第85話 ベル ダンディア

 シリウスに行くまでにできる適当な仕事を探していたところ、リリスがアイドルをシリウスに連れて行く依頼を見つけた。

 依頼内容に腑に落ちないところがあったが、直接会って話を聞きたいとリリスにお願いされてしまった。

 リリスのお願いでは断れない。


 ギルドに話してみたところ、依頼主のベルさんとは、ギルドで面談することになった。


 俺とリリスとチハル、それにアリアの四人で待っていると、帽子を被ってサングラスをした少女がやってきた。


「あの、私をシリウスまで連れて行ってくださる方でしょうか?」

「ベルさんですか。セイヤといいます。それと、リリスとチハルとアリアです。依頼を受けるかは、お話を聞いてから決めさせていただきます」

「お願いします。提示した額が私の全財産なんです。それでなんとかシリウスまで連れて行ってください!」


 全財産とは穏やかではない。何やら深刻な話になりそうだ。


「失礼ですが、ベルさんはアイドルなのですよね?」

 一瞬ベルさんが体をビクリとさせる。


「ご存知だったのですか?」

「リリスたちがレース大会で行われたライブを見ていまして」


「ライブ、良かったです。感動しました!」

「それは、どうも……」

 リリスはテンション高いな。それに引き換え、ベルさんは控えめな感じだ。


「正体がバレているなら、変装していても意味がないですね」


 そう言うと、ベルさんは帽子とサングラスを取った。

 帽子を取った頭には、猫耳が生えていた。

 ベルさんは、猫の獣人であるようだ。


 猫の獣人はアイドルとして需要が多いのだろうか?

 こちらに来て、見かけたアイドルは全員猫耳だった。


 おっと、そんなことより話を進めよう。

「アイドルであれば、事務所で船を用意するものではないのですか?」

「事務所の船があるのですが、それが故障してしまって、修理に二週間ほどかかるそうです」

「そうですか」

 仕事の予定があるので、代わりの船で早く移動したいということなのだろうか?

 だが、そうなると、旅費が彼女の自腹というのが気になる。


「実は、シリウスに祖母がいて、今、入院しているんです。

 そのお見舞いに行きたくて、次のシリウスでの仕事の前に、休みの予定を入れていたんです。

 それが、船が故障してしまって、ここで足止めになってしまい、シリウスで取るはずの休みを取れなくなりそうなんです」


「なるほど、だから自分でお金を払ってでも、シリウスに早く行きたいということですか」

「はい、私だけ個人的に先にシリウスに行って、スタッフは船の修理が終わり次第シリウスに向かい、シリウスで落ち合うことになっています」


 それなら話におかしなところはないか……。それでも、全財産をかけるのはどうかと思うけど、依頼料を引き上げられないように、交渉用の誇張表現かな?


「お婆様が入院されていては、さぞや心配でしょうね」

「そうなのですが、仕事であちこち転々としていますから、なかなかお見舞いに行く時間も取れなくて、こんな機会は滅多にないので、なんとしてでもお会いしたいのです」


「そうですか。リリスは何か聞いておきたいことはあるかな」

「え、私。あの、あの、シリウスでもライブをするんですか?」

 リリスがなんだかテンパっている。


「その予定です。また、レース大会でのミニライブもありますから、よかったら見に来てくださいね」

「はい! ぜひ行かせていただきます!」


 シリウスでもレース大会が開催されるのか……。なんだかシリウスに行きたくなくなってきたな。


「キャプテン、レース大会」

 ほらきた。

「多分、シリウスでは忙しくなるから、出場は無理じゃないかな」


「シリウスに着くまでは暇、その間にピザキャップを改造する」

「それは、慣性制御装置を付けるということかな?」

「あんな物はいらない。よりタイトに調整する」


「いやいや、いるだろう。慣性制御装置を付けないなら、もう出場しないぞ」

「そんなの狡い」

 狡くないだろう。当然の要求だ。


「あの、もしかして、セイヤさんは、レース大会に優勝した謎の覆面王子ですか?」

「はい、そうですが」


「ということは、本当に王子様なのでしょうか?」

「まあ、そうなのですが」

 これでも一応第三王子だ。


「申し訳ございませんでした」

 ベルさんが急に謝って、テーブルに平伏した。


「どうしたんですか急に?」

「どうかお許しください! 王族とは知らずに、嘘をつきました!」

「さっきの話は全部嘘だったのですか?」


「いえ、全部ではありません。祖母が入院しているというところが嘘です。私には祖母がいません」

「なんでそんな嘘をついたのですか?」


「その方が引き受けてもらえるかと思いまして……」

「なるほど、それで、本当の理由は何ですか?」


 ベルさんは少し困った様子だったが、意を決したように喋り出した。

「実は今度レース大会で行われるミニライブは、私が元いたグループが出演する予定で、そのメンバーに密かに会いに行きたかったんです」


「密かにですか? 堂々と会えばいいでしょうに」

「なぜかマネージャーに元のメンバーと会うのを禁止されていて」


「ということは、マネージャーに内緒で行くつもりだったのですか?」

「ごめんなさい。休暇中なのと、次にシリウスで仕事があるのは本当なので、マネージャーにはシリウスに着いてから連絡するつもりでした」


「それじゃあ、俺たちが、ベルさんを攫ったように思われるかも知れないじゃないですか」

「そうですね。本当に申し訳ございませんでした!」


 ベルさんは平謝りだ。


「はー。マネージャーにシリウスに先に行く許可を取ってください」

「えっ! 許可を取れば連れて行ってくださるのですか?」


「許可が取れればね。そうだ、これは言っておくべきだよな」

「なんでしょうか?」


「ベルさんはレース大会で俺が襲われたことをご存知ですよね」

「はい、そうでしたね。なかなかの演出でした!」


「いや、あれ、やらせじゃないから。マジもんだから」

「そうだったんですか! あのタイミングで襲われるなんて、なかなか持ってますね」

 何か、思っていた反応と違うのだが。


「そんなわけで、いつまた襲われるかわからないんですよね。それでも構いませんか?」

「私が乗っている時に襲われる可能性もあるのですか?」

「全くゼロとは言い切れません」

「やった! もし襲われて、王子に助けられれば話題になるわ」


 襲われて死ぬ可能性を考えないのだろうか?


「念のため護衛もつくようなので、それ程心配する必要はありませんが」

「全く問題ありありません。少しのハプニングは大歓迎です!」

「そうですか……」


 これがアイドルか。話題に上るためなら、身の危険も省みないのだな。


 その後、ベルさんは、なんとかマネージャーにシリウス行きの許可をもらった。もっとも、元メンバーに会うとは言っていないらしいが。

 また、それっぽい嘘をついたのだろう。

 まあ、シリウス行きの許可が取れれば、そこまで俺がとやかく言う筋合いではないだろう。


 三日後、俺たちはシリウスに向けて、アダラ星を出発した。


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