第二十話 New World Order
明るい陽射しが照りつけ爽やかな風が吹く、まだまだ冷たい空気が肌に浸透する。男は風が運ぶ新しい空気を吸うと窓を閉めた。
「二号車は配置についたか?」
「ええ、先ほど到着、待機の報告がありました」
「よし後は手はず通りに」
二人の男が軽自動車の中で会話する。一人は運転席でハンドルを握り機械のようにただ真っすぐ前だけを見て運転している。助手席の男は身長190cmはあろう屈強な大男で、黒をメインとした迷彩服を着ていた。
「おい、お前はどう…」
大男が後部座席を振り返りながら言葉を止めた。
そこには一人の眼鏡をかけた細身の男が力いっぱい両手で拳銃を握りしめ、うつむいて座っている。すると大男は狭い車内で立ち上がり背中をぶつけながらも後部座席に移動し、その男の隣に座った。
「力が入り過ぎだ、緊張しているのか?」
大男はゆっくりとした口調で話しかけ、握りしめられた両手の上に手を重ねた。
「え、ええ、緊張してますとも、これからついに新しい世界が始まるんです。しかもそれが私の手によって始まるんですよ、そう考えると、もう心臓が…」
「そうだな、興奮するのは分かるがもっと力を抜け」
「は、はい」
眼鏡の男には依然力が入りっぱなしなのが重ねた手を通して伝わる。
「よし、じゃあ教えた事の確認だ。片手で銃を持て」
大男の指示通り片手で銃を持つ男。
「よし、親指で安全装置を解除」
「安全装置を解除」
「次は左手でスライドを引く」
「スライドを引く」
「右手を軽く引き狙いを定め構える」
「はぁ、はぁ、構える…」
男の呼吸が早くなる。
「今何が見える?」
「見える、はぁ、前は、はぁ…車の壁っ…」
「いいか、引き金に指を掛ける時は撃つと決めた時だ。お前は何のために、引き金を引く?」
「わた、私は…あのお方のために…世界のために!」
「そうだ、お前の信じる者はいつもお前の中にある。どんな時も決して裏切らない。必ずお前を見ていてくれている」
「あのお方はそばにいる…」
男は銃を構えながらゆっくりと目を瞑った。すると呼吸は落ち着きを取り戻しこわばっていた腕は柔らかさを取り戻した。
「いいな、撃つ時は心で引き金をひけ」
そういうと大男は銃を掴み、上に引き上げ握っていた男の手も自然に離された。
大男は銃からマガジンを抜き、装填された弾丸も抜きまたスライドを戻した。そしてその銃を眼鏡の男に渡してまた助手席へと移動した。
「所定の場所につきました。もう少しで開始時刻です」
後部座席の男はシートベルトを確認し身構えた。そして大男は目出し帽を被り
「それじゃあ、そろそろ始めようか」
「後ろのアイツ本当にやれそうですか?」
ドライバーの男が後ろで目を瞑り手を震わしている男を見ながら質問する。
「ああ、まぁ大丈夫だろ。今まであーやってガキ共に銃を握らせてきたんだ。あいつも出来るさ」
「なら良いんですけどね」
「さて、行くぞ。新しい世界の幕開けだ」
そのセリフを聞いて運転手はアクセルをベタ踏みにした。激しい音と共に暴力的なエネルギーが車全体を覆われ、車中の全員が息をのむ。
エンジンは唸りをあげ、縁石にぶつかり跳ねた車体は真っ直ぐに、そして的確にコントロールされ目の前の自動ドアのガラスに吸い込まれた。爆発にも似た大量のガラスが割れる音が響き渡る、その音は周囲の人の鼓膜を切り裂かんばかりだった。
車は入り口から前半分が店内へとめり込んだ形で停車した。運転席の男は素早くシートベルトを外し後部座席に移動して外に出て走り去った。それとは対照的に大男はゆっくりとドアを開け、車から店内に降り立ち辺りを見回した。そして後部座席の眼鏡の男も後に続くように出てきた。
大事故にも関わらず堂々とそして余裕に溢れたその大男の姿は異様であり、さらに目出し帽を被った非日常の姿は、周囲の者の言葉を奪い去り静寂が空間を支配した。
そしてその静寂は大男の第一声によってやぶられた。
「あー、悪いが、ここにいるお前らはもう逃げられない。人質になってもらう」
そう話すと、再び静寂が流れた。
が、その刹那またもや激しく砕けたガラスが飛び散り、店内には二度目の悲鳴がこだました。反対側のもう一つの入り口にも車が突っ込んできたのだ。二台目の車はバックで突っ込み一台目と同じく後ろ半分だけを店内にめり込ませて、二つの入り口は閉ざされたのだ。
「うーん、時間通りだ」
そう大男が呟くとカウンター窓口に向かい、店員に話しかけた。
「それじゃあ仕事に取り掛かろう。金はこのカバンに入れてくれ」
ドスッ!とカウンターの上に無造作に大きなカバンが置かれた。
「あー、警察にはしっかり連絡してくれよ」
その言葉を聞いた店員は、目をぱちくりしながらあっけに取られていた。まるで思考が追い付いていない様子で、口が開いたまま大男を見つめている。
「はぁ、これだからこの国はダメなんだ…」
そう言うと大男は右手を天井に向けると、一発の銃声が店内に響いた。
それを聞いて店内の客達は理解した。そして悲鳴を上げ逃げようとするが、入り口は車で閉ざされて行き場を失い、その場にしゃがみ込んだ。
「さあこれで分かっただろ?俺達は銀行強盗だ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
パソコンの画面を見て俺は心臓を握られたかのような痛みを感じた。
「また誰かさんが動いてるのかしら?」
妃さんは横から画面をのぞき込み話かけてきた。
またしても尼宮市を中心として不審火や悪戯のような器物破損事件がニュース記事で報じられていたからだ。しかも前より広範囲に広がっているようで事件発生場所は市外にもちらばっていたのだ。
俺は妃さんにどう答えて良いのか迷った。あいつは、須藤は自衛隊の組織に入ったはずだ。これは須藤ではない。
「こんなに連続して、一体誰が…模倣犯か…」
俺は眉間にシワを寄せ、もっと情報がないかネットで調べを進める。
「ほどほどにしなさいよ」
ポンっと肩を資料束で叩かれた。振り返ると隣にはすでにおらず、妃さんは植木さんのデスクに向かっていた。
妃さんのそのフォローの言葉に少し安らぎを感じた。普段は終始冷たい印象の彼女だが温かさのようなものを時折感じる。一呼吸おいてまた情報を集めた。
どれぐらい時間がたっただろう、植木さんがコーヒーを差し入れにくるまで時間を忘れていた。
「また誰か動きだしたって?」
「ええ、でも少しおかしいんです」
「何かわかったかい?」
「不審火が起きているのは間違いないのですが、油を撒いただけの現場もあれば異臭騒ぎなんてのも起きていて、どうも単独犯にしては行動範囲が広過ぎる気がしてただのイタズラにしては違和感を感じるんです」
パソコン画面の俺がまとめ作った、事件発生分布図を植木さんに見せた。
「ふむ、確かに尼宮市以外の広範囲だ。それもこの分布は…等間隔に発生していて何か作為的な印象だね」
「そうなんです。でもネットの情報や警察の情報だけではここまでしか分からなくて…」
「あの、それで現場を見て調べたいんですが…」
その話を聞いた植木さんは考え込んだ。
「また転移者に会うって事は流石にないだろうけど、普通の人間でも危険な者はいるし、もし万が一危険な事態に病葉君が巻き込まれでもしたら…」
そう真剣に植木さんが語る万が一とは殺される、死という事だろう。その言葉には計り知れない重みがあるのは俺も知っているつもりだ。須藤と対峙した時、殴られた時確かな恐怖と一緒にその残酷な言葉、死神は俺の隣で待ち構えていたのを思い出した。あの時はたまたま良い結果になっただけで、何か間違えば焼き殺されていた事もありえるのだ。
しかも心の中で俺は、その死神への返答は一つしか持っていない。恐れるな、ただその一言だけである。これは植木さんには言えない、別の言葉を探し答える。
「危険なのは承知していますが現場にしかない情報もきっとあるはずです。それに転移者にしか分からない情報もあるかも知れません。身の危険を感じたら必ずここに引き返します!なので行かせてくれませんか?」
植木さんは俺の瞳を暫く見つめ、そして口が開いた。
「分かった許可しよう。私達も転移者という共通の存在だ」
「ありがとうございます!では今からすぐに行きます!」
「あー、待ちなさい。今妃ちゃんに用意してもらってるから」
「用意?」
すると研究室の扉が開き、妃さんが荷物を持って入ってきた。
「丁度よかった、それを病葉君に渡してあげて」
妃さんは箱をテーブルの上に載せて中身を出し始めた。
「実はさっき妃ちゃんから言われてね、病葉君が捜査に行く事になるだろうから使いたい物があるってね」
「え、妃さんが?」
あの人はあの時、すでに俺がどう動くか分かってたのか?
「私はただ彼が怪我をすれば会社に迷惑がかかると思っただけです」
「はい、まずはこれ」
妃さんから黒いコートを手渡された。
「これは?」
「元々はVIPの警護目的で開発された新素材の試作品コートよ。耐火、 耐切創能力に優れていて例え表から刃物で刺されても、内側には軟体カーボンとケブラー素材の二重構造生地が使われているから肌が傷つく事はないでしょう」
「それは凄いですね、ありがとうございます」
「それと連絡にはこのスマートフォンを使って。もっと早くに渡そうと思ってたんだけど、まだ試作品だから機能は従来の物とほとんど変わらないけど、この専用ワイヤレスイヤホンを耳に取り付けイヤホンのスイッチを押すだけで私のパソコンと直通で繋がり連絡が取れるわ」
「すぐに連絡出来るのは心強いです」
「わざわざ君の為に妃ちゃんが黒色に塗装してくれたんだよ」
「派手な色は目立つから変えただけです!」
「それと、はいこれも。このGPS発信機も持って行って」
ゴルフボールほどの大きさのゴムに覆われた球体をいくつか渡された。
「その発信機の位置情報はそのスマホでもこちらのパソコンでも分かるようになってるわ。もし怪しい人物を見つけて、余裕があるならこれをその人のポケットにでも忍ばせれば位置を追跡できるはずよ」
「凄いですね、まるでスパイ映画みたいだ。時計型麻酔銃とかはないんですか?」
冗談交じりに聞いてみた。
「遊びで作った物じゃありません」
妃さんに真剣な眼差しで睨まれた。
「機能はそれだけじゃないけど、多分そんな余裕ないだろうから今はその認識でいいわ」
「いろいろ準備してくれてありがとうございます」
スマホをポケットに入れ、イヤホンを片耳に取り付け真っ黒のコートに袖を通した。
「それじゃあ行ってきます」
「くれぐれも気をつけなさいよ」
妃さんはメガネを上げながら睨みつけている。
「ええ、何か見つけたら直ぐに連絡します!」
ここから先はもう自分だけの問題じゃない。
俺が傷つけば済む話ではないのだろう。きっと二人にも迷惑がかかるのだから。この時、初めて仲間がいるという深い安心感を感じとった。と同時に植木さんには言えなかった本心の言葉、今ではそれが心の隙間で影のようなもののように感じたのも事実であった。
次回 【第二十一話 女神の暴力】
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