第80話「ラクルテル公爵家のお招き⑩」

 何と何と! シモンとクラウディアが婚約!! 

 とんでもない?『取り決め』が告げられたが……

 ここで「やれやれ」という感じで苦笑するアレクサンドラが立ち上がった。


「閣下、もういいかげん宜しいのでは?」


 もういいかげん宜しい?

 一体どういう意味だろう?


 相変わらず、クラウディアに「ひし!」と抱き着かれているシモンだが……

 アレクサンドラが「どのような意味で言ったのか?」と気になった。


 ここでアンドリューとブリジットは顔を見合わせ、頷く。

 アレクサンドラの言葉に怒りもせず否定もしない。


「分かった、サーシャ。そろそろ潮時だろう。シモンの実力もよ~く分かったし。なあ、ビディ」

「そうね、頃合いだわ、アンディ。ほらクラウディア、一旦シモンさんから離れなさい」


 信じられない両親の物言い。

 クラウディアは驚き、戸惑う。


「えええっっ!? お、お父様!? お、お母様!? な、何をおっしゃるのです?」


「クラウディア。俺に勝つという条件付きながら、全く身分が違うシモンとの付き合いを、なぜ許すと告げたのか、ラクルテル公爵家の娘たるお前には良く分かっているはずだ」

「そうよ、クラウディア。お前は聡明な子でしょ?」


「う、ううう」


 クラウディアは犬のように唸りながら、仕方なくという感じで、仕方なくという感じでシモンへの抱擁を解いた。

 そんな愛娘の様子を見ながら、アンドリューとブリジット、ラクルテル公爵夫妻は言う。


「ティーグル王国貴族家の結婚は基本的に政略結婚だ。しかし我がラクルテル公爵家は例外を認めている」

「そうそう、ラクルテル公爵家の家訓のひとつよ」


「………………」


「クラウディア、相思相愛で当主が実力を認めた想い人が現れた場合のみ、希望する結婚を許すのが我が家の家訓だぞ」

「ええ、相思相愛、且つ相手が誠実であり、素晴らしい実力を持つ場合のみ結婚がOKなのよ」


「………………」


「クラウディア、婚約は不成立だ。確かにシモンの実力は素晴らしい。だがお前は彼と心が通じ合ってはおらん」

「ええ、クラウディア。現時点では貴女の一方的な愛情しか、私達には感じられないわ。残念ながらね」


「………………」


「という事で、婚約と結婚は認められん。だがシモンの実力を鑑みて、付き合う事だけは許そう」

「ええ、クラウディア。シモンさんと恋愛しながら、自分の魅力を高めなさい」


「………………」


「うむ! もっともっと努力するのだ、クラウディア」

「貴女は魅力的な女子なのよ。私達の娘だもの。シモンさんのハートをつかむよう一生懸命に頑張りなさい」


 アンドリューとブリジットから諭され、励まされ……

 しぶしぶクラウディアは納得したようだ。


「不本意ですが……分かりましたわ、お父様、お母様。クラウディアはシモン様に想って頂く素敵な女子になるべく、今まで以上に真摯に努力し、邁進致します」


「うむ、よくぞ言った、あっぱれである!」

「うふふ、素敵よ、クラウディア! 今の貴女は私がアンディに出会った頃を思い出すわ。ねぇ、アンディ、結婚するまで私たち、山あり谷ありでしたものねっ!」

「ははは、そうだったな ビディ! 愛しているぞっ!」

「私もっ! アンディ! 大好きよっ!」


 仲睦まじい両親の様子を見て、クラウディアの表情がみるみる明るくなった。

 「自分も両親のようになろう! 頑張ろう!」とやる気になったらしい。


「お父様、お母様、おふたりを見ていると分かりますわっ! 困難や逆境があってこそ、想い人との愛の絆は深まり、固く結ばれるのですものね」


 延々と続く、ラクルテル公爵夫妻と愛娘クラウディアの会話。

 クラウディアが離れ、ようやく『自由』になったシモンは大きなため息を吐く。


「はああ……ええっと……それで、結局はどうなったのでしょう? 俺はどうなるんでしょう?」


 シモンの質問に対し、ラクルテル公爵夫妻は言う。


「うむ、シモンよ。さっき言った通り、婚約は『なし』だ。我が娘クラウディアとの『交際だけ』を許す!」

「うふふふ、ウチのクラウディアをう~んと可愛がってあげてねっ!」


「結局! 元のままっすかぁ!」


「いや、シモンよ、元のままではないぞ」

「そうよ、シモンさんの心はズバリ、エステルさんにあるのでしょう?」


 王族に等しい貴族令嬢の求愛に応えず困惑するシモン。

 やきもきするエステル。

 意味ありげなアレクサンドラの苦笑。

 

 最初からラクルテル公爵夫妻は「状況を理解していた」ようである。

 こうなるとシモンも自分の気持ちを正直に吐露するしかない。


「は、はいっ! 俺はエステルが好きなんです。だから、申しわけありませんが、クラウディアさんとは交際出来ません」


「きょ、局長!!」


 思わず叫ぶ、エステル。


 怒るかと思いきや、ラクルテル公爵夫妻はシモンの『返事』を聞き、満足そうに頷く。


「やはりラクルテルの名に見向きもしないか。俺が見込んだ通りシモンは本当に誠実な男だ」

「ええ、クラウディア達を救った時、シモンさんは名乗らずに去った。経緯を聞いて私はとっくに分かっていましたけどね」


「お父様! お母様!」


「クラウディア、今のシモンの言葉を聞いたか?」

「ええ、はっきり分かったでしょう?」


「はい! 分かりました。シモン様は名誉やお金に全く惑わされない方だという事が! ラクルテル公爵家の名と力は、恋愛のアドバンテージにはならないと」


「その通りだ、クラウディア。シモンから真の愛情を得る為には、お前自身の魅力だけで、エステル殿と戦うしかないのだ」

「ええ、それが無理ならば、潔くシモンさんを諦めなさい」


「はい! お父様! お母様! 私は戦います! 絶対にシモン様を諦めません!」


 クラウディアは両親にきっぱりと告げ、エステルに向き直る。


「エステル……様! 勝負ですっ!」


 改めてクラウディアから宣戦布告されたエステル。

 こちらも負けてはいない。

 クラウディアを見据え、言い放つ。


「ええ! クラウディア様! 正々堂々と戦いましょう!」


「ええっと……」


 激しく熱い女子の戦いに困惑するシモンであったが……

 愛に仕事に……彼の人生は『激動の時』を迎える事となった。


 なんやかんやあったが……

 こうして『シモン感謝の宴』は終わりとなる。


 今回の『宴』を締めくくるのは重鎮ふたりの言葉だ。

 まず口上を述べるのはアンドリューである。


「めでたい! 実にめでたい! ラクルテル公爵家が、大器シモン・アーシュと深き心の絆を結ぶ事が出来た事を改めて祝おう! 我アンドリュー・ラクルテルは王国軍統括として、今後シモンに全面的に協力しよう! そしてサーシャ、いや! アレクサンドラ・ブランジェ伯爵、シモンを巡り逢わせてくれたそなたには深く深く感謝するぞ」


 対して、アレクサンドラはたったひと言。


「御意でございます!」


 凛とした声で言い放ったのである。

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