どうもおっさんです。異世界に渡って人探しの旅をしています~その男、無双しながら転移事件の真相を突き止める~。

夜月紅輝

第1話 おっさん、異世界へ旅立つ

 人が消えた。


 彼――――【新神 戒にいがみ かい】が最初に目撃したのは高校二年の秋の出来事であった。


「一発芸をします。スーパーでよく見るししゃもの歪んだしゃくれ顔」


「......ぷふっ、ハハハ! ただの顔芸じゃねぇか!」


 時刻はある日の放課後の教室。

 取り留めなく遊ぶ仲の良い七人がそこにはいた。

 カイのギャグに思わず笑った友人の一人が思わずツッコむ。

 それに続くように他四人の男女が失笑していく。


「罰ゲームにしてもそれはクオリティ酷すぎっ」


「もうちっと仕上げてこないとなー。評価六点」


「うん、やっぱり顔芸。もう少し頑張りましょう」


「これは罰ゲームやり直しでいいんじゃない?」


「ダメですぅ~。笑った時点で負けですぅ~」


 カイはふざけた感じでその提案を否定した。

 それに対して、周囲の友人達は笑って「仕方ないな~」と受け取っていき、再びトランプでババ抜きを行っていく。


 そんな平穏な時間の中、戒はふとスマホの画面右上にある時間を見て思わず焦った。


「やべっ、バイトの時間近いじゃん! わりぃ、先に抜けるわ」


「おっす~。じゃな~」


「ばいばーい」


「またね~」


 そう言ってカイにそれぞれ別れの言葉をかけていく。

 これが彼らの無理のない距離感。


 カイが慌てていなくなるとその中の六人は一人の女子【神代 空】へと一気に注目を集めていった。


「ねぇ、ソラちん。いつになったらカイちんに告白するわけ~? 幼馴染なんでしょ~?」


「え、何!? 急にどうしたの!?」


「どうして知ってるみたいな顔してっけど。ハッキリ言ってバレバレだから」


 そんな唐突に始まったイジリにソラは困惑気味。

 されどその追撃は終わらない。


「でも、今の感じ完全に負けフラグ立ってるよな~」


「え!?」


「そうそう安定の負けヒロインルート行ってますねこりゃ」


「もう少し焦った方がいいわ」


「あいつも変に鈍いところあるからな~」


 そんな風に六人から責められるソラは思わずますます困惑。

 とはいえ、実際好きなのは本当なので否定しにくいソラ。


 ソラが困って顔を赤くしたまま固まっていると友人の一人がカイの忘れ物に気付いた。


「あいつ、財布忘れてんじゃん」


「あ、いいこと思いついた~! ソラちん、今から追いかけて届けに行くんだよ。

 そうすれば、ほら。自然と二人で帰れる」


「あ、それいいね~」


「ちょ、ちょっとそれは......今の心境じゃハードル高いっていうか......」


「ソラ、可愛い」


 そんなこんなのやり取りが教室で行われてる一方で、先に教室を出て廊下を走っていたカイは何か忘れてるような気がしてならかなった。


 バイトの時間ギリギリまで学校にいて焦っているのに、何か妙に胸がざわつくようなそんな感覚。

 妙に気になったカイはバッグの中を調べてみると財布がないことに気付く。


「あ、教室に置いてった!」


 思わずそう叫ぶと全力で足に力を入れてブレーキをかけ踵を返した。

 向かう先は友人達がいる教室。


 階段を駆け上がり曲がり、角を曲がると教室のドアから不自然なほどに強い光が漏れていることに気付く。


 しかし、カイは特に気にする様子もなく、強いて考えることは「何か面白いことやってるな~」ぐらい。


「わり~、忘れ物しちまってそこに財布......とか......」


 いつものお調子者っぽく声を出しながらドアを開けるもその声は段々と尻すぼみになっていく。


 それは六人の友人達が不自然に床からの発光に包まれているからだ。

 すぐ手前には財布を持った幼馴染のソラの姿が。


「カイちゃん......」


 ソラのその言葉を最後に友人六人の姿は目を覆いたくなるような光が溢れた後、最初からいなかったように姿を消した。


「.......は?」


 カイはその突如起こったことをまるで理解できていなかった。


「(皆が消えた? は? なんだこれ? 神隠し? あの光は? 何がどうなってんだ? 意味わかんねぇ!)」


 見たありのままの事実に様々な感想が溢れだして考えがまとまらない。

 しかし、わかることもある。

 それは友人達が消えた後に床に残った魔法陣らしきもの。


 カイは恐る恐る足を前に進ませていく。

 そして、思い切ってその魔法陣に足を踏み入れてみるが何も起こらない。


「なんだよ......これ......」


 突然の理解の出来なさに恐怖と困惑だけが頭の中を支配する。

 そしてついに、カイその場で崩れ落ちた。


「意味わかんねぇよ......どこいったんだよ。なあ、皆!」


 静まり返った教室に響くのはカイの声ただ一つ。

 先ほどまでの和気あいあいとした温かい空気などどこにもない。


 虚しい空気が冷たく蔓延る。

 ただ窓の外から傾いた夕日が僅かに顔をオレンジ色に染めるだけ。


 ――――そして、渦巻く心中を吐き出すようにカイは慟哭した。


「ああああああ!」


 声が枯れそうになるほど理解したくともしたくないその状況に突然友人が消えたという事実きょうふが先行してパニックになった。

 何もできないカイが唯一出来たことは困惑と恐怖で叫ぶことだけだった。


 しかし、これはまだ失踪事件の始まりに過ぎなかった。


 その突然の生徒集団失踪事件に当然警察も動き出したが、手掛かりが謎の魔法陣だけで何もないので捜査は難航。


 カイも必死に訴えたがまるで突拍子もない言葉にまともに取り合ってもらえず、「事件で混乱している」と処理され、挙句の果てには精神科の病院を紹介される始末。


 そして、その数か月後まだ友人達の失踪事件の傷が癒えぬままに起きたのが妹の失踪であった。


 そこにあったのは同じくどこからともなく現れた魔法陣。

 しかもピンポイントで狙うかのように妹の部屋でその魔法陣は発見された。


 それがカイの二回目の経験であった。


 妹の失踪をカイは直接目撃したわけじゃないものの、魔法陣のことから友人と一緒の現象だと思いすぐさま警察に訴えた。


 しかし、証拠が謎の魔法陣だけで捜査は一向に進展せず、やがて未解決事件として処理された。


 カイの周りばかりで事件が起きているため、「本当の犯人は新神ではないか?」と学校の生徒や教師、近所の人が囁く。


 そういった恐怖は次第にカイを見るたびに「次は自分ではないか?」と恐怖したような目で見始めた。

 まるでバケモノでも見るように。


 そんな状況のせいかごく普通だったカイの家庭が壊れるのは至極当然の結末であった。

 家の表札あたりに「バケモノでていけ!」「この街から消えろ!」と書かれるのはもはや日常となった。


 そんな中、警察は当てにならないとカイは独自で捜査を始める。

 魔法陣を寸分たがわずにスケッチして、その魔法陣をもとにあらゆる西洋のいわゆるカルト本に手を出していく。


 それから、カイは過去となった友人と妹の失踪事件について当時のより詳しく情報を得るために信用できない警察へと行くことを決意。


 家の貯金と奨学金を駆使して大学へ行き、勉学以外の時間は調べ物とバイトに徹して友人を作らず、ただ黙々と事件について考えていた。


 そんなカイを周囲は「変人」と評価していたある大学二年の時、カイにある出会いがあった。

 それはいずれ妻となる女性【緒川 万理】である。


 カイの変人ぷりに逆にマリは興味をそそられたのかカイに執拗に声をかけに行った。

 最初は疎ましく思っていたカイであったが、段々と心を許し、過去をしゃべっても変わらぬ目で見てくれたので好きになっていく。


 大学卒業してもなお何も手掛かりは見つからなかったが、その代わりマリと交際を始めた。

 それからカイは無事警察官となり、やがて刑事課へと配属された。


 それに合わせマリと結婚し、子供を作ったことで数年間全く埋まらなかったカイの空っぽの心が潤っていく。


 結局、友人と妹のことは何もわからないままであったが、新たに築いたこの関係を大切にするために過去に別れを告げて前に進むことをカイは決意する。


 そんな幸せな生活は再び同じ事件で終わりを迎えた。


 ある日、家に帰るとマリと娘が家の中にいなかった。

 家の中にあるのは悍ましくも見覚えのある過去と同じの魔法陣。


 その瞬間、カイはすぐさま全てを理解した。

 そして慟哭した。三回目の出来事だ。


 それから、カイは仕事を合間を縫っては過去の事件ファイルを閲覧し、有給を取ってはヨーロッパに渡ってあらゆる図書館でその魔法陣についての憑りつかれたように調べ物をした。


 自分の体がクタクタになろうとも隙間の時間を全てその事件への思考へと費やし、同僚や上司から変な目で見られようと気にすることなく、ただ執着するようにあらゆる方法で事件を突き止めようとした。


 ――――最初の事件が始まってから十八年後


 三十五歳となりいい具合の渋いおっさん感を醸し出し、あごひげを僅かにつけたカイはマンションのリビングで突っ立っていた。


 足元にあるのは見覚えのある魔法陣。

 その魔法陣の外側に立つカイは右手に持ったナイフでそっと左手を傷つけ、魔法陣に血を垂らす。


「......光った!」


 その瞬間、足元の魔法陣は虹色にグラデーションしながらLED以上の眩い光を放つ。

 それを見ながらカイは思わず涙がこぼれた。


「クソ、涙もろくなり始めていけねぇや。それで、効果は確か三十分だっけ?」


 端に寄せた机に置かれてあるのは全て英語で書かれ魔法陣のような絵が描かれている本とそれを翻訳した一枚の紙。

 カイはその紙の内容を確認して急いで支度を始める。


 基本的なものは現地調達として、簡単な着替えと非常食とタバコとサバイバルナイフに闇ルートから手に入れたリボルバーなど。

 それから三つの大事なお守り。


 黒いブーツを履き、スーツに身を包み、ネクタイを少しだらしなく締め、さらに黒衣のコートに身を包んだカイは手に持った三つのお守りを順に見ていく。


 一つはアンティーク好きな妻が買ったゼンマイ仕掛けの懐中時計。

 一つは曽祖父から代々受け継いているジッポライター。

 最後は当時五歳だった娘が描いた家族の絵。


「父ちゃんが必ず迎えに行ってやるからな」


 カイは「必ず生きている」と思い、その三つのお守りをそっと肩掛けバッグの中に入れていく。

 魔法陣の外側に立つとスッと隈の入った目を細くした。


「さあ、この事件の真相を暴きに行こうか」


 そう言ってカイは光輝く魔法陣の中に飛び乗った。


 ******


 ―――――行方不明者リスト―――――


 男友人:相川 翼(アイカワ ツバサ)

 男友人:椎名 誠人(シイナ マコト)

 男友人:陸井 哲也(リクイ テツヤ)

 女友人:新倉 美鈴(ニイクラ ミスズ)

 女友人:志渡院 佳(シドウイン ケイ)

 幼馴染:守代 空(カミシロ ソラ)


 妹 :新神 白夢(ニイガミ シロム)


 妻 :新神 万理(ニイガミ マリ)

 娘 :新神 頼奈(ニイガミ ライナ)

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