第37話 幽霊

 ドックを出て三日目。セレストまで後七日。

 チハルがいるのに関わらず、俺は弱気になっているのだろうか。


 船内にチハル以外の人の気配を感じる。念のため確認しておこう。


「デルタ、俺たち以外に、船内に不審者が乗り込んでいるなんてことはないよな?」

『船内すべてのモニタリングは正常。不審者の乗船は確認されません』


「そうか、やはり気のせいか……」

「キャプテン、気分転換にトレーニングを推奨」

「そうだな。チハルの言う通りトレーニングでもするか」


 俺はチハルを連れて、トレーニング室のある第七層に向かった。


 トレーニング室では昨日作った腹筋台を使ってみる。

「……二十八、二十九、三十っと。もうだめだ」

「キャプテン、だらしがなさすぎ」


「そんなこと言うなよ。今まで鍛えたことなんてなかったんだから、仕方がないだろ」

「次、腕立て伏せ」

「チハルは容赦がないな」


 少しやっただけだが、いい汗がかけて気分転換になった。明日は筋肉痛だろうが、慣れていくしかないだろう。

 これからも少しずつでも続けていこう。


 俺はトレーニング室にあるシャワー室でシャワーを浴びる。


「シャワーを浴たら、マッサージする?」

「いや、そこまでチハルにやってもらうわけにはいかないから」


「運動に後は、筋肉を解すのが大事」

「それはそうかもしれないが」


「私じゃいや」

「そんなことはないよ」


 チハルがシャワー室の前までやって来て、話しかけてくる。

 そこにいられると何か落ち着かない。


「終わったから出るぞ」

「わかった」


 俺はタオルで体を拭くと着替え始める。

 すると、部屋の方から音が聞こえてきた。


「あれ、何か水を流す音が聞こえないか?」

「トイレの音」


「やはり誰かいるのか?」

「無人でも定期的に水が流れる」

「そうなのか……」

 かなり神経質になっているのだろうか。


 パタン!


 かすかにドアが閉まる音がした。

「今、音がしなかったか?」

「した」

「行ってみよう」


 俺たちは武器を構えて、音がしたであろう部屋の扉を開け、中に入る。

 見渡す限り、人がいる様子はない。


「トイレの中か?」

「キャプテン、私が開ける」


 俺は威力を麻痺にセットした銃を構えて、トイレの扉が開くにを待つ。

 チハルが、そっと近付いて、一気に扉を開く。

 しかし、中は無人だ。


 チハルが中を確かめる。

「なんとなく使用感がある」

「まさか幽霊か何かか? トイレの花子さんとかいないよな」


「花子さんが何かは知らないが、便座が暖かい」

「えっ? どれどれ」

「キャー! やめてよね。変態!!」


 俺は、後ろからの叫び声を聞いて振り返ると、平手打ちを食らって意識を失った。


 俺が、意識を取り戻すと、傍にチハルがいた。

 ここは、さっきまでいた部屋のベッドか?


「キャプテン、目が覚めた。大丈夫?」

「ああ、なんとか」


「腕輪、シャワー室に忘れてた」

「ああ、そうか。うっかりしたな」


 腕輪を受け取り腕にはめる。

 腕輪をしていれば、叩かれて意識をなくすこともなかっただろう。


「密航者を捕まえた」

「密航者がいたのか。だが、デルタは不審者いないと」


「不審者ではなかった」

「不審者ではない?」


『はい、その者はマスター権限を持っていました。よって、不審者とは扱われません。その上、マスター権限で乗船を秘匿するように命令されていました』


 どうやら、マスター権限は船長権限より上のようだが。

「マスター権限って何だ?」

『シリウス皇国の王族に付与された権限です。これにより、王族はシリウス製の船を全て自由にすることができます』


「そらまたとんでもない権限だな」

 これをそのままにすると、船を簡単に乗っ取られてしまうが、王族はそんなことはしないという、信用で成り立っているのか?

 だが、密航者はマスター権限を使ったのだから、王族なのだろう。信用が成り立ていないぞ。

 どうにかしないとまずいな。


「デルタ、それを俺に喋ってしまっていいのか?」

『キャプテンには先程、特級マスター権限が与えられました』


「特級マスター権限?」

「緊急事態だったので、私が申請した」

「申請したって。申請すればどうにかなるものなのか?」


「デルタの記録によると、キャプテンはシリウス皇国の王女とこの船の開発者の子孫。特級マスター権限を得られる資格がある」


 確かに俺は、シリウス皇国の王女の血をひいているのだろうが、それは大昔のことだ。

 今の、シリウス皇国とはまるで関係ない。それでいいのだろうか?


「そうなのか、デルタ?」

『その通りです。特級マスター権限は、本船における最高の権限、これ以上の権限は存在しないものです。王族にして、開発者の子孫である、セイヤ様にこそ相応しい権限です』


「それは、デルタは誰の命令よりも、俺の命令を優先するということでいいのだな?」

『その通りです』

「そうか、それは助かる」


 これで、船を乗っ取られる心配はなくなった。相手がシリウス皇国の王族でも強く出られるぞ。


「それで、密航者はどこに?」

「こっち」

 チハルに引っ張られて行った食堂の椅子に、密航者は縛られていた。


「えっ! ステファが密航者なのか?」

「えへへ。ごめん。そんな、気絶するほど強く叩いたつもりはないんだけど……」

 一緒に宇宙船のライセンス講習を受けていたステファが、密航者で、実はシリウス皇国の王族だった。


「だけど、あれはセイヤが悪いと思うのよ。乙女が使っていた便座に頬擦りしようとするなんて」

「そんなことしようとはしてないが」


「あれ、そうだっけ」

「とにかくあれは、俺がデリカシーがなかった。だから、叩いたことは気にしない」

「ありがとう」


「だが、密航したことは別だ。何が目的だ!」

「目的って、一人旅をしている最中だから、ヒッチハイク?」


「何が、ヒッチハイクだ! シリウス皇国の王族がこのご時世に一人旅もないだろう」

「あれ。王族だとバレちゃった! どうして? セイヤ、あんた何者?」

「聞いてるのはこっちだ。で、何が目的だ」


「……」

「黙りか。マスター権限は凍結したからな。逃げようと考えても無駄だぞ」


「マスター権限についても知っているの! 本当に何者なのよ……」

 ステファは考え込んだ後、覚悟を決めたようだ。

「そうね。話すと長くなるんだけど……」


 それから、ステファの身の上話が始まった。


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