剣の捜索と選定の儀式 3
「一階には何もなかったな。……二階は客間が多いし、今は来賓客も多いからな、全部調べるのは骨が折れそうだ」
調べていた、一階の東側の最後の、小サロンの扉を閉めて、エドワールがやれやれと息をついた。
サイラスは西を向いて、オリヴィアたちはどうだろうかと思いながら頷く。
「とりあえず、空き部屋を調べていくしかないでしょうけど……ウィルソン陛下はいったい、どうして選定の剣を持ち歩いたんでしょうね」
「サイラス殿下のお父上は理論に基づいて行動される方だろうが、私の父は思い付きで突発的に行動する困った性格をしているんだよ。考えても考え方が違いすぎて全然理解できないから、私は考えないことにしている」
「そ、そうですか……」
エドワールはサイラスの父、ジュールのことを評価しているようだけれど、サイラスからすればジュールもジュールでいい加減なところがあると思っている。少なくとも、ウィルソンならば、世継ぎを賭け事の材料にはしないだろうし、王妃と馬鹿馬鹿しい争いを、十年以上にわたって続けたりもしないだろう。ジュールとバーバラが、三人目の子供をかけてくだらない賭け事を真剣に続けていると知ったら、エドワールはどう思うだろうか。もちろん、恥ずかしすぎて決して口にはできないが。
(父上は理論ではなく自分の感情と都合と願望だけで動くんだって教えてあげたい……)
あれはエドワール王太子が評価するような名君ではない。決してない。猫かぶりがうまいので国民の受けはとてもいいが、家族からすれば迷惑極まりない父親だ。
「エリザベート、私たちは二階を少し調べてくるが、君は少し休んだらどうだ。今朝から体調がよくないんだろう?」
エドワールと一緒に選定の剣を探して回っているエリザベートだが、今日も体調がよくないらしい。ここのところ体調不良が続いているそうで、今も青い顔をしていた。
「そうですね、エリザベート妃はお休みになられた方がいいかもしれません。今にも倒れそうな顔色をなさっていますよ?」
「お気遣いありがとうございます、サイラス殿下。でも……皆さまに働かせて、わたくしだけ休んでいるわけには……」
「エリザベート、君が倒れた方が大変だ。君は何事も頑張りすぎるきらいがある。少しゆっくりしなさい」
「……はい」
夫に説得されて、エリザベートはやや表情を曇らせると、エドワールの側近が呼んできた侍女とともに部屋に戻って行った。
エリザベートが見えなくなるまで階段の下で見送って、エドワールが顔を曇らせる。
「本当に……あんな風に、いろいろ我慢させるつもりではなかったのにな。たまに自分の王太子と言う身分が歯がゆく感じられるよ。ただの男なら、彼女にしなくてもいい苦労を強いることもなかったろうに」
「この場には僕たちだけしかいませんけど、誰が聞いているとも限りませんから、滅多なことを言うものではないですよ」
サイラスが苦笑すると、エドワールも「そうだな」と肩をすくめる。
用心深いエドワールがついこぼしてしまうほどに、彼はエリザベートのことが心配でならないのだろう。
(元は男爵令嬢らしいから……その心労は計り知れないだろうな)
貴族社会の中では末端の方に位置する男爵家の令嬢が、王太子の妃と言う最高の地位を手に入れてしまった。周囲からの妬みは尽きないだろうし、どうしても視線は厳しくなる。何か一つでも失敗しようなら、ほらみたことかと言われかねないのだ。
公爵令嬢という高い身分にあるオリヴィアだって、アランの命令で無知を装っていたときには当たりが強かった。彼女の優れた能力に気づいている人間も多かったため、彼らがうまく立ち回っていたこともあり、大きな反発が生まれなかっただけだ。それでも何も知らない城の使用人たちはオリヴィアの陰口を平然と叩いていたし、貴族令嬢の中でも、特にオリヴィアをよく知らない方面からの当たりは強かった。ティアナがいい例だ。
オリヴィアはか弱いように見えて、精神的に強いから、何を言われても知らないふりで流していたけれど、普通はできることではない。オリヴィアだって、心の中では深く傷ついていただろう。
(オリヴィアは、自分が傷つきそうになったら、笑顔で感情を隠してしまうんだ。たぶん、本人もその癖に気づいていないだろうけど)
オリヴィアがいつも微笑んでいたのはそのためだ。自分が傷つきそうになると、オリヴィアは感情を揺らさないために笑顔という仮面をかぶってしまう。そして、すべての感情を、心の奥底に閉じ込めてしまうのだ。
アランと婚約を解消して、サイラスの求婚を受け入れてくれてから、オリヴィアは感情を表に出すようになった。隠さなくてよくなったからだ。それがとても嬉しい反面、感情豊かなオリヴィアの表情を見ていると、今までどれだけ我慢していたのだろうかと苦しくなる。
「よし、二階を探そう。選定の剣は何としても見つけなくては」
エドワールが選定の剣の捜索に一生懸命なのは、もしかしたら、伝統以上にエリザベートのためではないかと、サイラスはふと思った。
エリザベートは、ただでさえ周囲からの当たりの強い元男爵令嬢。これで、選定の剣の継承という、この国の伝統が途切れたりすれば、関係がなくともエリザベートに矛先が向けられる可能性がある。おそらくだが、王太子であるエドワールよりも、エリザベートの方が、よりやり玉にされるだろう。人は心理的に、強者よりも弱者の方に攻撃的になるものだ。それが、本来であれば分不相応と言われる王太子妃という立場を手に入れた彼女に対してなら、なおさらのこと。
「まったく、いったいどこに置いたんだか。それほど小さなものでもないだろうに、何故見つからないんだろうね」
階段をのぼりながらエドワールがぼやく。
確かに、選定の剣は、柄とあわせて、二十五センチくらいの大きさの剣らしい。ここに来る前に立ち寄った町で買ったレプリカも同じサイズだった。それほどの大きさの短剣ならば、すぐに発見できてもおかしくない。
(何かおかしいな)
エドワールは、父親のうっかりを疑ってはいないようだ。過去に何度もあったのだろう。しかし、サイラスが外部の人間だからだろうか、どうにも引っかかりを覚えてならない。
(選定の剣の紛失も、できすぎてやいないか? 少なくとも、どうしてオリヴィアが見たいと言った翌日に? 見たいと言ったから探しに行って、紛失に気が付いたのかもしれないけど、それだけ重要なものを、紛失したまま気が付かないものだろうか。……あ)
サイラスは階段の途中で足をとめた。
ちらりと脳裏によぎった可能性に、嫌な予感を覚えてしまう。
これは、今までサイラスが、散々父王にはめられ続けてきたからかもしれないが――
(国王なんて職業に就く人間は、誰も彼も、腹芸ができて当たり前だ)
化け狐よろしく、必要とあらば我が子ですら騙して平然としているジュールがいい例である。
(これは、オリヴィアに相談だな)
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