シンウが長い棒の先についたカメラを操っている。別に自撮りをしているわけではなく、壁向こうの室内をカメラで探査しているのだ。


 扉から覗くのは廃屋と化した体育館の闇の奥。そこに巨大なモンスターがいた。


 全長十mクラス。アリのように頭部と胸部と腹部を持ち、胸部から巨大な鎌がついた四本の腕、腹部からは四本の脚。アリとクモが混じり合ったような禍々しさ。


 スパイアント。


 彼らの倒すべき相手だ。


 この映像は無線でつながったパーティーのメンバー全員が、自分の端末で見ることが出来る。すでに背後への回り込みを行っている攻撃チームもこの映像で敵の位置を確認することが出来た。


 端末から文字を打ち込み、チャットで作戦の進行状況を送り合う。今回はたんなる囮役である尾地も調子にのってスタンプを送ったりもしたが全員から無視されている。


 シンウが何度も映像を確認する。不確定要素は戦闘が始まる前に可能な限り潰しておきたい。崩れた壁や天井に蜘蛛の糸がかかり、まさにクモ型モンスターの巣といった状態だが、それよりも長年放置した体育館の廃墟といった方が正しく伝わるだろう。とにかく汚く不潔だ。垂れ下がった蜘蛛の糸を全てハタキで叩き落としてやりたいと掃除好きなシンウは思った。体育館内は真っ暗闇というわけではなくそこかしこが自然発光している。彼らのアーマーについてる照明だけで事足りるようだ。


 映像のスパイアントはほとんど動かない。眠っているのか?映像だけでは確認がとれない。


 攻撃チームから準備完了の合図が来た。体育館の裏手、壁の切れ目から内部に侵入し、ちょうどスパイアントの後頭部の上に陣取ることができた。この位置からなら確実に仕留めることができるだろう。極めて有利な状況を作り出せている。


 しかし、作戦を確実にするには囮が重要だ。


 シンウが尾地に目で合図を送る。作戦開始だ。チャットに手早く「ゴー」のスタンプを貼り、メンバー全員に合図が送られる。彼女自身も尾地とともに、作戦の場である体育館の廃墟の中に飛び込んだ。




 シンウは足元に垂れる蜘蛛の巣を踏まないように避けて進む。蜘蛛の糸とはいえ巨大モンスターの吐くものである。虫の蜘蛛の糸よりも太く粘着力も強力だ。触れれば厄介なのは間違いない。出来る限り避けたほうがいいのは当然だ。そう思いながら大型モンスターの目の前に進んでいく。尾地もそれに続いた。


 「おら!こっちだ!こっちみろーー!」


 声を張り上げて叫ぶ。尾地もそれに習い


 「ウェイウェイウェーーーイ!!」


と奇声を上げて盾をバンバンと鳴らす。


 ムクリ、とモンスターは上体を起こした。見上げるほどのサイズ、四本の脚が巨体を起こし四本の腕がピキピキと関節を動かし伸びていく。昆虫のように節にわかれた体。胴体から腕と足が天と地を支えるように広がっていく。巨大な腹部は半透明で内部にうごめく内臓の影が見える。巨大な蟻とクモのキメラな顔が不埒な侵入者を見下ろした。


 その顎の巨大さは人を丸呑みにできそうなほど、目は複眼で暗闇の中で光を反射して輝いて見える。


 人間としては恐怖感ですくまざるをえない異形と巨体。しかし冒険者はその恐怖に耐えることが出来る。戦うことが出来るのだ。


 言葉も通じない相手をひたすら罵倒する二人。こっちを見ろとけしかけ続ける。言葉が通じなくても悪意は通じてしまうようだ。たとえそれが、尾地の放つ飲み会の掛け声めいた掛け声だとしても。


 スパイアントはその体を震わせ折り曲げた脚を傾け戦闘体勢を取る。その動きだけで床が震えた。巨体はさらにジャッキアップされて高さをます。頭部持ち上がり、もはや天井から見下ろしている高さだ。


 ノコノコと現れた愚かな獲物、二体とも刈り取ることを決意して、四本の手に備わった巨大な鎌を開いた。その四本づつの一振りで、この二人の人間はそれぞれ四等分にされてしまうだろう。


 その断頭台の刃のような四つの鎌が獲物へ振り下ろされようとした瞬間、


 「いまだ!」


 言葉でもなくチャットでもなく、今がチャンスであると全員が察知し心で叫んだ。相手が獲物へ攻撃を仕掛ける瞬間、今こそが防御への意識がもっとも手薄になる瞬間だ。


 スパイアントの背後、壁の上にできた隙間の暗がりに潜んでいた三人が飛び出す。


 ジンクは背後から飛び込み、敵の背中へ剣の一撃を浴びせようと、 


 スイホウは両刃の薙刀の巨大な一閃で敵の脊柱の分断を狙って、


 ニイは黒魔法攻撃のタイムラグを使って、斬撃後の敵の首から上を焼き尽くそうと、


 攻撃を開始しようと壁から乗り出した三人は、それぞれに、


 壁にかかったクモ糸を切断し、 


 壁からたれていたクモ糸を踏み潰し、 


 壁の下を走っていたクモの糸を切断したことに、


 気付いてなかった。


 スパイアントは頭部も胴体も一切動かさなかった。視線は囮役を凝視しその生命を断とうと燃えていたし、このモンスターの意識はただ手前の二体にのみ向いていた、はずであったのに


 四本の腕のうち一本が、バネに弾かれたように背後に高速回転し、飛び出しかかった三人を、ほぼ同時に薙ぎ払った。




 三人共に無防備な、攻撃の瞬間の最大に無防備な状態で攻撃を喰らってしまった。巨大な一撃は三人を壁面に叩きつけ、三人共に床に落下し動かなくなっていた。シンウの仲間たちが、弟が。


 その瞬間を目撃してしまったシンウは体が硬直してしまった。何が起きたのか理解できない状態たった。仲間の三人が吹き飛び、落下し、床に激突して動かない。


 脳裏に浮かんだのは作戦の崩壊とパーティー全滅という凍りつくような言葉。


 その精神的衝撃が肉体を停止させてしまった。


 自分がおこなった後方への攻撃。その結果、襲撃者を排除したということに関して、スパイアントはまったく無関心であった。殴り飛ばして動かない人間たちに一瞥を与えただけで、後ろに回っていた腕を元に戻し、中途で止まっていた仕事を再開した。四本の鎌全てをシンウへ向けて切り込ませた。


 三本同時で床を砕いたが赤い肉片は飛び散らなかった。


 とっさに尾地が飛び出してシンウをかばっていた。倒れ込み呆然とするシンウの顔の眼前に必死な中年の顔が迫っていた。


 「撤退だ!」


 尾地は止まっていたシンウの心を動かすために、大声をその小さな顔に叩きつけた。


 それでも体が動かないシンウ、ショックから精神は復活しつつあるが、まだ、動かない。 


 いや動かないのには理由があった。先程の攻撃で無傷であろうはずがなかった、右足に大きく切り傷ができていた。


 「あ、の、(私のことはいいから、あなただけでも逃げてください)」


 口すらも満足に回らない。なにも言えないシンウを担ぎ、男は独自に撤退を開始した。


 逃がす理由もなくスパイアントは攻撃を続ける。チョロチョロと走る人間を背中から襲う。しかし、当たらない。


 尾地は人間一人を抱えて走りながらも、モンスターの攻撃を避け続けている。走りながらの退避行動にパターンを作ってるのだ。敵に背を向けて走りながらも攻撃を受けないようにする工夫がこの男にはあった。


 しかし、その工夫ある男も走りながら無意識に蜘蛛の糸を足で切断してしまった。


 モンスターは再び機械人形のように自動的な動きを見せ、尾地に引き寄せられるように鎌が飛び出す。


 その瞬間も回避運動をしていた尾地は切断は免れたが、鎌本体に背中を痛打された。前のめりに倒れそうになる尾地は必死に足に力を込め転倒を防ぐ。エグゾスケイルアーマーの関節部が輝き、耐える力を強化する。


 さらに転倒に耐えた足の力を、そのまま前に進む推進力に変え、この戦地からの脱出口、出口Bに、文字通り飛び込んだ。


 そしてそのまま、シンウを抱えたまま通路をひた走り、ボスエリアからの逃走に成功した。


 体育館の主であるスパイアントは、獲物を逃した口惜しさを見せることもなかった。


 ただ全てが自動的であるかのように戦闘モードを解除し、定位置に戻った。


 背後に倒れている三つの餌をどう保存し、いつ食すべきか、その考えだけがモンスターの小さい思考回路を支配していた。




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