第92話「無限地獄」
「ぎゃ~はははははっ! どうせ俺は、もうすぐ死ぬ。だがぜって~ひとりじゃ死なねぇ。てめえらも道連れにしてやるぜぇっ!」
「ほう。……捨て
「ふん! ばぁ~か! これ以上はな~んも、しゃべらねぇよ! …………」
髭面のおっさん傭兵は吐き捨てるように言うと、にたりと笑い、口を堅く結んだ。
そして「ふいっ」と思い切りシモンから視線を外した。
「はあ」
シモンは呆れたように軽く息を吐くと、「つかつか」と近付いた。
いきなり傭兵の胸ぐらをつかみ「ぐいっ!」と向き直させる。
「ぐあ!」
驚く傭兵にシモンが向ける眼差しは冷たい。
そして口元は面白そうにほころんでいた。
「おっさん、……貴様に、面白いものを見せてやる。俺が習得したばかりの魔法だ」
「て、てめ! ま、魔法だと」
「ああ、貴様の心に『本当の恐怖』というものを教えてやる……俺の眼を見るんだ」
瞬間。
シモンの瞳が妖しく光る。
特殊なスキルを使ったのだ。
……これは以前、ラクルテル公爵の愛娘クラウディアを救う際、王都の悪漢達を追い払った『威圧のスキル』だ。
「ひゃああああああっ!?」
いきがっていた傭兵の様子が一変した。
がっくりとうなだれ、気を失ってしまう。
「恐怖に囚われる人間には心に隙が出来る。否、無防備と言っていいだろう」
無防備となった人間は心惑う。
そして虚を衝かれやすい。
シモンは、気を失い隙だらけとなった傭兵の心に偽りの世界を見せていた。
気が付けば傭兵は見知らぬ場所に居た。
周囲は岩だらけの砂漠、そして紫色の空。
この世とは思えない荒廃した世界で、傭兵はおびただしい数の
腐りかけた肉体を持つ『悪鬼』の群れに追われている……
そして、追い詰められた傭兵は悪鬼どもに捕えられ、生きながら「ばりぼり」と、骨までむさぼり喰われて行く。
当然、喰われる激しい痛みを感じながら……
「い、いてぇよぉ!! く、苦しいよぉ~っ!! た、た、助けてくれぇぇぇっっっ!!」
「はははははは……」
傭兵が囚われた空間、つまり悪鬼に喰われる彼の心に……
シモンの不敵な笑い声が響くと……
場面は一変した。
リセット!!
傭兵は再び……わけも分からず必死に逃げていた。
またも!
見果てぬ荒野で、
傭兵は自分の身に起こっている事。
状況が全く理解出来ていない。
「な、な、何故だぁぁっっ~~!!?? こ、こ、ここは!? ど、ど、どこだ~っっっ!!?? い、い、い、一体ぃぃ!!?? ど、ど、どこなんだ~っっっ!!??」」
絶叫する傭兵にシモンは答える。
極めてシンプルに短く。
「禁呪、
「き、禁呪!? エターナルインフェルノォォ!!??」
「そうさ。貴様は永遠の命を持つ」
「え、永遠の命ぃぃ!?」
「おう! 貴様はな、
……傭兵は子供の頃、聞いた事がある。
亡くなった母親から聞いた地獄の話だ。
罪を犯し、死した者は地の底、地獄へ堕ちると。
地獄に落ちた亡者は仮初たる永遠の命を持つ。
悪鬼に責め殺され、また甦る。
その繰り返しだと。
傭兵は約束した。
良い子になると。
しかし、彼は母親との約束を破ったのだ。
身に覚えがある。
もう何十人も殺した。
同じ数、否、それ以上を奴隷として売った。
傭兵が殺した他人の痛みは全く届いていなかった。
シモンの魔法で、初めて心身ともに痛みを知る事となる!
「や、や、やめてくれ~っ!!! た、助けてくれ~っっ!!!」
泣き叫び、必死に命乞いをする傭兵。
しかし……シモンの声は冷たく無機質だった。
「やめてくれ? イヤだね、やめるわけがなかろう」
「ど、どうしてっ!? それでもっ!! お前は人間かぁ!! 俺の人権はぁ!! な、ないのかぁ!!」
「貴様の人権だと? ……笑わせるな。これまで貴様が殺し、乱暴し、奴隷にした人間達も必死に命乞いをしたはずだ。それをお前は、完全に無視し、せせら笑った」
「ひ、ひいいいい、来るなっ!! 化け物め!! お、俺を喰らうなぁああっっ!!」
「……お前は犯した罪を死を持って償う。それしか道はない!」
きっぱりと言い切ったシモン。
空間に響く己の運命を告げる声を……
傭兵は悪鬼に喰われながら、心身を絶望に満たし、虚しく聞いていたのである。
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