第15話 イザベラ、やらかす

 私は疑惑に満ちた瞳をフランツに投げかけた。もしかしてフランツはこの国の王子を破滅させようと思っているのではないか。私の熱視線を受けてフランツは困ったような視線を返してきた。


「フィリップ王子の属性はお館様のご命令で見たことがあります。しかし、その……王子が持つ魔力量が少なすぎて、土属性が得意だ、ということまでしか分からなかったのですよ」


 申し訳なさそうにフランツは言った。

 何だ、そうだったのか。お父様もフランツも、フィリップ王子に何か優れているところがないか探していたのか。


 確かにあの魔力量の少なさなら、フィリップ王子をガン見しなければ黄金属性であることが分からなかったかも知れないわね。いくらランドール公爵家のお抱え魔法使いとは言っても、そんなことできないわよね。

 疑ってごめんなさい。でも私は信じていたわよ? フランツがそんな極悪非道な人でないことを。


 そんな風に家族と話していると、ようやく事態は収拾したようである。魔法の儀式が再開されることになった。

 次の番は、そう、私だ。


 私が静かに優勝カップに近づくと、何やら熱い視線を感じた。だれだろうと思ってそちらをチラリと見てみると、フィリップ王子がほほを赤くして、目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。うおっ、まぶしっ!


 ……何だろう。何だがものすごく嫌な予感がしてきたのだが。イザベラには「関わった者から嫌われる」というチート能力が備わっているのではなかったのか?


 ……


 ……


 し、しまった! 確か、フィリップ王子が土属性ではなく、本当は黄金属性であることが判明するのは、ゲームの舞台である王立学園に入ってから起こるイベントでだった!

 それも確か、ヒロインとの好感度が上がったときに起こるイベントだったはずだ。

 いかんこれ。もしかして私、また何かやらかしちゃいました?


 思わず私が足を止めていると、進行役の神父が声をかけてきた。


「イザベラ公爵令嬢、もっと前へどうぞ」

「は、はい。すいません」


 いかんいかん。今は目の前のイベントに集中しなければ。確かゲームのイザベラは……この魔法の儀式のときは仮病を使って参加してないのよね。


 なぜイザベラが仮病を使ってまで魔法の儀式をボイコットしたのかと言うと、単純に自信がなかったからである。

 小さい頃のイザベラはわがままは言うものの、まだ傲慢さには磨きがかかっていなかった。そのため、「自分の能力が低かったらみんなにバカにされる」という強迫観念から、魔法の儀式を受けることができなかったのだ。多分、緊張でおなかが痛くなってしまったのね。それなら仕方がないわ。


 そして魔法の儀式を受けなかったというのは、その後のイザベラの人生でも尾を引くことになる。このときから、イザベラは一切の魔法の勉強をしなくなったのだ。

 魔法を使わなければ自分の能力が低いことがバレることはない。

 そんな風に思っていたことが、スピンオフでも語られていたわ。


 ……うん。これ、まずいんじゃね? このまま魔法の儀式を受けるのは非常にまずいのではなかろうか。私は存在しなかったイベントを引き起こそうとしているのではなかろうか。

 しかし、ここまで来てしまった。今さら逃げ出すのは不可能である。もしここから逃げ出せば、大魔神にコッテリと絞られることは間違いなしである。


 覚悟を決めて優勝カップに手を伸ばす。

 ええい、女は度胸。あとは野となれ山となれ、だ!


 黄金色のカップに手を当てると、私は魔力を流し込んだ。

 これって、どのくらい魔力を流せばいいのかしら? こんなことなら、あらかじめフランツに聞いておくべきだったわ。というよりも、あらかじめフランツが教えておくべきよね? 何で何にも言わないのかしら。本当に役に立たないやつだ。


 カップに魔力を流し込んだが、何の反応もなかった。

 あるぇ~? おかしいな~? もうちょっと魔力を込めてみるかな。う~ん、まだだめですか。それじゃ、ありったけの魔力をかき集めて、得意属性を探しにゆこうではないか!


 今思えば、これがいけなかった。


 私の魔力を受け、輝き出す黄金色のカップ。その直後。

 黄金のカップから七色の水が、まるで間欠泉のように天高く吹き上がった。

 ドン! という、力強い音とともに。


 勢い良く吹き上がった七色の水は、絵の具をぶちまけたかのように、大聖堂の高い天井を色とりどりに染め上げた。

 そして周囲に七色の毒々しい雨を降らせた。


 大惨事である。


 私がお母様にコッテリと怒られたことは言うまでもない。どうせ同じ怒られるのならば、とんずらして怒られた方がまだマシだった。一応ゲームの通りにもなるし。トホホのホ。そりゃないぜ。


 私が引き起こした「七色の間欠泉」事件のあと、さすがにこのまま魔法の儀式を続行するのは不可能だということになり、中止になった。

 長い時間待っていた、貴族の子弟のみんな、スマン。悪気はなかったんや。悪いのは何も教えてくれなかったフランツが全て悪いんや。苦情なら全てフランツに言ってくれ。きちんと責任を取らせるわ。フランツに。


「あああ、どうしてこんなことに……」


 人前ではいつもキリリとしているお母様も、このときばかりは頭を両手で抱えていた。


「お母様、私ではなく、フランツが悪いのよ。フランツが魔法の儀式の作法を教えてくれなかったからいけないのよ」

「作法と言われましても……」


 フランツがハンカチーフで額の汗を拭っている。一応は自分にもその責任があると思ってくれているようである。

 ほんとにまったく。私の魔力について日頃から魔眼で観察しているのなら、ヤバい予感がすることくらい分かるでしょうに。フランツ、しっかりしなさい!

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