第三十三話 ペインチェイス

バイクのハンドル部分に取り付けた、画面と目の前の現実とを交互に何度も視線を往復させながら、風を分けるように突き進む。


「妃さん!できれば信号機の少ない細い道でお願いします!」


“わかったわ、気をつけてよ!”


瞬時に走行ルートがアップデートされ、細い路地裏のような道を俺は針で縫うように駆け抜けた。しかし見通しの悪い曲がり角は、人が飛び出してくるかもしれない、ブレーキをかけてスピードを落とさざるをえなかった。それでも、自分の持てる技術すべてを活用しスライドする後輪をコントロールしながら目的を追う。そしてまた二車線ある大きめの道路に出た。


“そろそろ、対象が見えてくるはずよ”

俺はその言葉を聞いて辺りの車両に注意した。


すると、前方にフルスモークガラスで黒色のSUV車が一台目に留まった。スマホの情報と照らし合わせても一致する。妃さんに車の特徴とナンバーを伝えた。


さて、これからどうするかだがとりあえず追跡か…


そう考えていたが、SUV車は急加速しだした。そして左右にウインカーも出さず他の車を追い抜いて前へ、前へと突き進んでゆく。


「くそ、車でなんて無茶な運転をするんだ!妃さん、発信機のバッテリーはどれくらいもちますか?」


“そうね、小型化を優先させたから数時間もてばいい方かも”


やはり、現実は映画や漫画のようにはいかないか…!

もしかすると目を離した隙に男が車から降りて別行動するかもしれないし、ズボンのポケットに忍ばせた発信機に気づかれ捨てられる可能性もある。仕方ないが、俺も離すまいとその後に続く、だがこれでは追跡しているというのがバレてしまうかも…


信号で止まる時だけ気をつければ…

しかし、現実はさらに厳しい選択を突きつける。SUVは目の前の信号が赤に変わってもスピードを緩める事なく交差点を突き進んだ。


まずい!止まって離されるのは避けたい!


俺は全開でフル加速して、左右から走り始めた車両をギリギリで交わし交差点を走り抜けた。そしてSUVの真後ろについてしまうが、後部ガラスはスモークで中の様子は見えない。さらに車は加速し、また他の車を追い抜いてゆく。


念のため、車一、二台を挟みつつその後を追う。


どこに向かっているのか全く見当がつかないが、いつまでこんな無茶な運転を続ける?しかし俺が諦める事はない。今の俺は感情を持たない、ただ目標を射抜くためだけに放たれた一本の黒槍こくそうだ。


しばらく走ると助手席の窓から腕が出された。その手には何かが握られているのが見える。そしてその手は握っているものを路面に放り投げた。すると、SUVのすぐ後ろを走っていた車のちょうど真下で、火炎と黒煙をあげて爆発が起こった。その衝撃と音は、車の数十メートル後ろを走っているヘルメット越しでも大きく伝わった。


しかし、その瞬間は事の重大さに気づいていない、窮地きゅうちに立たされているという事は、それから1~2秒遅れて気づいた。


真下で爆発の衝撃を受けた車は、道路二車線をまたぐ形で横転したかと思うと破損した部品をまき散らしながら、側面を向けぐるぐる回転して目の前に迫ってきたのだ。


とっさに強烈なフロントブレーキをかけるが、目の前の状況を目にして間に合うわけがないと判断できた…


木の葉が舞い散るが如く、この錐揉きりもみ状態の鉄の塊に巻き込まれると思った瞬間、死を覚悟すると同時に体は勝手に動いた。


視線を目の前の車から、右の中央分離帯に移した。コンクリートブロックの段差に草木が生えている。俺はそこに体ごとバイクを向けて、握っていたブレーキレバーを放して、段差に前輪がぶつかる瞬間アクセルを全開にして腰をあげ立ち上がった。


バイクは段差を乗り越えると共に、加速されたエネルギーで宙へと飛び上がる。


空中で草木を下に見ながら、右足後輪ブレーキをかけ後輪を沈みこませ、そしてバイクの姿勢を整え、着地に備えてくるぶしでしっかり車体にしがみついて、硬い路面へと勢いよく着地した。


サスペンションの沈み込みと反動で暴れる車体から降り落とされないようにしがみつき耐える。しかし着地したそこは反対車線であり、少し先に対向車が見えている。俺はアクセルを再び、ひねり対向車を避ける。


興奮と冷静さが入交る中、目の前の事だけに集中する。レースの時、時折感じた自身の思考スピードが上がり回りがスローに感じる感覚、今それを感じていた。


少し反対車線を走り、交差点で元の車線へと戻りまたSUV車の後方につけるが、先ほどの爆発は俺を狙ったに違いない。だとするとこれ以上追跡するのは周りを巻き込んで危険だ、あきらめるしかない…しかし…詩子は…


そんな風に迷ってしまい決断できなかったのがミスを招いた。


SUVの窓が再び開き、見た事のない男が上半身を外に乗りだして、こちらにライフルを構えた。身を隠す時間もなく、発砲され、その弾丸はバイクのフロントタイヤにヒットしたようでタイヤはバーストした。


俺は道の真ん中にもかかわらず、急ブレーキをかけすぐに止まり、おもいっきりバイクの燃料タンクを叩いた。


ガンッ!!

「くそっ……………!」


後方から来た車は停車すると、道の真ん中で止まっている俺に向けて次々とクラクションを浴びせる。耳障りでうるさい音に包まれながら、視線の先には遠くなってゆくだけの車しか見えていなかった。



――――――――――――


―――――――


――――


男は首を回して、一仕事終えたかのように息を吐いた。

するとポケットのスマホが鳴り、電話に出る。


「ええ、終わりましたよ。これで川島詩子は居なくなりました」


「しかし、邪魔が入りまして……ええ、……わかりました」


電話を終えると男は息を吐きながら、深く座席に腰かける。


「これから、この街は楽しくなるな…」




次回 【第三十四話 芽吹き】




関連情報紹介

SUV車:スポーツ・ユーティリティ・ビークルのイニシャルを取った略称で日本では多目的車、アウトドア車などの意味で用いられる。車高が高めで悪路の走破性能に重点をおいて作られている。


二輪でのジャンプについて:走行中にフロントブレーキをかけると、フロントサスペンションは沈み込み前方に加重が移動、そしてすぐにブレーキを放すと戻ろうとするサスペンションからの反力が後方に働くので、そのタイミングで加速すれば、フロントは簡単に浮き上がり段差があればジャンプする事が可能。


二輪の空中での姿勢制御について:飛んだ後重要なのは着地の姿勢である。前輪より先に後輪から着地するのが理想だが、もしジャンプ中に前輪の方が先に着地しそうな時は、後輪ブレーキを踏むとリアは沈み、逆に前輪が高すぎる時はアクセルを回すとフロントが沈むので、これらの操作で姿勢制御を空中で行う。これさえ出来れば空中で何をしても大丈夫だが、着地の瞬間は必ずニーグリップしなければならない。

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