……」

「今デルタにあらゆる可能性を排除せずに再計算させている」

「あらゆる可能性?」

「たとえば元の世界によく似た異世界に転移したとか」

「ああ。異世界転移ね……」

 俺自体異世界から転生している。異世界転移があってもおかしくないだろうが、よく似た世界というと並行世界パラレルワールドだろうか。まあ、どんな世界でもリリスさえいればかまわないが、カイトがいないとなるとリリスが無事か心配になる。


「キャプテン。再計算の結果が出た」

 俺があらゆる可能性についてあれこれ考えているとチハルがそれを遮った。

「お、そうか。それでどうだった」

「場所はアルデバラン星系ヒアデス近郊で間違いなかった。ただ……」

「ただ?」

「今は銀河標準暦1965年だと計算結果が出た」

「ちょっと待ってくれ。確か今年は1620年じゃなかったか?!」

「そう、私たちが今いるのは345年後の未来ということ」


「345年後にタイムスリップしたというのか! それじゃあリリスはどうなった?!」

「ヒトの寿命は長くても150年。普通なら寿命を迎えている」

 チハルの常識だと150年なのかも知れないが、セレストでは一般的に人生60年と言われている。もっとも、王族や貴族などはもっと長生きだが、それでも100歳を超えた人の話を聞いたことがない。

 100年にしろ150年にしろどのみち、300年以上の年月に対しては比べる意味もない。


「そんな……。リリスー。リリスー」


「キャプテン落ち着いて。リリスに会える可能性はゼロではない」

「ゼロではない? ハッ! そうだ。ここは宇宙船が飛び交うSFの世界。タイムワープをすればいいんだろう。そうとわかれば、チハルすぐに元の時代にタイムワープだ」

 そうだ。こんな時はタイムワープ。SF世界の定番だ。


「キャプテン。タイムワープってなに?」


「え? チハルさん。またまたご冗談を。あるだろうハルクに時間を遡る機能が」

「ハルクにそんな機能はない。というか。タイムワープなんて言葉を初めて聞いた。どの宇宙船にもそんな機能はない」

「あー。宇宙船にその機能はなくても、タイムマシーンはあるだろ」

「そんなものは夢物語にしか存在しない。そんなものがあったらタイムパラドックスで大変なことになる」

「そんな。タイムマシンもないならどうやってリリスのいた時代に戻ればいいんだ」

「時代を戻る必要はない。リリスがどうしてもキャプテンと会いたいと願っていたならば冷凍睡眠を選択したかもしれない」

「冷凍睡眠? そんなものが実用化されているのか」

 冷凍睡眠コールドスリープといえば、生きたまま肉体を凍結して長期にわたり維持していく技術だ。


「宇宙船の速度が速くなった現在ではほとんど忘れ去られた技術。でも、宇宙開拓黎明期には頻繁に利用されていた」

 確かにワープがない時代の宇宙旅行には、寿命の点においても、船内資源の節約の点においても欠かせない技術だっただろう。

「そうか。俺が眠り姫のリリスを見つけて目覚めさせればいいのだな」

「リリスが冷凍睡眠を選択していればの話」

「それは大丈夫。俺はリリスを信じる」


 問題はリリスがどこで眠っているかだ。

 まず思いつくのが当然故郷のセレストであるが、いかんせんあそこは科学文明がまだ発展していなかった未開の地。ロストプラネットといわれていた星である。300年以上経った今ではそれなりに発達しただろうが、その当時は冷凍睡眠を行う技術はなかっただろ。仮に、どこかから冷凍睡眠を行う装置を持ってきたとしても、それを維持することは難しいだろう。

 そうなるとリリスがどこで寝ているか見当もつかない。

 まあ、だがセレストに行けば何か手がかりがあるかも知れない。伝言ぐらいはしているだろう。

「それじゃあリリスを探すためにセレストに帰ろう」


「キャプテン。航宙管理局と連絡が取れない。セレストに戻る前にデルタのシステムを更新することをお勧めする。データを最新のものに更新すれば現在の情勢を確認できる」

「ああ、そうか。300年以上経っているならそれは必要か」

 300年も経てば通信方式の変更などで古いシステムでは通信できなくなることもあるだろう。前世の携帯電話など、たかだか数十年で使えなくなっていたからな。

 それに現状を確認することも大切だ。300年もあればなにが起こってもおかしくないからな。

「近場でメンテナンスできるところに寄ってくれ」

 もしかしたらそこにリリスが寝ているかもしれないし、そうでなかったとしても、何か手がかりがあるかも知れない。


「それじゃあヒアデスのステーションに向かう」

「よし、出発進行」


 のんきに出発の号令をかけた俺であったが、この後、300年がいかに長大であるかを知ることになる。

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