新宿口ダンジョンエントランスホール。その巨大な吹き抜けの二階には喫茶店があり、ホール全体を見渡すことが出来る。


 先程までお騒がせであったホーリーフーリガンズの百人部隊はすでに出陣式を済ませダンジョン内に潜っていった。百人が一斉にユコカで改札を通り抜ける様はネットで派手に中継されていた。


 すでに三時を回っていた。


 喫茶店のテーブル席にはニイとスイホウとシンウが、それぞれに注文した飲み物を飲みながら座っていた。


 真ん中に置かれた携帯にはホリフリの中継映像。ダンジョン内に何台も設置した通信中継機により、ブロックノイズは走るがきちんと映像が届いていた。それに茶々を入れる地上の解説ブースが画面隅に入れ込み、さらに視聴者のチャットの文字が大量に流れる。とにかく情報量が多い画面だ。


 軽薄さを感じるものではあったが、羨ましさも感じていた。派手である、ちやほやされている、調子に乗っている。そんな連中がいると、若者ならそのお調子者に自分の顔をはめ込んでみたいと、ついつい考えてしまうものである。


 弛緩した空気がテーブル上にたゆたっていた。だれながらシンウが聞く。


 「ホニーチェは?」


 「まだかかるって。サイズ調整は念入りにしないと。あの子を守る大事なアーマーだから」


 ニイは爪を見ながらも真面目に答えた。


 三人共に心に小さな痛みを感じた。


 ホリーチェは無事だった。しかし彼女は一度死んだのだ。この痛みの棘はいつ抜けるのだろうか。


 再び三人は静かになる。ホールの人の流れもだいぶ落ち着き、喧騒も穏やかなものに変わってホールに響く。携帯から流れる実況の音が遠い世界のことのように聞こえる。


 「見て見て」


 暇になったシンウが自分の飲み物のホットティーに使った、スティックシュガーの破れた空袋を見せた。


 「またか」というスイホウの顔。


 シンウは懐から小指大の小瓶を取り出す。それにはゆらゆらと光る緑の粒子が漂っていた。その小瓶の蓋を開け、破れたスティックシュガーの袋と、その切った切れ端をつなげたところに、振りかけた。


 緑から黄緑に変容する光の粒子が小瓶から一滴こぼれだし、フヨフヨと切れ端に吸い付く。そこを手でバッと隠し。カウントダウンののち、手をどかすと。


 先程まで切られて使用済みだったスティックシュガーの袋がもとに戻っていた。一枚の未開封の空袋になっていた。その空袋を両手でつまんで掲げる。


 ドヤーというシンウの顔。だがそれを見させられた二人の顔に驚きも称賛もなかった。


 「メモリーで遊んじゃダメ」


 「そのメモリーを集めるために命かけてるんですケドー」


 「首都沈没で多大な犠牲を払わされた人類であったが、わずかながら恩恵もあった。ダンジョン内部に潜むモンスターを倒した時に得られる魔法の光脈”メモリー”。この特殊なエネルギーは人間の意思に反応し、あらゆる物質あらゆるエネルギーを再生することができるのだ…」


 真面目な声でシンウが語りだしたのでニイが突っ込む


 「なにそれ?」


 「学校の教科書に書いてあったメモリーの項目のとこ」


 「記憶してんだ、えらいねー」


 「これでも優秀な生徒でしたから」


 「優秀だったら貴重なメモリーを手品で消費するなよ」


 「授業では優秀でも、物質再生はおぼつかないか」


 スイホウとニイの苦言を無視して、シンウは自分の小さな魔法の成果物を眺める。魔法が使えない自分としては上手くいったのではないか?ちょっとした自慢の気持ちがあった。センスがない自分にしては上出来だと。


 その未開封のスティックシュガーの空袋をニイが取りあげた。


 文句を言おうとしたシンウは、自分の光の小瓶もスイホウの手によって取り上げられニイに渡されていることに気づいた。


 「わたしのです!」


 「さーてご覧あれ」


 ニイは光を一粒その空の袋にかけて、ゴニャゴニャと呪文らしきものを適当に唱えたのち、両手で袋をギュッと隠して、真剣な表情を一瞬だけした。


 ゆっくりと手を広げその空であるはずのスティックシュガーの袋をゆっくりと、シンウの方に持っていき


 「シュガーティーでございます、お嬢様」


 空のスティックシュガーの袋の端を切り取り、シンウのホットティーの上で袋を傾けた。


 すると空っぽだったはずの袋から、まったく新しい砂糖が現れ、袋と同じ量だけ紅茶の中に注がれたのだ。


 「甘すぎー、いらないー」


 文句を言いながらもシンウは笑っていた。その魔法の技を見せたニイはドヤ顔。


 「メモリーで遊ぶなっつってんだろ」


 見ていたスイホウも笑う。


 「やっぱ私には無理だわー、メモリーの再生なんて」


 砂糖が復活した魔法のスティックシュガー。二回も空になった魔法の空袋を見ながらシンウが言う。


 「得手不得手を補うのがパーティーですわよ」


 「正論だな」


 同じパーティーのニイとスイホウがからかう。


 「私だってこの特性があるって分かったから、魔法使いやってるわけだしね」


 「私やシンウ、ジンクには違う特性があるから前衛をやってるんだろ」


 「でも再生できるっていいよね。やりたい放題だし」


 自分より少し大人な二人に対して子供っぽいことを言ってしまうシンウ。


 「そんなに砂糖が作りたかったら、再生工場にいったら?毎日好きなだけ再生させられるし、そのメモリー再生技能だっていつか開花するかもよ」


 「そういう”普通の生活”ができないから冒険者になったんですけど」


 ニイの正論に反論するシンウ。


 「再生する工場努めよりも、再生のためのエネルギー源の収穫の仕事をする冒険者の方が、普通の生活じゃなくていいと?」


 スイホウがそう言うと、


 「冒険者は一次産業?」「一次産業」


 ニイがクイズの様に聞くので、シンウはクイズの答えのように返した。ホリーチェが言っていた言葉だ。




 「一般職よりも冒険者に憧れるでしょ、普通は? そういえば前のスパイアントの”メモリー”は回収したんだっけ?」


 シンウはちゃんと確認してなかった事項を思い出しニイに質問した。


 「そういうとこ、あのオジサンは抜かりないね。きっちり回収して置いてってくれた。自分の取り分も要求せず、なんと無料で!」


 「お礼は依頼金の中に入ってますから…」


 シンウが先ほど遭遇した尾地のマネをした。言ってからなぜか照れ笑いをしてしまった。


 「じゃないと、まずかった。お金がねー。今回、色々経費かかったし。あーー、真面目に働かないとまずいかな~~」


 ニイがテーブルに突っ伏す。


 冒険者は回収したメモリーを換金することで生活を成り立たせている。前回は当然だが大赤字だ。ボスを倒したメモリーを換金できたとはいえ、派遣の依頼や装備品のロストなど出費がかさんだせいだ。さらにその心の傷を治すために、こうして新宿で遊んでいる。これも十分必要経費だ。


 顔を上げたニイは話を戻した。


 「メモリーの基本は”再生”なんだよ、そういう意味で言えば魔法のほうがシンプルだって思うよ、白も黒もね。ただメモリーで再生してるだけなんだから。


 イメージして、再生して、同じものを作り出す。さっきだって、袋に残ってた砂糖の粒をメモリーで再生しまくって一袋分に戻したんだし」


 「なに?またどっちが難しいか競争するの?」


 スイホウはいい暇つぶしだと嬉しそうだ。黒魔術師のニイが自身の仕事のコツを話し出した。


 「黒魔法なんてシンプルの極み。マジックワンドの中にある機械が作った種火をメモリーの力を使って「再生」するだけ。一の火を記憶再生して、元の一の火と足して二の炎にする。


 それだけ。それが黒魔法の基本。


 その二の炎を再生して四にする、それを八に一六、三二、六四とドンドン巨大にしてドーーンと撃つだけ。か~~んたんすぎ!」


 前衛職の二人、シンウとスイホウは「どこがだよ」という顔をしている。


 「まあそれを、詠唱する五秒の間に百回くらい繰り返すんだけどね…」


 黒魔法は大量のメモリーを消費することによって、パーティー随一の火力を出せる。しかしそれを可能とするために必要とされる集中力と技量の難易度の高さが分かる話だった。


 目の前の小さな火をイメージとメモリーの力だけで何十倍にもする。センスという言葉を使わなければ理解できない技能だ。


 「それに比べたら、たしかに私達のは楽かもしれないな」


 スイホウの言葉にシンウも素直に従うしかない。


 冒険者、その中でも肉体で戦う者たちの基本はこうだ。


 彼ら彼女らが着るエグゾスケイルアーマーは彼らの力を倍加する装置である。そのエネルギー源も、魔法と同じく「メモリー」である。


 「意志の力であらゆる事象を再生する」


 そのメモリーの力を筋力増強に使っているのが前衛職である。アーマーのフレーム内に装填されたメモリーにイメージを伝え力を再生して、一の力を瞬間的に二以上に強化する。


 「剣を振って、その振った動きを再生して、剣の威力を二倍にする、簡単な話だ」


 「うんうん、簡単簡単」


 スイホウのシンプルな説明にシンウも気軽にうなずく。本人たちにとってはいつも仕事でしている事で、なにも難しいことはしていないつもりだ。


 剣を振る時、装着者の筋肉で作られた運動エネルギーをメモリーの再生で倍加させて敵を両断する。


 ジャンプする時の運動エネルギーを再生し倍加し飛翔する。ガードした時の耐える力を再生し倍加させ壁になる


 「ソレが無理なのよー!」


 気軽に言ってる二人にニイがわめいた。


 「理解できない!なんで自分の体の動きを自分で再イメージできるのよ!意味不明すぎる!」


 今度は前衛二人が困惑する。


 「いや、出来るでしょ?」「しょ?」


 「出来ないって!そんなソバ食いながらパントマイムするみたい真似!」


 例えがよくわからないが、本当に無理と思っているようだ。


 「しかもソレって、瞬時に行うんでしょ?」


 「うん、0.5とか0.1秒内に再生しないと無意味。バラバラでまとまってない力が再生されちゃうと、明後日の方向に剣を振っちゃって関節が砕ける」


 それが当然というスイホウの言葉に青くなるニイ


 なぜコレが出来ないのか?シンウにも理解できなかった。冒険者になる前からやれて、実戦で磨き上げてきた技術だ。




 「だーかーら、得手不得手あるって話なんだろ」


 「ホリーチェ!もう終わったの?」


 魔法使いのお仲間が現れてニイが喜ぶ。


 「ああ、荷物は送ってもらった。手荷物は嫌だし」


 先程まで新しく買ったアーマーの調整をしていたホリーチェが入って、テーブルに四人全員揃った。


 「そういう意味では、白魔術が一番簡単だな。メモリーをぶっかけて、もどれ~~って祈るだけだし」


 ホリーチェはさっそく自分の仕事、白魔術師の仕事で説明した。


 「時間も一秒とか一〇秒じゃない。一分から十時間までいくらでもかけられる」


 ホリーチェはテーブルの上に捨てられていたスティックシュガーの空の袋を二つに切り裂き、それを半分ずつ手の中に収めて握った。


 すぐにパっと開くと両手に一本ずつ、中身が詰まったスティックシュガーがあった。


 一本分の空の紙ゴミだったものが、二本の未使用のスティックシュガーに増えたのだ。中身もしっかり再生されている。


 びっくりする三人。そのあまりの早業には同じ魔法使いであるニイですら驚いている


 ホリーーチェは椅子に座る前に手の中にメモリーを仕込んでいたのだ。それでもあの一瞬でスティックシュガーの形質を細部まで、中身に至るまで完全に「再生」させる技術は、天才的としか言えない。


 わずか一六歳でひとつのパーティーのリーダーをはれるのは、この天才性ゆえである。


 「再生にはイメージの正確さが必要だから。運動エネルギーの再生も、炎の再生も正確でなければいけない。だけど医療魔術はその求められる正確さの桁が違う」


 得々と語るその少女からは神々しさすら感じられた。この彼女の神秘性に惹かれて、このパーティーは生まれたと言っていい。


 「傷口を塞ぐには、イメージしなければいけない。健康なときの筋肉と血管と神経と血液、皮膚、鼓動、呼吸。全てのディティールを動的イメージで、余すことなく細部まで再生しないと、医療というレベルには到達できない」


 だから白魔術を志すものはまず医学の勉学から始める。正しい知識がなければ正しく再生できない。


 「とか言って、私つい最近、再生させられた側なんだけどねー」


 ホリーチェがケラケラと笑う。そうすると今までまとっていた神聖さが消し飛び普通よりも幼い美少女の顔に戻る。そして真面目な顔になりみんなを見回してから


 「みんなには感謝してる。リザレクションは医療魔法だけでは駄目なんだ。その人のことをちゃんと記憶している人がいないと、死からは「再生」はできない。みんなが私を覚えていて、魔術師にそのイメージを伝えてくれたから私自身を再生することができたんだ」


 ホリーチェの復活魔法の時、リザレクションには四時間かかった。彼女の復活を行う白魔術師を中心に、パーティーメンバーは遺体を囲み、復活させたい人のイメージを思い浮かび続けた。四時間に渡るのその思いの末にホリーチェは復活したのだ。


 「みんな、ありがとう」


 ホリーチェはみんなに素直に感謝の言葉を送った。


 彼女は今日まで何度感謝の言葉を言っただろう。それでもそのつど、その言葉は新鮮に仲間の心に染み渡った。ホリーチェにとっても仲間にとっても、仲間の死から逃れられたこの経験は大きなものだったのだ。


 ニイはホリーチェの目を見てなにか言いたげだ。スイホウもやさしく彼女を見ながら、なにかを催促している様子。シンウは目でホリーチェに合図を送る「誰か足りませんか?」


 その目線の意味に気づいたホリーチェは、


 「ああ、当然ジンククンにも…」


 買い物に付き合わなかったパーティー唯一の男子の名前を上げるが、


 「チ・ガ・ウ・デ・ショ」三人が悪戯っぽく少女に詰める。


 ホリーチェは、やむなく


 「…尾地という男にも…感謝している。姿形や衣装がどうあれ、あの男が私の命を救ってくれた…こう言えばいいんだろ!!」


 ワっと隣りに座っていたニウとシンウが抱きつく。素直でチュねー、いい子でチュねーと頭をぐしゃぐしゃと撫でては噛みつかれた。


 スイホウはニヤニヤしながら、その様を携帯で録画していた。





 


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