第13話「超ダークサイド且つ不毛な会話②」

「部長! これは何すか?」


 ここでシモンは、手に持った一枚の紙片を大いにアピールした。


「はあ? なに言ってる? 給与明細書だろ?」


「そんなの分かってます。計上されている金額が問題なんです」


「その金額がどうかしたのか?」


「はあ? どうかしたのかって、何言ってるんすか? 商会との約束では利益の10%が歩合として、俺の取り分すよね?」


「ああ、そうだ。雇用契約書に記載してある通りだ」


「じゃあ! 月の売り上げが金貨1万枚を超えてるのに、何故、手取りがたった金貨20枚なんすか! 計算が間違ってません!?」 


 誰もが納得するシモンの抗議。

 しかし、ブグローは鼻で笑う。


「ふん! 必要経費が引かれてるからだろ?」


「そんなバカな! 何すか? 見習い期間の3か月はとっくに終わったのに何故ですか! 毎回、毎回、出張手当てなしの上、各地への宿泊費、交通費もオール自己負担なんすよっ! 立て替えとかでもないんですよっ!」


 とんでもない会社である。

 社員が経費を立て替え、一時の払いならまだ分かる。

 立て替えた経費は会社の経理から戻して貰うのが常識なのだ。

 どこの世界に数百キロ以上離れた遠隔地出張の高額な宿泊費、交通費を完全に自己負担させる会社があるのだろうか?

 

 しかし、ここにあった。

 それが超悪徳パワハラのコルボー商会なのである。

 そして、もしも他にもあったとしたら……これ以上は何とも言えない。


 ブグローは、シモンの追及に対し、しれっとひと言告げただけである。 


「ああ、社則が急に変更となった。お前に言ってなかったか?」


「冗談じゃない、全く聞いてないっす! それに税金は分かるっす! けど、わけのわからん社名使用料とか、共済会費とか、生命保険とかが引かれているって、どういう事っすか?」


「おいおい、シモンは知らんのか? 社名使用料とはな、お前が当商会の看板を背負って仕事をする肩書きの使用料だ」


「看板背負うって、わけわからんっす。正社員として契約したのに、俺ほぼ個人事業主じゃないっすか。それに共済会費って、ウチは社員間の親睦会とかって、何もナッシングじゃないっすか」


「まあ、世間体だ、世間体」


「かあ、世間体って、ひでぇ! それに俺、そもそも生命保険にも加入した覚えがないっす!」


「うむ、生命保険こそ、福利厚生費だ。当商会の社員は自動的に加入、給料から天引きされるものなのだ」


「福利厚生費? 自動的に加入? じゃあ万が一俺が死んだ時の保険金の受取人は? 田舎に居る俺の母親っすか?」


「違う! 商会だ。もしもお前が死んだら商会のみに金が入る」


 社員が死に、生命保険金が遺族に渡らない!?

 会社だけに入る!?

 そんなバカな!

 

 さすがにシモンは憤る。


「はあ? 何すかそれっ!」


「ばぁか! 社員がおっんだら、商会が人的な損害をこうむるだろ? それを金で補填ほてんする為の保険なんだよ」


「本当に何すか、それ!! 全くわけがわからないっす! いろいろと聞いてみましたけど、他の会社にそんなのないっす!」


「いち社員如きにわけが分からんでも構わん。社則で決まっておる、他は知らんし、ルールはルールだ」


「はあ~~~………」


 あ~言えばこう言うブグロー部長。

 結局、毎回このように不毛な会話となってしまうのだ。


 遂にシモンは覚悟を決めた。

 実は懐に『辞表』を忍ばせていた。


「部長!」


「何だ?」


「この1年で俺、充分商会に貢献しました」


「はあ? シモンお前何、世迷いごと言ってる」


「世迷いごとじゃないっす! はっきり言います。俺、コルボー商会をやめて転職します」


 シモンの三下り半。

 しかしブグローは全く動じていない。


「ほうほう」


「魔法鑑定士試験のランクAの資格も取ったし、まともに冒険者やった方がずっとずっと稼げます。金貨300枚もきっちりお返ししますから、もう解放してください! 部長! お願いします!」


「がはははははは! 何言ってる? 無理だ無理!」


「無理!?」


「お~、そうだぞ、シモン! お前との間にはな、しっかりと雇用契約書がある。お前の直筆サイン入りのな! お前は未来永劫! 一生、死ぬまで永久にウチの社員だ。朽ち果てるまでず~っと働くんだよ!! あ~はっははははははははは!!」


「んな、馬鹿な! う、訴えてやるぅ!」


「おう! 裁判に訴えても構わんぞ! お前は必ず敗訴する! ウチの強力な弁護団には絶対に勝てねぇ! でもそんな事してみろ! 金貨1億枚どころか、ペナルティとして、10億枚むしり取ってやる!!」


「くっそ……」


 本当にああ言えばこう言うブグロー。

 抗議を諦めたシモンが大きなため息を吐いたその時。


 階下が急に騒がしくなったのである。

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