第22話 大爆発事件

 雲の上の存在であるイザベラ・ランドールに出会ったことで、ローレンツは滝のような汗をかき始めた。

 フッフッフ、悪役令嬢らしくて実にいい気味だわい。わたくしにひれ伏しなさい。


「ローレンツ、そんなに恐縮する必要はないよ。イザベラ様はとても寛大なお方だ。身分の差なんか全く気にしない方だからね。だからこそ、こうして私が隣にいられるんだよ」


 ね? と言わんばかりに、こちらにウインクを飛ばしてくるイケギャルのユリウス。その男装した格好は、どこぞの劇団員のように妙に似合っていた。


 おっとまずい。このままではユリウスに流されてしまう。ここはビシッと締め付けておかないと。


「確かに身分の差は気にしませんが、ちゃんと人は選びますわよ?」


 ニタリと悪役令嬢よろしく笑った。またしても悪役顔が決まったな。どうよ、ローレンツ君。恐れ入ってくれたかな? ハハーってしてもいいんだよ?


「フフッ。それならローレンツは大丈夫だね。ローレンツが性根の腐った人物でないことは私が保証してあげるよ。イザベラ様の親友の私がね」


 ユリウスが実にイイ顔で、ローレンツに笑いかけた。その言葉にホッとしたのか、ひれ伏しそうになっていたローレンツが立ち上がった。

 くっ、ユリウス、余計なことを!


 だが今さら、「ただしローレンツ、テメェはダメだ」とは言えなかった。ギャフン。

 せっかくのチャンスがパーである。こうなれば、これ以上の失態をする前にこの場から速やかに離脱するべきだろう。



 私がこの場から逃げるチャンスをうかがっていると、突如、「ドン!」という大きな音とともに、地面がわずかに揺れた。


 その揺れに倒れそうになった私を、ユリウスがサッと支えてくれた。やだイケメン。

 だがユリウスの顔は、先ほどとは違い緊張した様子になっている。ローレンツも何事かと辺りをうかがっている。


 このどこかで何かが爆発したような音には覚えがあった。前世で嗜んだ、ゲームのスピンオフ作品の中に、お城で起こった「大爆発事件」についての記述があるのだ。

 もしかして、その事件なのでは?


「おい、弾薬庫で爆発があったみたいだぞ!」


 慌ただしく道を行き交う人たちの誰かが言った。

 ああ、やっぱり。この事件で、ローレンツは父親を亡くすことになるのだ。

 このイベントは巡り巡ってローレンツを身体強化魔法へと導くことになるのだが、それはまだまだ先の話である。


「弾薬庫だって? クソッ」

「ローレンツ、どうしたんだ!」


 走り出したローレンツにユリウスが慌てて声をかける。


「父さんが、父さんがあそこにいるんだ!」


 そう叫ぶと、振り返りもせずに走って行った。ユリウスの顔は蒼白になっている。

 うーん、もしかして、ユリウスはローレンツのことが好きなのかな? それならば、応援するのが親友の役目。


「ユリウス、追いかけましょう!」

「イザベラ様……! ええ、そうですね。追いかけましょう!」


 私たちは走り出した。日頃からランニングをしている私は走ることには慣れている。さらに最近は、より全身の筋肉を使うようにするために、ひそかに身体強化魔法を使って鍛えているのだ。


 身体強化魔法の存在をあらかじめ知っている私にとっては、いともたやすく使うことができた。確かローレンツが生み出したオリジナル魔法のはずだったんだけど、そんなのかんけぇねぇ。使えるものは使っておく。それが私だ。


 魔法の練習をさせてくれないのなら自分で勝手にやっちゃうよ? これはこれで、私なりのフランツに対する抗議である。いつまでも子供だと思うなよ。


「い、イザベラ様、足、速くないですか?」

「え? フッフッフ、日頃から鍛えているからね!」


 ユリウスに向かってサムズアップをキメた。どうやら騎士見習いであるユリウスと同じ速さで走るご令嬢に驚いているようである。しかも最高ランクの地位を持つ公爵家のご令嬢。

 まあ何だ、今回ばかりは大目に見て欲しい。急ぎの用だからね。

 こうして私たちはすぐにローレンツに追いついた。


「ローレンツ、頭を冷やせ。危険だぞ!」

「ユリウス! って、イザベラ様!?」


 私がこの場にいることに驚いたようである。それもそうだ。ローレンツに追いついたと言うことは、私の方がローレンツよりも足が速いと言うことなのだから。

 ご令嬢に足の速さで負ける男、ローレンツ。そりゃ驚くか。


「そんなことを言われてもな、俺は行くぞ。あそこに父さんがいるんだ」


 私たちの制止を振り切ってローレンツは先に進んだ。ユリウスからはため息が聞こえる。


「イザベラ様、もう少しだけ、付き合ってもらえませんか?」

「当然よ。行きましょう、お姉様!」


 私が茶目っ気混じりに言うと、ユリウスは一瞬驚いた様子を見せた。しかしすぐに顔を引き締めてローレンツが向かった方向へと目を向けた。

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