第98話 その頃第一王子は、そして、ミケは
将軍の野郎が裏切ったお陰で、奴はのうのうとシリウスまで来て、好き勝手している。
本当ならレース大会で死ぬ筈だったのに、目の前を飛び回れると、ムカっ腹が立つ。
その上、今度は、アマンダルタとプロキオンに行くという。
あんな得体のしれない奴を連れて行くなんて、アマンダルタは何を考えているんだ。
まさか結婚相手に考えているんじゃないだろうな?
あの行き遅れ、今更色気づいた訳でもあるまい。
となると、皇王の妃となって、権力を握るつもりか?
この際だ、丁度いい。二人まとめて始末してしまえ。
「おい、例の船、プロキオンに着く前に沈めてしまえ」
「殿下、それは難しいかと」
我輩の命令に、側近の一人が異を唱える。
「お前ら、八百年も前の船一つ沈められないのか!」
「その船には、護衛にカエデとモミジがついています。例え帝国軍の艦隊でも、その防御を破ることは不可能でしょう」
「チッ。厄介だな。何かカエデとモミジを遠ざける方法はないか?」
「うまくいくかはわかりませんが、途中の散開星団に海賊たちの根城があります。そいつらをうまく使ったらどうでしょう」
別の側近が手をあげて声をあげた。この側近見たことがないが新人か? なかなか使えるではないか。
「海賊か。具体的にはどうするんだ?」
「そうですね。海賊たちにお宝を積んだ船だと偽の情報をリークします」
「海賊たちに奴等を襲わせるわけか。だが、カエデとモミジがいたら、海賊の攻撃くらいでは、びくともしないぞ」
「確かにそうでしょうが、逆に、カエデとモミジでは、海賊を攻撃することができません」
「そうだな。あれは、防御に特化しているから、大した武器も積んでいない」
「そうなると、頃合いをみて、海賊が引くことになるのですが、それをみた皇王様はどうされると思いますか」
「奴は皇王などではない。間違えるな!」
「すみません」
「助かったと思って、そのままプロキオンに向かうのではないか?」
「チッチッチッ。奴は英雄ですよ。見す見す海賊を見逃すわけがありません。必ず、海賊を殲滅しようと行動する筈です」
いちいち喋り方が、癇に障る奴だな。だが、まあいい。それよりも、だ。
「カエデとモミジを置いて、追撃するというのか……」
「そうです。そこを、予め伏せて置いた船で、後ろからドカンと」
「そんな都合よくいくものか? 第一、追撃するとしても、カエデとモミジを連れて行くだろう」
「それが、あそこは散開星団ですが、散開というわりには、星が密集しています。カエデとモミジの広域シールドを張ったままでは、移動はできません」
「成る程、追撃するためには、カエデとモミジは邪魔になるか。だが、追撃するとは限らないだろう。第一王女も乗っているのだぞ」
「実は例の船に工作員を乗せています」
「なに、そんなのがいるんなら、最初からそいつに暗殺なりさせればいいだろう」
「すみません。大袈裟に言い過ぎました……。工作員でなく、市場調査員です。暗殺なんてとてもできません」
「なんだ? 市場調査員って」
「各地の物の価格がどうなっているか、実際の現場で確認して報告をお願いしている民間人です」
「それをどう見積もれば工作員になる!」
「その、市場調査員に連絡をとって、英雄が海賊を追撃するように唆させます。これはもう立派な工作活動です」
「うむ、そうだな。それができたなら、工作員と認めてやろう」
「ありがとうございます」
フフフ。これで、奴もアマンダルタもおしまいだ。
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「ねえ、こんな通知が来たんだけど、どうしたらいいと思う?」
私は、カードに届いた通知をタマとニヤに見せる。
通知には、次の散開星団で海賊に襲われるから、追撃して壊滅させるように、セイヤさんをおだててその気にさせろ、とある。
「そんなの悪戯でしょ。ほっとけば」
ニヤが、まるで気にも留めずに答えた。
「でも、ちゃんと市場調査機関の宛名だよ」
「市場調査機関が、なんでそんな依頼してくるのよ。ありえないわよ」
「うーん。そうよね……」
私は、アイドルの収入だけではやり繰りが大変なので、市場調査員の仕事を市場調査機関から受けていた。
市場調査機関なんて、仰々しい名前であるが、国の機関であるためだろう。
やっていることは、買い物をしたら、その値段を報告するだけだ。
と、いっても、カードが自動的に報告してくれるから手間要らずだ。
プライベートが筒抜けになってしまいそうだが、一応、個人が特定できないようになっている。らしい。
まあ、個人情報を売って、お金を得ているようなものだ。
「ちょっと待って、悪戯にしては、こちらの状況を把握しているみたいだし、海賊に襲われるとなると、見過ごせないわ」
タマは真剣に考えてくれたようだ。
「そうよね。どうしたらいい?」
「そうね。セイヤさんたちにも相談しましょう」
「でも、これ、極秘命令ってあるわよ……」
「そんなのは無視よ。無視」
「いいのかな?」
「大丈夫だって」
私たちは、セイヤさんたちに、このことを報告した。
「これは、俺を英雄に仕立て上げたい奴の仕業だろうか。ステファ、知ってる?」
「今回に関しては、私は関わっていませんよ」
セイヤさんはステファさんの顔色をうかがう。
「ステファには何度も騙されているからな」
「何度もは騙してないでしょう。それに今回は本当に知らないわよ」
「罠ということも考えられる」
「そうですね。追撃したところを後方から挟み撃ち、とかでしょうか?」
チハルちゃんとアリアさんが怖いことを言う。
「え、それって、私たちが乗っているのに、犠牲になれってこと!」
「市場調査員の命なんか気にしないだろうな」
王女殿下はもっと恐ろしいことを言う。
「そんなー!」
市場調査機関がそんなに恐ろしいところだったなんて。
「簡単なのは、進路を変えることだな」
「散開星団を避けるとなると、かなり遠回りになる。余計に三日かかる」
「逆にそれが狙いの可能性もありますね。脇道に誘い込んで、グサリ」
アリアさんの表現がエグいんですけど。
「となると、このまま進んで、海賊からの襲撃はカエデとモミジで防ぎ、海賊が撤退したら、追撃せずにそのままプロキオンに向かうのが一番かな……」
「それだと、海賊を見逃した、と、セイヤの評価が下がるわよ」
「ステファ、俺は評価が下がっても全然困らないし、むしろ、下がって欲しいぞ」
「それは、私が困るわよ」
「そうです。神であるセイヤ様は、もっと、評価されるべきです」
「あー。聖女は黙っているように」
セイヤさんは、偉くなりたくないのかしら? 変わった方です。
「ステファ嬢は、本当に関わってないんだな」
王女殿下がステファさんに改めて確認します。
「は、はい。なにも知りません」
「そうなると、誰の差し金かが気になるな……」
「市場調査機関って、国の機関なんだろ?」
「そうです」
「ということは、帝国や他国ということはないだろうから、シリウス皇国内の貴族か、王族か」
「一番怪しいのは、第一王子ですね」
えー。アリアさん。一国の王子を犯人扱いしていいんですか。
「えーと、カークスだっけ?」
「レース大会でも、狙ってきた」
「ああ、そうだったな。そういえば、俺を襲った実行犯は逃げたままだったな」
うわー。まじもんで命を狙われてるんですか!
「ちょっと待って、第一王子に命を狙われたって本当か?」
「証拠はありませんが、命を狙っているという話は聞きましたよ」
「そうなのか。だとすると、今回も第一王子の可能性が高いか。私も始末できて一石二鳥だと考えていそうだな」
ひゃー。王宮の中ドロドロだ。平民に生まれてよかった。
「プロキオンから援軍を呼ぼう」
王女殿下が決断したように言った。
「プロキオンから? 遠くないですか」
「本星までは遠いが、プロキオン星系の境界を警備している隊がある。それならすぐだ」
「成る程、援軍がいれば、海賊も襲ってこないかもしれませんね」
「いや、この際だ、海賊たちを一網打尽にする」
「それは、俺に囮になれと?」
「そういうことだ」
ちょ、ちょ、ちょっと、王女殿下、それは、自分自身も囮になるということですよ。私は、嫌ですよ。セイヤさん、断ってくださいね。
私は、セイヤさんに、断れ。断れ。と念を送る。
「嫌です」
やったー。セイヤさんに想いが通じた。
「と、言いたいところですが、条件次第ではいいですよ」
「そうか。なら、条件を詰めようか」
そんなー。王族の権力争いに私を巻き込まないでください。
余りのショックに、その後どうなったかは、よく覚えていなかった。
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