第十六話 全てを繋ぐモノ

測定したデータを入力し警告値の値を確認する。今日も変わらずディスプレイと睨めっこしながら一日の仕事をこなす。


「病葉くん、そろそろ昼飯にしようか」

時間を見ると12時だ。


「はい、わかりました」

パソコンをスリープ状態にして仕事を中断し、一階の社員食堂に向かう。


「きのう子供の運動会でね。その時撮影したのを夜中まで家族と見てたから寝不足なんだよね」


「そうなんですか?息子さんでしたっけ?おいくつなんですか?」

俺は先輩と世間話をしながらエレベーターのボタンを押す。


「もう10才だよ。いやー子供の成長は早いもんだよ。生まれた時はあんなに小さくて可愛いかったのに、今ではやんちゃで手をやくよ…」


「けど子供は良いもんだよ!病葉くんも結婚して子供作りなよ!」


「いやー、俺はまだまだそういう予定はないですねー」


就職して会社員になるとこの手の話題は嫌というほど聞かされる。大体は奥さんのぐちや子供のイベントごとなのだが、君も早く結婚しなさい。結婚しなければではない、家族を持たなければ一人前ではないと一種の同調圧力のようなものを感じるのである。


俺はその考え方がどうも苦手だ。


いろいろ話を聞いていると、まるで家族のために働く事を神から与えられた天命、試練のように語り、いかにも自分は大きな自己犠牲を行い家族のために生きているんだとアピールしてくるがいるからである。


確かに子供を育てる事は大変でそれに最大限努力するのは尊敬する。しかしそれはあくまで自分自身が決めた生き方であり、子を立派に育てるのは親の義務でありそれをたまに勘違いしているがいるのも現実だ。そんなばかり見ていると結婚なんてしたくなくなると考えてしまう俺は、ひねくれ者なのだろうか。


そうこう考えながら、今日の昼ごはんであるカツ丼をトレーに乗せて、先輩と共に食堂のテーブルに座る。ご飯の上にカツを置きその後、卵の入ったあんかけのようなものをかけられたこのカツ丼は、はたしてカツ丼と呼べるのだろうか?少し通常の作り方と違うが、しかしこれがすこぶる上手いのである。しかも300円で味噌汁は無料だ。


そんなご馳走を食べながら先輩と世間話をしていると、業務用の携帯電話が鳴った。

「先輩、ちょっとすいません」


電話は上司からで、でると

「あ、病葉くん?あのね今、松澤エレクトロニクスの方から連絡あってなんでも君に面談したいらしいんだよ。君なんかした?」


「面談ですか?いや何もしてませんがどういった要件なんでしょう?」


「それが何かの社内調査って言って詳しくは聞いてないけど今日すぐに担当者がこっち来るから、取り敢えず14時に事務所きてよ。今日はもう通常業務は良いからさ」


「はぁ、分かりました」


「先輩、なんでも急に面談する事になって今日業務外れろって事らしいです」


「え、何それ?」


「詳しくは面談の時にみたいで」


「そ、それ、移動の話じゃない?」


「やっぱ、そうですかね…」

会社における急な面談は大体、移動のお話と相場は決まっているがいつもは先に社員の間で噂が広るのが通例であり、今回はあまりにも突然だ。


「まぁ、良い話かもしれないし元気出せよ!」

先輩は肩を叩き、励ましてくれる。会社の命令なら仕方ない、俺はそう考えながら目の前のどんぶりをたいらげた。


緩めていたネクタイを締めなおし身なりを整える。面談の時間になり俺は事務所で待機中だ。今から相手にする松澤エレクトロニクスは、日本を代表する大企業で様々なグループ企業の母体でもあり扱うものは金属加工からハイテク機器まで多岐にわたる。そして俺の勤める会社も松澤とは提携しており、無論その提携での上下関係ははっきりしている。


「病葉さん、先方来られたのでどうぞ」


「はい」

事務職員に連れられ応接室に向かう。俺はただの現場技術者にすぎず、こういった仕事は苦手だ。俺なんかに何の用だというのか…


応接室に着くと、上司が出てきた。

「何でも君と二人で話したいらしいから、後は任せるよ。くれぐれも失礼のないようにね」


「分かりました」

コンッコンッとドアをノックし中に入る。


「失礼します」

中に入ると、そこには一人の女性が立っていた。二十代半ばぐらいと思われるショートカットに眼鏡をかけ整った顔立ちの人で、そしてなぜか皮の手袋をしている。


「初めまして、松澤エレクトロニクスR&Dの高瀬タカセ キサキと申します」


「初めまして、病葉亮と申します」

R&Dといえば企業の研究開発部門という事だと思うが、そんなエリートが一体俺に何の用だ?それになんだかこの人は独特な雰囲気をまとっている、それに俺には分かる怒ったら絶対怖いタイプの人だ。俺の第一印象はそんな感じだった。


「それで私に要件とは何でしょうか?」


「そうですね、まぁお掛けください」

そう言われお互い椅子に座ると、高瀬さんは一枚の紙をテーブルの上に出してきた。これは確か前に会社で書いた、松澤での研修アンケートだ。


「これを書いたのはあなたで間違いないですか?」


「あ、はい。私が書いたアンケートで間違いないですが、これが何か?」


「そうですか…」

そう言うと彼女は少しうつむいて考え事をしている様子だった。


なんなんだこの無言の間は。俺のアンケートの答えはそんなにおかしかったのか?変な事は書いていないと思うのだが…


「あの…」

俺が話そうとするのを遮るように彼女が言葉を放った。


「握手をしましょう」

そして彼女は身に着けていた手袋を外し、右手をテーブルの前にのばした。


うん?このタイミングで握手?なんだかおかしな人だな。それとも今の時代のビジネスでは普通なのか?頭は混乱したが俺に選択肢はなかった。右手を伸ばし握手に応じた。


しかし俺が想像していた握手とは違い、想像以上に力強く握りしめられたのだ。

さらにその力は増していき、痛いぐらいに握られ、しかも彼女は目を瞑りうつむいているようだ。


それを見て俺は、あ、この人ヤベー奴だ。そう思った。


「あの、ちょっと!」

俺は手を放そうとするが一向に相手は離す気配がない。


相手は女性だしあまり乱暴にはできない。何度か振り払おうとするが手はがっちり掴まれたままだ。なんなんだよこの人!すると突然彼女は手を離したと思うと、また手袋を身に着けはじめた。


俺は右手を確認しながらあっけにとられていた。


「なるほど、あなたで間違いないようですね」


「え、あの?どういう事です?」


「自在に炎を扱う男は、あなたとはどういう関係ですか?」

俺の質問に答えず、そして全く予期せぬ言葉に心臓の鼓動は高鳴った。


「あ、あの質問の意味がよくわかりませんが」

全身から汗が噴き出るのを感じた。


「あー、あなたはまだ気づいてないんでしたね。ここはあなたが居た世界とは別世界で私もあなたも転移した人間なんです」


「え?」


「そしてあなたの遭遇した炎の男も同じくこの世界に転移した一人で、おそらく炎を発生させるのがこちらの世界に来てから目覚めた能力なのでしょう」


「で、炎の男は今何処に?」


待てよ、こいつは何言ってる?大真面目にこんな大人が荒唐無稽な話をしている。

これは何かの試験で俺は試されてるのか?


「あの、高瀬さんでしたったけ、本気で言ってます?」


「ええ」

そう答える彼女は少し怒っているようにも見え、そして嘘をついているいるようにも見えない。


まて、あせるな。相手は大企業の人なんだ、どんなに馬鹿らしくても頭ごなしに否定するのは得策じゃない。そしてなぜあの炎の男の事を知っている?いやその表現は適切じゃない。質問してくるという事は知らないのであって、俺の疑問は炎の男の事を知っているという事をなぜ知っているという事だ。


「あー、そのつまり俺は別の世界に転移してて。であなたを含め他にも転移している人がいると?」


「そうよ」


「そうですか…えっとですね。えーその炎の男とは確かに会った事があります。知り合いではなく偶然出会いました。なので、彼が今どうしているかは分かりません。あなたは彼の事を知ってるんですか?」


「いいえ、今知ったわ私の能力でね。私には人の記憶を読み取る能力があるの」


「記憶を読み取る…ですか」

ちょっと待ってくれ頭が追い付かない…

また小説や漫画の世界だ。たしか残留思念を読み取るとかいうサイコメトリーと呼ばれるやつか。とするとさっきの変な握手がそうなのか…


俺は手をおでこに当てて、思考を整理させようとする。炎の男の一件があったのでそういったオカルトじみた能力もあってもおかしくはないのだろう。そして俺の記憶を読み取りあいつの存在を知った。確かにそれで話の辻褄は合うが、この世界が異世界だというのはさすがに信じられない…


「あの異世界というのは?どういう事です?全然身に覚えないんですが」


「まぁ、最初は信じられないわよね。異世界といっても元の世界とほとんど同じで気づく時期も人によっていろいろだしね」


「ここが異世界だって何か証拠あるんですか?」


「はぁ~、あなたまだ疑ってるのね、あ、そうだこれ」

彼女は最初にテーブルの上に出したアンケート用紙を指さした。


「元の世界とは少しだけ違うのよこの世界は。これであなたを見つけました」


「このアンケートに書かれている記入年月日は?」


「令和3年の10月27日ですが」


「病葉さん。この世界に令和なんて元号はありませんよ」


「今は英弘えいこう3年です」



次回 【第十七話 出会い】

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