七十五話 絆・十

 ノースの町に辿り着いたその日のうちに盗賊退治をした場所と似た景色の林。しかし場所は違い、ノースの西側ではなく北西に位置する場所へとヴァルアスは来ていた。

 

 「ふむ……」

 「大丈夫ですか? マスター」

 「ああ、問題はない」

 

 地面を軽く蹴ったり肩から腕を回したりして小さく頷いたヴァルアスに、リーフが剣のままで声を掛けて確認する。

 

 この辺りの調査を引き受けてから丸一日が経過して、実際にヴァルアスの調子はほぼ元の状態へと戻っていた。

 

 そもそもが大病した訳でもなく、疲労と心労から倒れただけなので、戦闘を前提としないこの依頼はちょうどいいとヴァルアスは考えている。

 

 「それで……どうだ?」

 「少しお待ちを」

 

 特に今は植物を操る魔剣リーフの力があることも楽観的でいられる理由だった。

 

 木々が生え、地面は草花で覆われたこの場所はリーフのおかげで不意打ちを受けにくいし、想定外の敵がいれば逃げに徹することもできる。

 

 「魔獣はいますが……」

 「“が”?」

 

 活発化していた魔獣が急に大人しくなった。その変化の理由を探りたい。という依頼ではあったが、ノースの町に近いこの林中には相変わらずそれなりの数の魔獣が残存していた。

 

 それを感知したリーフだったが、もう一つ報告すべき異常も存在する。

 

 「聞かされていた通りですが、確かに不自然なまでに大人しいようです。まるで何かから息をひそめて隠れでもするように」

 

 通常の獣より多くの魔力を持つ超生物である魔獣は、攻撃性も獣より高いのが常だった。

 

 だからこそ人族の脅威たるのであり、それが怯え隠れるなど正しく“異常”だ。

 

 「原因はおそらくあちらに」

 

 そしてリーフは端末体の姿をヴァルアスの肩上に現して、ある方向を指差した。

 

 「何かいる……のか?」

 

 その方向に何も感じられなかったヴァルアスが、首を傾げて問い返す。

 

 「ええ何もいません」

 

 だがリーフはそのヴァルアスの言葉にあっさりとそんな言葉で返した。

 

 そして眉を小さく跳ねさせたヴァルアスが何かを言う前に、リーフは説明を重ねる。

 

 「この林には魔獣や獣が散在しているにもかかわらず、この先にだけ何もいません」

 「なるほど」

 

 深く頷いてリーフの言いたいことを納得したヴァルアスは、緊張感を増しながら歩を進めていった――――

 

 ――その場所には仮死の長い眠りからちょうど目覚め、土の中から這い出す、いないはずの……いてはいけないはずの化け物、巨人族。

 

 ――体調万全ではないヴァルアスだったが、絶対に人里まで引き入れてはいけない存在を前に逃げることも許されない状況。

 

 ――そして始まった万死一生の戦と、その先で行き着いた絶望。

 

 全身の骨という骨が軋みをあげて砕けゆく一瞬のうちに、この数日間の記憶を思い出していたヴァルアスは、衝撃で吹き飛んだように消えてしまった痛みに代わって訪れた寒さによって、記憶の中から意識を引き戻されていた。

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