第41話 王子様は心配性

 ううう、みんなの視線が痛い。すべてあいつらのせいだ。許すまじ。この恨み晴らさずに死ねるか!

 

「おはようイザベラ」

「お、おはようございます、フィル王子」


 いつの間に教室に入ってきたのか、フィル王子がすぐ隣まで来ていた。そしてジッと私の顔を見る王子。何か私の顔についているのかしら。何だか恥ずかしくなってきたわ。


「あの……」

「良かった。本当に何ともなかったみたいだね。本当はすぐにでも会いに行きたかったのだけれども、他にも調査の必要があってね」


 フィル王子の両方の眉がフニャリと曲がって、優しい顔つきになった。ううう、申し訳ない。でも今、他にもって……。


「他の調査とは一体?」

「あー」


 明らかにしまった、という表情に変わる。どうやら私の元にすぐにこられなかったことに対する言い訳のために、王子はしゃべり過ぎたようである。どうしようかと考えをめぐらせている様子である。

 言いたくないのなら無理に聞くつもりはない。フィル王子の考えに任せることにした。


 ジッとフィル王子を見ていたのは私だけではなかった。ユリウスもローレンツも続く言葉を待っているようだった。つまりは二人も知らない行動を、フィル王子はとっているということである。

 レオナールもこの話が気になるようで、こちらの様子をうかがっていた。


 私たちの視線に根負けしたのか、フィル王子が調査のことについて話してくれた。


「ランドール公爵からの報告を受けてから、国内外の名の知れた盗賊団についても調査していたのだよ。もしかしたら、ランドール公爵領に現れた盗賊団のように、誰かに操られている盗賊がいるんじゃないかと思ってね」

「操られている!?」


 うわビックリした! 突然レオナールが裏返った声で叫ぶものだから、教室中がシンとなった。その顔は驚きのあまり、目が飛び出しそうになっていた。人間って驚くと、本当にこんな顔をするのね。そんなにビックリすることだったのかしら? それとも……。


 ここはちょっと探りを入れてみるとしよう。ソフィアが犯人であると最初から疑ってかかると、足下をすくわれるかも知れないからね。


「どうしたの、レオ? 操られていることに、何か身に覚えでもあるのかしら?」


 レオナールの顔色がサッと青くなった。そして不自然に視線をそらせた。これは何か知っているな。


「い、いいえ、特には……それよりも、本当にその人たちは操られていたのですか?」


 うーん、ソフィアのことは話さないか。でもこの感じだと、ソフィアが犯人であることに気がついてるんじゃないかな。明らかに動揺しているし。

 そのことについてレオナールが話さないのは、レオナールが、まだどこかでソフィアのことを信じているからだと思う。

 何だかんだ言っても、ソフィアのことがまだ好きなんじゃないかな?


「その点については間違いないよ。イザベラを襲った盗賊たちは誰かに操られていたんだ。洗脳が解けた途端、これまでのことを何もかも忘れていたよ。それこそが誰かに操られていた証拠だ」

「そんなことって……」


 ユリウスが悲壮な声を上げた。信じられない。私も何も知らなければ、きっと同じ意見だっただろう。

 

「わずかだが、過去に事例があるのだよ。しかし、盗賊団ほどの人数を操った事例はこれまでのところ存在しない。そうなると、相当量の魔力を持った人物の犯行か、それとも新しい魔法を開発したかのどちらかになる」

「なるほど。他国からの攻撃の一種、とも考えられるわけですね」


 ユリウスの言葉にフィル王子がうなずく。確かにその線もあるかも知れない。でもピンポイントに私を狙っていたんだよな。他国からの攻撃ならば、別に私でなくてもいいはずだ。それこそ、王族を狙った方が効率が良いだろう。


「それで他の盗賊団を調査していたのだが……」


 不自然に言葉を止めたフィル王子。私はくびをかしげて王子を見た。目と目が合った王子は決心したかのように口を開いた。


「王都周辺によその領地からやってきた盗賊団がいてね。その盗賊団も誰かに操られていたんだよ。その盗賊団は……イザベラを狙っていてね」


 やっぱり狙いは私か。これでソフィアが犯人説は濃くなったわね。ゲームが始まる前に決着をつけるつもりなのかな?

 よろしい、ならばこのデストロイヤー・イザベラが直々に相手をしてやろう。盗賊団ごとき、ものの数ではないわ!


「フィル王子、その盗賊団はどうなったのですか?」

「大丈夫だよ、イザベラ。もちろん騎士団が壊滅させたよ。そこは安心して欲しい」


 グッと私を引き寄せたフィル王子。王子の思わぬ行動に体勢を崩して、そのまま王子の胸にスッポリと収まった。

 周囲からは黄色い歓声が上がったのは言うまでもない。ちょっと恥ずかしいな、これ。でもフィル王子も私を安心させようとしてやったことだし、はねのけにくい。



 そんなラブコメもビックリな感じで始まった後期の授業だったが、どうやら私が狙われていることが発覚したせいで、フィル王子の心配性が発動したようである。

 どんなときでも私のそばに王子がいる状態になっていた。王子が一緒なら、当然、王子の護衛も一緒についてくる。ある意味で完璧な布陣である。


 しかし端から見れば、どう見てもお似合いのカップルである。これはまずい。ソフィアの嫉妬にますます火をつけることになりかねない。

 ユリウスが何度も「自分がついているから大丈夫だ」と言ったのだが、頑固な王子はそれを聞き入れることはなかった。


 私のことを心配したのはフィル王子だけではない。ユリウスもローレンツもレオナールもお兄様も心配しているようで、常に二人か三人は私のそばにいる状態だった。

 何これ、完全に逆ハーレムルートじゃないか。イザベラにそんなルートはなかったぞ。


 そんなモヤモヤした思いを抱きながらも季節は進んで行った。そして王立学園は、後期最大のイベントであるクリスマスダンスパーティーを迎える。

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