第二十二話 世界の理

「さあ、お前らはこの部屋だ」

大男は拳銃を手に人質を誘導させる。


「こっちは終わりました!もうすぐ予定の時間ですね」

眼鏡の男は終始緊張した様子で辺りをキョロキョロ見回している。


「よし。じゃあ俺は残りの機械の金を集めてくる。あいつら金庫の金しか出さなかったからな、お前はここを見張ってろ」


「なら銀行員を連れてこないと」


「いや、あいつらにやらせてる時間はない。俺一人で大丈夫だ、お前はここの階段から目を離すな」


「分かりました」


大男は連なるATMの裏側へと周り、施錠された機械を操作しながら電話をかけ始めた。

「そっちの状況はどうだ?」


“各所配置につき準備万端です。作戦開始時間に変更はありません”


「よし、なら時間通り開始してくれ」

電話を切りお金を集めると二階の眼鏡の男を一階に呼んだ。


「全て予定通りだ。後はお前次第だ」


「ええ、必ずうまくやり遂げますとも…」

眼鏡の男はバックで突っ込んできた車の運転席に座り、腕時計を見つめた。


「おい、忘れるな信じる者はいつも自分の中にいる」

男の肩を叩く。


「はい、あのお方のために私は生まれてきた…私の女神様はいつも見ていてくれる!」


「よし。なら時間になったら作戦開始だ」

そう話すと振り返り二階の一室に向かった。


「あいつは良い感じに仕上がってるな…女神とはな…」

カバンからあらかじめ用意していたビジネススーツを取り出し着替え始める。


「あれはどう見ても…」

ワイシャツを着てネクタイを締め、ジャケットに袖を通す。目出し帽をとり眼鏡をかけるとどこにでもいそうなビジネスマンの完成だ。


「さて、時間だ。上手くやってくれよ」

つぶやくと一階で車が急発進する音がした。


「みんな!犯人が逃げたぞ!ここから早く避難するんだ!」

大男は隔離した人質たちの部屋のドアを開けて回り、そして叫んだ。


「早く!避難するぞ!」


その大きな声にみな反応して部屋から廊下に出ると、煽られるままに車が出て行った出入口からわれ先にと逃げ出した。それに紛れて外に出る。すると何発もの銃声が響き辺りは混乱し、みな必死に身を隠し始めた。


その混乱の中走る途中に眼鏡の男と目が合った。彼は微笑みを浮かべて全てを悟ったように輝いた表情をしており、なおも銃の乱射を続けた。


その場の全員が乱射する男に注目し、それ以外の者は車や壁に隠れ自らの視界をふさぐ。そんな混乱の中で一人の大柄なビジネスマンはカバンを抱え姿を消すのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あの日からぱったりやんだわね」

コーヒーを手に持ちながら妃さんが話しかけてくる。


「ええ、やはりあれは情報収集や、かく乱のためにしていたのかもしれませんね」


「でもそこまでするかしら普通?こんなの日本で初めてだわ」


ガチャっと研究室の扉が開き植木さんが入ってきた。


「頼んでいた資料が来たよ」

その言葉を聞いて二人は植木さんのデスクに集まる。


「流石に昔馴染みでも、あんまり詳しい事までは見せられないとの事だけど、これが事件の全容らしい」


事件というのは無論最近あった銀行強盗事件だ。事件の実行犯は車で逃げようとした男しか逮捕されておらず、盗まれた金も当然見つかっていない。しかし俺たちがテレビで見たあの事件は連続強盗事件の一部に過ぎず、全く同時刻に広範囲で複数個所のパチンコ・スロットの景品交換所が何者かに次々と襲撃され、盗まれた金額を合計するととてつもない被害額となったのだ。そこで俺は植木さんに頼み今回一連の事件での警察捜査資料を見せてもらえないか頼んだのだ。


「警察はまんまとやられましたね。あの銀行強盗は囮で本命はこっちってわけですね」

植木さんから配られた資料に目を通す。


「よく計画が練られてあるわ、それに日本で一番現金が用意されているのは銀行じゃなく景品交換所だったてわけね。警備は銀行に比べるとはるかに脆弱だし」


「ああ、病葉君が見回りに行った現場は恐らく、警察の管轄範囲やどれぐらいの時間で駆け付け、どれぐらいの規模が動くのかを尼宮市を中心にした情報収集だったのだろう、強盗事件以降起きなくなった。捕まえられた犯人はたった一人、一体どれだけ用意周到に準備したのか」


「そうですね、これは海外とかのテロリストが行う手法ですよ…銀行の防犯カメラは破壊されていたそうですが、景品交換所のカメラに手がかりはなかったんですか?」


「いや犯人が映ってたよ、どこも二人組の犯行で銃で武装して兵隊のような動きだったらしい。しかしそれ以上の情報は今の所分かっていない。その事からかなり大きな犯罪組織が関与しているんじゃないかと警察は睨んでる」


「確かに俺もそう思います。銀行で人質たちをすぐに分散させてお互いの関係を分かりにくくさせる、そして犯人が一人紛れても誰も分からない…犯罪に手慣れた集団なのでしょう」


「そうだね、まさか転移者を探しに行ってこんな大事件に出くわすなんて、わからないものだねぇ」


「そういえば唯一捕まえた犯人はどう証言してるんです?」


「ああ、資料の最後のページにあるよ」


「私は私の信じるもののために、やるべき事をおこなった。新世界の幕開けはもうすぐだ…」


「何よそれ、まともじゃないわね犯人は」

妃さんは呆れたように資料をテーブルに投げ出した。


「何を聞いても、神だのあのお方のためだのばかり言って事件の手がかりはあまり引き出せないらしいんだよ」


「何かの新興宗教にでも影響されて、間違った使命感で犯罪に及んだ。頭のおかしな人って事だわ」


俺はその捕まった犯人の経歴や生活状況を読んだ。ごく普通の学生時代を過ごし進学して卒業し高校教師として働いていた。独身の男性で今まで過去に犯罪歴などは無くいたって普通の大人のようだった。


「尼宮市立、灯星ひせい高等学校に10年間勤務。勤務態度はいたって真面目で生徒や保護者とのトラブルも無し…こんな人がなぜ突然今になって銀行強盗を…」


「案外普通に見えても心の内には大きな不満を抱えているものよ」


「はぁ、そんなものですかね…」

確かに心のよりどころというのは人それぞれで、皆なにかに依存して自分という人間を保っているのかもしれない。しかし俺は調書のある一文が気になった。


「ちょっと待ってください、この犯人の逮捕される時のこの言葉『私の神、あの深紅に輝くムーンアイには誰も逆らえない!』とあるんですが…」


「それがどうかしたの?ただの戯言に決まってるわ。漫画やアニメにでも影響され過ぎたのよ」


「たしか月が赤いのはこの転移世界の元の世界との違いでしたよね?深紅に輝くMoonEyes、赤い月の目というのは偶然でしょうか?」

俺の指摘に植木さんと妃さん両者が資料を見て考え込む。


「つまり、この犯人は転移者だと」


「いえ、この口ぶりだとこの者を操る何者かが居て、その者が転移者ではないかと。それに特殊能力があれば捕まる前や捕まってから能力を使うと思うんですが、そういった様子がないのでこの犯人は転移者ではないと思います」


「ふむ、ムーンアイの転移者か、昔若い時に先生によく言われたよ、『研究者は偶然を信じちゃいけない』とね。確かに病葉君が言う事には一理ある」


「しかし本人がしゃべらない以上、立証はできないので俺の予想ですが…なのでもう少し今回の件調べても良いですか?」


「そうだね、もしかしたら新たな転移者を見つけられるかも知れない頼むよ」


「ありがとうございます!」


「おっと、もうこんな時間だ。私は会議に出席しないといけないんだった!」


「妃ちゃん今日はもうここに戻れないから、研究室の事は任せたよ」


「分かりました」


植木さんはそう言い残すと研究室を後にした。残された俺は資料を持ってデスクに向かい、もっと手がかりがないか調査してみる事にした。ムーンアイとは一体何なのか?そして今回の犯行グループの狙いは一体何なのか?気になる事だらけだが順に整理しながら考えてみよう。


そうこう考えながらディスプレイを見ていると、妃さんが近寄ってこう話始めた。


「私に、犯人にさわれとは言わないのね」

その言葉に俺はキーボードをうつ手が止まる。そしてしばらく考えた。


「効率よく捜査するのに私の能力はうってつけだわ。犯罪捜査に詳しいあなたなら真っ先に気づくと思うけど」


「・・・」


「確かに、妃さんの能力はとても素晴らしい能力だと思います。特に事件の捜査や言葉の立証にかけては無敵かもしれません…でもそれは、能力のない人の身勝手な考えだと俺は思います」


「あら、どうして?それで事件が解決するかもしれないわよ?」


「あ、あの言いにくいんですが…」


「何よ、はっきり言いなさい」

俺は椅子を回転させ妃さんの方を向いて、間をおいて話した。


「妃さんと初めて会った時、室内でも手袋をしていました。研究所を出る時は必ず手袋をしている…」


「それに、俺の部屋に押し入ってきた時」


「迎えに行った!」


「そ、そうでした、迎えにきてもらった時気づいたんです、妃さんは俺から必要以上の情報は読み取っていなかった。そして初めて握手をしてからそれ以降、俺には直に触れていない…」


「俺のような松澤と縁もゆかりもない人で、しかも転移者にもかかわらずその便利な能力で俺の素性を深く探ろうとしないで仲間として受け入れてくれました。その事から俺は思いました、人の心や記憶を読み取るのは、実はとても辛い事なんじゃないかって…」


「そう…」

妃さんは、俺の方を見ずに腕を組んで、ただ前を見つめている。


「あ、これは俺の勝手な想像ですよ!俺にも、もし同じ能力があったらと想像してみたんです、俺なら必ず能力を頻繁に使うでしょう。するときっと相手の言葉なんて何も信用できなくなってしまって…能力で見たものしか信用しなくなる人になっちゃうと思うんです…」


「だから妃さんは慎重に能力と向き合ってるんじゃないかと思うんです。もしふとした時に使ってしまわないように手袋をして、極力俺にも触れないようにしていて…須藤の事でここで話合った時、考えたんです。何で元いた世界では特殊能力なんてものが無いのかなって…」


「それで気づいたんです。無いんじゃなくて有るんだって。火は誰でも起こせるし、記憶なんて読まなくても言葉と目で相手と通じあえるじゃないか。過程が違うだけで特殊能力で得られる結果は手に入るじゃないかって」


「なのでまずは妃さんの能力に頼らず自分の出来る事を精一杯やりたいと思います。それに、普通の相手ならまだ良いかもしれませんが、もし犯罪者や悪党の頭の中を見てしまったりしたら、100%今までの正しい自分を保てるかどうか俺ならとても自信がありません」


「なので、犯罪者なんかの記憶を読んで妃さんが傷つくかもしれないような事を俺はさせません」

妃さんと出会い、そしてここ数カ月で感じた事をあらいざらい全てを話した。


妃さんは俺のデスクにもたれかかり、ただ話を聞いているだけだった。しばらくたつと腰を上げ真っすぐ立ち上がり態勢を変えた。


「さて私も仕事に取り掛かるわ。亮に渡してあるスマホはまだまだ未完成よ、これからもっと驚く機能を見せてあげる」

そう言い残し、妃さんは自分のデスクに座った。


「ありがとうございます!楽しみにしてます!」


「べ、別にあんたのためじゃないんだから!」

リアルでまさかこのセリフが聞けるとは、俺は笑わずにはいられなかった。


「妃さんって本当にツンデレですよね」


そう笑いながら言うと、研究所内の空を分厚い辞書が舞い、俺の顔面にぶつかるのであった。



次回 【第二十三話 悪魔の表裏】

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