第16話「新天地へ」

 コルボー商会が当局の一斉手入れにより壊滅し、廃業に。

 結果、無職プーとなったシモン。

 否、身も心も解放され、自由になったと言って良いだろう。


 そして無職イコール、フリーとなったシモンを、まるで計ったようにスカウトしに来たティーグル魔法大学の先輩女子アレクサンドラ。


 押し込まれるように馬車へ乗せられ……

 シモンはもろ「どなどな」気分で、アレクサンドラがいう『職場』へ向かっていた。


 がたごとがたごと……

 馬車は車輪をきしませながら、王都市内を走っている。


 そういえば……

 アレクサンドラ・ブランジェの名をどこかで聞いた事があった。

 でも、いつどこでとか、誰なのか、シモンは詳しく思い出せない。


「ええっと、アレクサンドラ先輩」


「なあに?」


「ここまで来て今更ですが、先輩はどちらで何をしている方なのでしょう?」


「へぇ、シモン君は私の事知らないの?」


「え、ええ、し~ません。実は俺、何もない田舎から出て来て魔法大学へ入学し、講義に出ている以外は、ず~っと居酒屋ビストロの厨房で皿洗いのバイトしていましたから、世間の事ほぼ知らなかったんです」


「うん、私、知ってる、シモン君が苦学生なの」


「え? ご存じなんですか?」


「うふふ、いろいろ調べたから! 君の事は何でも知ってるわ」


「ええっと、それって……」


 シモンは既視感デジャヴュを覚える。

 コルボー商会へ入社する際、先ほど逮捕された営業部長のブグローが言い放った。


 その時の言葉がリフレインする。

「そうだ! シモン君が面接の申し込みをして来てから、数日間、ウチの情報部が徹底的に調べた。出身地、本籍地は勿論、ご両親の状況等の家庭環境、住んでいる家、政治思想、信仰している宗教。性格、学業成績、経済状況、彼女の有無など全てだ」


 同時に「がはははは」とブクローの高笑いも聞こえた気がした……

 完全に嫌な予感しかしない……


「すんません。たびたびで恐縮ですが、アレクサンドラ先輩のご身分を教えて貰えますか?」


「あはは、用心深いわね。世界を股にかけた危険と隣り合わせの超一流のトレジャーハンターなのに」


「たびたび、しーません」


「うふ、そこまで言うのなら良いわ、教えてあげる。私はアレクサンドラ・ブランジェ。ティーグル王立魔法大学の卒業生で、貴方の先輩。爵位は伯爵で、役職は王国宰相補佐官よ」


「えええっ!? 王国宰相!? ほ、補佐官!? じゃ、じゃあ陛下の弟君マクシミリアン殿下の補佐官っすか?」


 シモンが驚くのも無理はない。

 ティーグル王国の宰相マクシミリアン・ティーグルは、国王デュドネの実弟で爵位は王族公爵。

 野心を持たず兄を助けて王国を支える優秀な政治家として名を馳せていたからだ。

 

「そう! マクシミリアン殿下! そして私は殿下の補佐官。君を正規の王国職員にスカウトするわよ。詳しい事は王宮に到着したら話すわね」


「えええええっ!? せ、先輩っ! マ、マ、マジですかっ!?」


「マジっ!!」


 アレクサンドラはにっこり笑うと……

 シモンへVサインを突き出したのである。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ふたりを乗せた馬車は、正門の門番、警護の騎士と、何回も何回も……

 厳重なチェックを受けた上で、王宮内へ滑り込んだ。


 さてさて!

 王宮内へ入った馬車は駐機場へ到着し、止まった。

 すかさず御者が飛び降り、扉を開けた。

 駐機場付きの騎士も近寄って来る。


 まずアレクサンドラが馬車から軽やかに降りた。

 続いて、シモンも「ひらり」と降りる。


 超が付くくらい厳しかったパワハラ訓練、生と死の狭間に立ったトレジャーハンターの仕事が頼りなかったシモンを大いに変身させていた。


 近付いて来た騎士とアレクサンドラはひと言、ふた言、言葉を交わす。

 騎士は「びしっ!」と敬礼をして、あっさりと引き下がった。

 元居た待機場所へと戻って行く。


 アレクサンドラがシモンを呼ぶ。


「さあ、こっちよ。着いて来て」


 ふたりが向かう先には白亜の建物がそびえていた。

 

 とんでもなく大きい。

 王宮内の多分、庁舎なのだろう。

 が、どこの省の庁舎なのか、シモンには分からない。


 改めて見やれば、1,2,3,4,5階建てであり、ぐいっと迫るような威容を誇っていた。


「ここは?」


「ここは新設された王国復興開拓省の庁舎。補佐官の私が人事異動で、今度長官になるよう、殿下から直々に辞令が出たの」


「王国復興開拓省? 殿下のご指名で先輩が長官ですか? お若いのに凄いっすね」


「ええ、責任重大。だから殿下のご期待に応える為、シモン君みたいに優秀な部下が必要なのよ」


「は、はあ……でも、先輩。本当にこんな俺なんかで良いんですか?」


「またこんな俺って、もう、しつこいわね。言ったでしょ、私自らが全部調べたって。自信を持って! シモン君はウチの仕事に適任なのよ」


「はあ、俺が適任って、んな馬鹿な!」


「あはは、用心深いわね? さっきも言ったけどその慎重さは、危険な遺跡に潜って探索するトレジャーハンターの心構え?」


「いやあ、トレジャーハンターは関係ないっす。自分如きがわざわざスカウトされるのが信じられないっす」


「良いから、黙ってついて来て!」


「分かったっす」


 アレクサンドラが先頭に立ち、たったっと歩いて行く。

 背筋がピンと伸び、胸を張り、堂々とした「たたずまい」だ。

 彼女に比べ、シモンはやや猫背気味に歩く。

 貧相な感じは否めない。


「1階は総合受付、 一般来客用の打合せブース、ロビーなの。まだシモン君は部外者だから、総合受付で入館手続きをするわね」


 受付のスタッフにひと言ふた言告げ、アレクサンドラは身分証明書らしきカードを渡す。


 スタッフは魔道具にカードをかざした。

 何か操作している。


 しばらくするとスタッフはアレクサンドラへカードを返却した。


「OK! これで入館手続きが完了っと。じゃあ、こっちよ」


 アレクサンドラは1階ホールの奥へシモンをいざなった。

 『職員専用出入り口』と書いた札が掲示されている大きな扉が5つほど並んでいた。

 

 アレクサンドラは扉のひとつにカードをそっとかざした。

 ぴぴっと音がして、扉がゆっくりと開く。

 

 開いた扉の中へ入ると、別のそこそこ広いホールがあった。


「魔導昇降機に乗るわ。私の執務室は庁舎の5階よ」


「りょ、了解っす」


 人の気配がする。

 制服姿の職員らしき者がこちらへ歩いて来た。


 年齢は20代前半くらいだろうか、スタイル抜群、華やかな雰囲気の美しい顔立ちをしたストロベリーブロンド髪の女子である。

 

 シモンを連れているアレクサンドラへ気付いて、挨拶をする。


「長官! ごきげんよう」


「あら、ごきげんよう!」


 シモンには無言で会釈をし、職員女子は去った。


 若いって良いな……などと、ついシモンは考えてしまった。

 自分だって、まだ24歳にも届いてもいない年齢なのに、すっかり忘れている。


 ため息を吐いたシモンの足取りはぐっと重くなり……

 相変わらず颯爽さっそうと歩くアレクサンドラへ続き、魔導昇降機へ乗り込んだのである。

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