灰姫考察

「ちょっと凪海!あんた昨日黒田とベビーカー押してたんだって?いつ産んだのよ!」


 教室に入って、おはようを言う間もなく、八重は私に詰問する。

 両肩を鷲掴みして揺するのはやめて。


「産んでません。あの子は広斗くんの妹です」


「あぁん?そんな嘘が通るとでも?」


 何一つ体形の変わらない私と私の説明を、何と比べて私が産んだことにしたいのだろうかこの人は。

 あ、あれか、面白いからか。


「えっと、そのノリ、付き合ったほうがいい?」


「ちっ、つまらない娘だこと。なんでもう少しポンコツ風にあたふたしないのか…最近、ホント、余裕綽々って感じよね」


 どこの小姑か意地悪な姉かってくらい芝居がかった素振り。すごく似合ってるんだけどさ。


「余裕も何も、まっすぐ生きてる自信があるので」


「…気付いてないかもしれないけど、あんたも立派なリア充ってやつね。あの初々しかった凪海はもう帰ってこないのね」


「…どうでもいいんだけどさ、私ごときをリア充なんて呼んだら、もうどこにも陰キャもいないし、陽キャもいないと思うよ」


 私はやれやれと自分の席に荷物を置く。

 隣の広斗くんはまだ来ていない。

 その視線を見て何かを察した八重が追撃をしてくる。


「三年になって、皆の協力で隣同士の席にしたけど、この分じゃ本当の愛の結晶が産まれるのも時間の問題かも知れないわね」


 やっぱりか。

 おかしいと思った!あの席替えのくじ引き。


「おはよう」にこやかに広斗くんが教室に入って来る。


「どうしたの?」


 ニヤニヤした八重と対峙する不機嫌な私を見て、彼はすぐに反応する。


「このたびは、ご出産おめでとうございます」仰々しく頭を下げる八重に。


「ありがとう。あぁ昨日、カムラさんを見かけたけど、彼女、同じ部活だったよね」


 カムラさんとやらに出会ったのは知らなかったが、昨日の今日の話題、しかも朝一、八重の言葉だけでそこまで連想できるんだね…私なんて、八重はいつ知ったのかって疑問と共に、答えまで、いま全部知った。


「ちっ、こっちも一つも動揺しねぇ。昨日の吹部のグループメッセージの祭り具合がバカみたいに感じるぜ…」


「まっすぐ生きてるからね。後ろめたい事なんてないよ」


「…言う事も一緒ですかそうですか…凪海もお手本のようなシンデレラストーリーを駆け上がったもんだ」


 バカップルに付き合いきれないといった苦笑と共に、八重は肩を落として席に戻った。


 シンデレラストーリー、か。

 私の中ではなんとも釈然としない気持ちが残った。


●○●○


「シンデレラってさ、あの後幸せになれたと思う?」


 私はお弁当を食べ終えた広斗くんに合わせ、そう聞いてみた。


「珍しいね、相楽さんからのそういう質問って」


「そう?」


「うん。僕が聞きそうな話題だし。あれでしょ、朝のシンデレラストーリーってやつ」


「私、ひねくれてるから、シンデレラとか言われて、なにか皮肉をこめられたのかと思って考えてみたんだ。で、あの後彼女は幸せになったのか疑問を持った」


「物語的に、不幸になる伏線ってあったっけ?」


「実際問題、シンデレラって本は、それこそたくさん出版されてるだろうし、内容もちょいちょい違うだろうけど、不幸につながる具体的なエピソードがあるわけじゃなくてね、ほら、ずっと小間使いみたいな暮らしをしてたのに、いきなり王子様のお妃って、礼儀やセンスや知識や教養とかの取得ってすごく大変だと思わない?」


「ああ、わかる。平民が貴族社会に転生して苦労するなんて物語いっぱいあるもんな。スキル「礼儀作法」とか是非ほしいところだよな」


 広斗くんはクスクスと笑う。


「そんな中でさ、王子様を好きなだけで、そんな苦労を乗り越えられたのかなって。『二人は永遠に結ばれました。めでたしめでたし』って言葉、便利過ぎない?」


「まあ、物語ってやつは切り出された一部分だからね、どうしたってその最後の部分が結果であって、それが評価になるのは仕方がないよ。二人の物語をどこまで続ければいいかって話になるし『それぞれ寿命で死にましたが、いろんな出来事がありました』じゃハッピーエンドとは言い難いかもな」


「ドラマチックな結末が必要だってこと?」


「クライマックスってやつかな。本で言えば読後感みたいな。物語の本質はさ、作り手が受け手に対し、どんな感情を残したいかってことなのかも知れないよ?だから児童文学には分かりやすい憧れと教訓が含まれてる。まあ元々のグリム童話って、教訓の部分が強すぎて、もっとえげつないからね」


 私は広斗くんの言葉をかみ砕きながらお弁当を食べ終えた。

 所用を済ませ席に戻ると広斗くんは話を続ける。


「例えば、ドラマがあったとして、Aさんが5億円の借金をして、Bさんが宝くじで5億円当てたタイミングで最終回を迎えたら、どっちが人生の勝ち組か一目瞭然だよね」


「うん」


「続編が作られてさ、数年後のAさんは一生懸命働いて借金も返し100億の資産を作った。反対にBは豪遊しすぎて破産してしまった。これもどっちが勝ち組かって話なら簡単だよね」


「切り出された部分の最後が結果ってことだもんね」


「うん。じゃあさ、現実はどう?成功した人生ってどんなものがある?」


「…来年の受験で志望校に合格するとか?」


「もし志望校に不合格で、第二志望に進学したら、その後に大親友になる人と巡り合えるかもしれなくても?」


「資産家になるってのは…破産するかもしれない?」


「いや、死ぬまで資産家でも、ずっと一人で孤独に寂しく生きたとしたら?」


「…自分が納得していれば…って、寂しかったって言ってるね。一時の成功やその種類によっては本当の成功とは言えないってこと?」


「成功ってのはさ、結果の評価だよね。成功した、失敗したって。でもさ芸術作品でも工業の世界でも、その時は失敗したと判断されたモノが別の視点で評価を受けることなんてたくさんあるんだ。死後に評価される芸術家や科学者もたくさんいるからね」


「時間が経たないと評価できないってことかな?」


「だとすると、生きている今の幸せを実感できないね」


 それは困る。だって今の私は幸せなんだから。


「今が幸せ、って感じるのはダメ?」


「だめじゃないよ。それに幸せの大きさも必要ない。もし幸せに優劣があったら、今はあのときほど幸せじゃない。あの頃が一番だったって、ずっと過去に縛られちゃうだろ?それこそ、同じ幸せであっても、それを感じる自分の感受性が高くなれば、より強い幸せを感じるだろうし」


「…感受性が変化…幸せとは違うかもだけど、同じ本でも小さいころ読んだ本を今読み返すと、気付かなかったこととか、捉え方が変わっているってのも、私自身が変化してるってことだもんね」


「出来事はね、ただの出来事なんだよ。それをどんな個性や感受性ってフィルターで通すかによって評価は変わるんだ。観測するタイミングを結果として見た時、それを自分でどう評価するかによって変わるものなんだ。だから、全く同じ物語でも、受け手の状態によって結末が変わるといっても過言じゃないって僕は思うよ」


「出来事があって、どのタイミングを見るかによって、それを評価する人の視点…それによって相対評価は変わるってことだね」


「明確な判断基準がある場合の評価はあるけどね。合格に対する差を見るってやつ。僕らの学力テストや国家資格なんかがそれだね。その基準の根拠ってやつを決めるのも難しいんだけどさ」


 私はじっくりと頭の中を整理してから広斗くんに聞いた。


「…広斗くんは、シンデレラは幸せになれたと思う?」


「もし僕が王子様で、シンデレラが相楽さんなら、少なくとも僕にとってそれ以上幸せにはなれないだろうし、シンデレラにも同じ幸せを感じてほしい努力はするつもり。でもね、僕はシンデレラの心情はわからないからなぁ、相楽さんに判定を委ねるよ」


 広斗くんが頬杖をついて、春の陽光が降り注ぐ教室の中で穏やかに笑う。

 ふと、いくつかの存在がこちらに耳を傾けている気配を感じるが知ったことではない。私は広斗くんに応えるのだ。


「その条件のシンデレラなら、ごめん嫌がられても絶対離れません」


 その後の困難?それすらも幸せの糧にするもんね。

 まあ、取り急ぎすぐそこにせまっているクラスメイトの非難の目をどうにかする必要もあるんだけどさ。


●○●○


 母に料理を教わっているとき、ふと聞いてみた。


「お母さんとお父さんは私が、その、結婚して出て行ったら、やっぱり心配する?」


「なんで?」


「…なんでって、料理もろくにできないし、礼儀作法もよくわからないし、裁縫も苦手だし、精神的にお子様だし…」


 私は卵焼きをくるくると巻きながら、やっぱちょっと恥ずかしい話題だったなと照れてしまう。


「え?いつ?学生結婚すんの?ひろとくんだよね、ね!」


 なんだこの反応…。


「いますぐってわけじゃないし!…それにもらってくれるか、まだわかんないし…いや、広斗くんがどうとかじゃなくて、お母さんたちから見て、私はどんな評価なのかなって」


「評価?あんたの?…そこ、焦げてるよ」


 母の指摘に卵焼き用のフライパンを慌てて跳ね上げる。ちっ、難しいったらありゃしない。


「私は、そりゃ料理も下手だけど、それでもいつかは嫁いで出て行くでしょ?私はどんな私になれてればいいのかなって思ったらさ、親の目線としての評価がほしくなった」


「どういった状態になれば免許皆伝になるかってこと?」


「免許はともかく、結婚を許可してもらえる条件とか」


「あんたが産まれた時、お父さんはもう覚悟してたっていうか、男友達が来たとき、彼氏が結婚の挨拶に来たとき、なんてよくブツブツとシミュレーションしてたわよ。それに結婚相手に対する評価とかも考えてたわねぇ」


「ひ、評価?彼氏の?それってどんな?」


 お父さんのことだ、さぞかし高いハードルがいくつもあるんだろうな。


「そうねぇ、昔はともかく、この前言ってたのは、とりあえずもらってくれるなら誰でもいいかな?だったかな」


「ちょっ、それひどくない?」


「何言ってんのよ。それだけあんたのこと信頼してるってことじゃないの。他のことを心配しなくても済むくらいちゃんと育ってくれたから、親としてそれ以上の望みなんて無いってことよ」


「…信頼?」


「あんたの評価なんて100点に決まってるでしょ?」


 は?


「そ、それは、嬉しいけど言い過ぎでしょ?できない事、いっぱいあるし…」


「子供の評価なんて、そのできない事も含んで満点なのよ。できることを加算するんじゃないの。だってあんた、宇宙飛行士になれる?レーサーになれる?政治家になれる?もし私がそんな評価基準を持ってたらどうすんのよ。0点よ?あんたの評価」


「そこはせめて、料理とかお掃除とか…」


「じゃあどんな料理ができればいいの?和食?中華?フレンチ?そのどれかしか極めてなければ料理人として失格?」


「目指すのは料理人じゃなくて、普通の主婦でいいんですが…」


 言ってから、しまった!と思った。


「ふうん、普通ね?ねえ凪海ちゃん、普通の主婦って何?教えてほしいんだけど」


 包丁を持つ母が怖い。


「お、お母さんくらい?」


「じゃああんた、私の歳になるまで結婚しないつもり?あのね、もうわかると思うけど、人は生き続けてる限り変化してんの。成長したり退化したりね。だから、客観的な基準でもない限り、自分が決めればいいのよ、自分の評価なんて。したいときにしたいことすればいいの。あ、でも、まだお祖母ちゃんにはなりたくないから、そこだけは配慮してね」


「し、しないから!そんなの!」


●○●○


「ど、どうかな?」


「ん、美味しい。僕の専属料理人として雇用したい気分だよ」


 ねえ広斗くん。キミはなんで自分の家の居間の中で、お母さんもいる前でそんなセリフをさらりと言えちゃうのかな?


「お母さんも食べたいな~」


「今日はダメだね。母さんだって自分のお弁当をアメリカの大統領が食べたいって言ったら作り直すでしょ?」


「正直に言うと作り直さないけどね。毎日最高のお弁当である自負はあるから。でも、うん、理解した。広ちゃんの気持ち。だから凪海ちゃん、今度は私に食べさせてね」


 そのタイミングで結月ちゃんの泣き声が聞こえ、お母さんはベビーベッドに駆け寄っていく。


「その、ありがとうね。配慮してくれて」


「僕は独り占めしたいから言ったんだけどね。むしろ凪海の自信作を周知する機会を奪ってしまったかと反省してるところだ。でも、凪海の性格からして、手料理をごちそうになるのはもっと先かと思った」


 彼はそう言ってお弁当箱から、最後の卵焼きを嬉しそうに頬張った。


「…自信は無いけど、でも、それが今の私なんだって思ったらさ、素直に食べてもらいたいって思えたんだ。あ、もちろん、親の試食っていう客観的評価はクリアしてきたつもり」


「ご両親の評価はどうでした?」


「お母さんは、60点だけど満点だってわけがわからなくて、お父さんには食べさせてないよ」


「そっか」


 何が可笑しかったのか、広斗くんはそう言って笑った。


「で、専属料理人はともかく、広斗くんの評価を聞きたいな。具体的に言うと、たまにでいいから広斗くんのお弁当を作りたいです」


「できれば毎日お願いします」広斗くんは私に向き直り、そう言って頭を下げる。


「私からもお願いするね。正直なところ、こんなに子育てが大変だってこと忘れてたのね、それに広ちゃんの時は、広ちゃんだけだったし、今は手のかかる子供が二人もいるし」


 お母さんが結月ちゃんをあやしながらそう言った。


「…僕はそんなに手がかかるかな?」


 少し憮然とした広斗くん。恐らく、お母さんを精一杯フォローしている自負があるのだろう。


「手がかかるってのをネガティブにとらえてない?広ちゃんが楽しそうに凪海ちゃんの話をするでしょ?私はそれが嬉しくて楽しくて、ついついもっと聞いちゃうの。そうすると結月がやきもち妬いて泣くでしょ?私、子育ては平等に手をかけてるつもりよ?」


「…別に、僕の事はいいから結月を一番にしてほしいんだけど」


 あ、少し照れてる。


「ダメよ。きっと結月にも叱られる」


 お母さんはニコニコした結月ちゃんに、ね~っと同意を求めていた。


 親にとっては、子供が赤ちゃんだろうが何歳だろうが関係ないのかもしれない。

 産まれた時の歳の差が、そのまま親子の距離なんだ。

 きっと、いつでも、親にとっての私たちは子供で、私たちは子供のまま親に、大人になって行くんだ。

 いつまでたっても100点には届かなくても、理想の自分を目指すんだ。

 好きな人と一緒にいるために。

 好きな人と幸せになるために。

 灰かぶり姫の努力を信じ、ハッピーエンドを目指すんだ。


「そんな子育てで、結月の将来が心配になるんだけど」ちょっと親目線の広斗くんに。


「大丈夫。私、子育て間違ってない自信あるから」


 そう胸を張って答えるお母さんは、広斗くんのドヤ顔にそっくりだった。

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