第73話 第四王女

 アダラ星に滞在し、紋章派の重鎮たるファーレン侯爵とその後も何度か会談を重ねたが、話し合いは平行線のままだった。


 大体、何故俺はシリウス皇国まで来てしまったのだろう……。


 考えてみると、ステファによって強制連行されたようなものだ。

 あの時は、アカネの兵士がいたから仕方がなかったが、今なら、ハルクで逃げられるのではないか?


 だが、逃げたところで、ステファはセレストの位置を知っている。

 軍隊を連れて捕まえにこられても厄介だ。

 セレストに戻れば、オメガユニットもあるので、どうにかなりそうな気もするが、できれば争いごとはしたくない。


 ステファを連れて逃げるか?

 それもてだが、いっそのことセレストに戻らないで、他の星へ行って仕舞えばいい。

 ギルドにも加入しているし、ハルクがあればそれなりに稼げるだろう。


「セイヤ様、お茶などいかがでしょうか?」

「リリスか。そうだな、いただこうか」

 リリスはアリアにお茶を用意するように指示を出し、自分は俺の横に座った。


「何をお考えですか?」

「ん、これからどうしようかと思ってね」


「皇王のことではないのですか?」

「それも含めてだよ」


「許されるのかわかりませんが、皇王の名前だけいただいて、その後は、セレストに引き篭られてはいかがでしょうか?」

「君臨すれども統治せず、てか。象徴なら、日頃目にすることができない場所にいても問題ないか……」


「セイヤ様は、神なのですから、好きになさればよろしいかと思いますが」

 何だ、聖女もいたのか。

 ここに来てから聖女は機嫌がいいな。

 侯爵とも話が合うようだ。


 チハルは、普段と変わらないな。必要以上に話すことはないし、表情もあまり変わらない。

「キャプテン、何か来た」

 チハルのことを見ていたら、突然チハルが喋った。


「何か来た?」

 そう言われると外が騒がしい。何があったのだろう?


「セイヤ様。セイヤ様はどちらです!」

 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。女の子のようだが。


「エリザベート様、お待ちください!」

「エリザ姉様、セイヤ様に会いたいなら、ちゃんと手続きをとって」


 侯爵とステファの声も聞こえる。

 エリザベート? どこかで聞いたような。


「ステファ、邪魔しないで! セイヤ様に相応しいのは、あなたでなく私よ!」

「いや、だから、セイヤ様と私は別にそういう関係ではないって!」

「黙らっしゃい! セイヤ様に婚約者がいることは調査済よ。どうせ、ステファのことなんでしょ。隠していてもわかるんだから!」


 ああ、エリザベートって、俺を狙ってくるかもしれない第四王女か。

 シリウスから、わざわざここまで会いに来たのか?


 バタン!


 激しい音を立てて部屋のドアが開いた。


「セイヤ様ですか?」

「そうだけど」


「シリウス皇国第四王女のエリザベートと申します。どうか、ステファなどでなく、私をセイヤ様の婚約者にしてください」

 エリザベートは、赤髪のソバージュを首元で綺麗に切り揃えた、目付きのきつい女性だった。


「エリザベート嬢、勘違いをしているようだが、俺の婚約者はそこにいるステファではなく、ここにいるリリスだ」

「えっ! だって、ステファが男を連れて来たって……」


 エリザベートは、俺とステファの顔を交互に確認している。


「だから言ったじゃない。セイヤ様は私の婚約者ではないって」

「確かに、ステファに強制連行されたようなものだが」


「強制連行は言い過ぎじゃないかしら」

「そんなことはないだろう」


「随分と仲が良さそうですね。本当は婚約しているのでは?」

「してない、してない。リリスとはしてるけど」


「そうですか、では今日は引き下がりますが、後日改めて、正式にお願いに参ります」

「正式にお願いって?」

「婚約についてですわ」


「いや、だから、婚約者はリリスがいるって」

「婚約者が何人いてもよろしいではないですか。その中にステファがいなければ問題ありません!」


「俺はリリス以外と婚約する気はないぞ!」

「その気持ち、いずれ変えてみせますわ。それではこれで失礼させていただきます」


 エリザベートは、お辞儀をするとそのまま出て行ってしまった。

 何とも嵐のような女性だな。


「何なのあれ?」

「また来ますよ」


「もう、会いたくないんだど!」

「正式に面会の手続きをされると断りきれませんな」

 相手が王女じゃ侯爵では断れないか。


「随分とステファのことを気にしていたようだけど」

「彼女は第四王女といっても、正妻の子ではないから、立場が低いのよ。境遇的には自分より下の筈の私が紋章のお陰で上になるから、気に入らないのよ」


 王子王女の中では、エリザベートは一番下になってしまうのか。


「それに、年下の私が先に婚約者を見つけたと思って、焦ってたのよ」

「まあ、気持ちはわからなくもないが、いきなり来て、あれはないだろう」


「あの調子で、どんどん来るから、気を緩めないことね」

「勘弁してくれよ……」


 侯爵だけでなく、第四王女とも話をつけなければならなのか。厄介この上ないな。

 やっぱり、逃げちゃおうかな。


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