第57話「風車亭①」

 シモンとエステルが並んで立つ前には築数十年が経過し、年季が入った、趣きのある店舗型家屋が建っている。

 家屋の上部には丸太を割ってその表面に焼印を押した武骨な看板が掲げられていた。


 看板には『風車亭』と書いてある。

 風車亭はハッキリ言って高級な店ではない。

 冒険者や庶民向けの店であった。

 大きく開け放たれた店の入り口からは『だみ声』の喧騒が洩れている。


 居酒屋ビストロ風車亭……

 王都へ来て以来、生活費と学費を稼ぐ為、清掃員、交通誘導員、書店店員など……

 苦学生だったシモンがいくつかのアルバイトを経て、約3年間働いた店である。


 働いたといってもシモンのポジションは店のエース格で目立つシェフとか、来店客を相手にする華やかなホール係ではない。

 

 厨房の片隅で、裏方といえる皿洗いという地味な仕事をコツコツしていたのだ。

 何故風車亭をバイト先に選んだかといえば、2食分の『まかない』が付いていて食費を倹約する事が出来たからだ。


 風車亭のオーナーシェフにはとてもお世話になった。

 コルボー商会へ入社してからは、その多忙さからつい足が遠のいていた。


 さてさて!


 エステルは風車亭の独特な雰囲気に呑まれたというか、少し臆しているようだ。

 本人は気付いていないようだが、僅かに後ずさりしていた。

 そして片手はシモンの服の端をしっかり掴んでいる。


「きょ、局長。ここですか?」


「ああ、ここだよ」


「風車亭……ですか。す、凄そうな、お、お店ですね」


「ははは、エステルが思っていたイメージと違うだろ? 居酒屋ビストロのさ」


「ええっと……はい、少し違ったかもしれません」


「なら、今からでも遅くない。エステルが普段贔屓ひいきにしている店に変更しようか?」


 シモンはランチの店を変更する事を打診してみた。


 しかし、エステルは少し顔をしかめ「ぶんぶん」と小さく首を振った。

 「ノー」という意思を示したのである。

 彼女は意地になるというか、負けず嫌いな性格らしい。

 きっぱりと言い放つ。


「いえ! ごめんなさい。少し驚いてはしまいましたが、初志貫徹です。それに局長の事をもっと良く知る為には、私はこのお店へ入らないといけません!」


「そ、そう? じゃあ、入ろうか」


「はい!」


 というやりとりもあったが……

 シモンとエステルは、おそるおそるという感じで『風車亭』の店内へ入って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 風車亭店内……

 ランチの開店直後で他に客は居なかった。


 シモンとエステルを出迎えたのは、メイド服姿の可憐な栗毛少女である。

 風車亭の女子スタッフはメイド服がユニフォームなのだ。


 少女はシモンには顔馴染かおなじみであった。

 シモンの顔を見て、即座に反応する。


「いらっしゃ! あ! あら! シ、シモン君!」


「や、やあ、エマさん、こ、こんちわ。どうもお久しぶり」


 少女――風車亭のスタッフ女子エマは大いに驚き、シモンの全身を何度も見直した。

 学生時代のシモンと現在とでは風貌も衣服も違う。

 仰天するのも仕方がなかった。


「えええ~っ!? な、何、何っ!? シモン君ったら!! み、見違えたよぉ! 顔付きも全然変わったし、服装もおっしゃれぇ!」


「ははは、そ、そうかな?」


「そうだよぉ! あ、分かったぞぉ! シモン君、トレジャーハンターになったって聞いたけど、やめて、その美人さんの『従者』にでもなったのぉ?」


 エマの視線の先には、ストロベリーブロンドの美女、スーツ姿でびしっときめたエステルが……少々緊張気味に立っていた。


 どうやらエマは、シモンがエステルにつかえる使用人だと思っているらしい。


「いやいや、エマさん、違いますって」


 シモンが否定すると、エマは勝手に話を進めて行く。


「わお! 違うんだぁ! でもさ、いくらシモン君が、かっこよくなってもさ。どう見ても主人と使用人にしか思えないよぉ! 『彼女』には、絶対見えないしねっ!」


「ま、まあ、それは当たってる。確かに『彼女』ではないよ」


 シモンが話の一部を肯定すると、ここでエステルが会話に割り込んで来た。

 エマの大声が耳に届いたらしい。


「ちょっと、待ってくださいっ! 彼女に見えないなんてとんでもないっ! わ、私はっ! 局長の『彼女希望者』ですっ!!」


「な、なななななにぃっ!?」


 か、彼女希望者!?

 これは、もしかして自分への告白!?

 さすがにシモンは驚いた。

 いくら超鈍感でも、目の前ではっきり断言されると確定であった。


 間違いない!

 確信した!


 エステルは自分に好意以上の気持ちを持っている。

 わがまま&きまぐれお嬢様クラウディアへの単なる対抗心では……なかったのだ。


 ここまで、言われないと分からない、何というシモンの超が付く鈍さ。

 「気づけよ!」「しょ~もない」とさげすまれても、反論は出来ないだろう。

 

 そしてシモン以上に驚愕したのがエマである。


「えええええええええええっっっっ!! シ、シ、シモン君のぉ!? か、か、か、彼女希望者ぁぁ!! う、う、う、うっそぉぉぉぉぉ!!!」


 まるでどこかの名画のようなポーズをし、最大最強音量の声で絶叫したのである。

 こうなると、風車亭のスタッフ女子全員が「何事だぁ!」と集まって来た。


 そして、コックコート姿のたくましい中年男と若い男子のふたりも……

 風車亭のスタッフ全員が終結してしまったのである。

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