自見耕助の歩いた道 第一部 特命

伊眉我 旬

行動記録 前日 木曜日

会長特命

 晴れの日は富士山の雄姿が見える通称リバーサイドビルは20階建て、その7階から12階までが大同警備会社が本社として借りている。その7階に制服等を管理する備品庫室があり、パートとして自見耕助は働いている、歳は72歳。


 大同警備会社には32歳で中途採用され、地方支社の警備課長として60歳の定年を迎えたが、7年前現会長の大同幸助から請われてパートとして働くようになった。


 大同警備は、現会長の大同が3代目社長時代会社創立50年を迎えた。警備業界は大手のベコム、バルサックの寡占状況にあるが、どの業界にも隙間はあるもの、そこに目を付け地道な発展を遂げてきた。


 特に大同が社長に就任してからは飛躍的な発展を遂げ、今や大手2社に肉薄する勢いで、北海道から沖縄まで50支社就業人員は約1万人、売り上げは5000億、業界3位にのし上がった。


「お父さん、電話」


 同僚の大橋美紀が制服を探している耕助を呼ぶ。34歳、バツイチで10歳の女の子由香の母親だが、いつも元気で声が良く通る。だから左程広くない備品庫室は時には木霊のように響くが、耕助は返ってその声を聞くと活力が湧いてくる。否、むしろこの備品庫室で一緒に働くようになったことを心底喜んでいる。


「誰から」

「泉業務課長から、直ぐ来て欲しいって」

「お父さん何かあったの、声が怖かったわよ」

「さあ、心当たりは無いけどな」


 心配そうな美紀の顔を背にして12階の業務課へ向かった。部屋に入ると、一斉に皆が顔を耕助に向けた。耕助が備品庫室のパートだと知っている。で、何故、此処にと思ったようだが、それも一瞬また元に戻り忙しく働き始めた。


 泉課長が、目で奥の会議室を促す。大体がこの泉課長、この耕助が嫌いなようだ、7年前のことを根に以ってそれが未だに続いている。


 それはさておき、会議室の扉をノックすると会長の大同が居た。同年の大同はまた少し老けたようだ、幾分生気がない。1年前に会長になってからは、出社は限られており、時折顔を見せると誰もが会長に話したがるそぶりを見せる。先代の社長に見込まれ婿となって社業発展に尽くし中興の祖として社員全員に慕われている。


「耕ちゃん、久しぶりだな、ま、掛けて呉れ」

 

 と勧めるが、誰が急に入ってくるかもしれない。会長と対等に話している倉庫係の爺を見たら、益々不審に思われるだろう。


「会長何でしょう」と促すと

「非常に困った問題が発生した、耕ちゃんにその調査を極秘で頼みたいのだ、詳しくは大野警務部長に聞いて呉れ」更に、

「社内で会うのは拙いので仕事を終えてからにして欲しい」と畳みかける。


 分かりましたと返事をして、部屋を出ようとすると、会長は少し額に汗を浮かべている。余程堪えているようだ。


 泉課長に挨拶して部屋を出ようとすると、「会長直々に首を宣告されたか」と舌打ちする声が聞こえた。

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