25

「消えたって……、いったいどういうこと?」


 険しい表情を浮かべてサイラスが訊ねた。

 アランがぐしゃりと手で前髪を乱して首を横に振る。


「俺も軽く話を聞いただけだからまだわからない。ただ、給仕が言うには、食事の確認にフロレンシア姫の部屋の扉を叩いても何の反応もなく、さすがに何の反応もないのはおかしいと女性スタッフを呼んで確認させたそうだ。そして、部屋の中で倒れている護衛官と侍女を発見したらしい」

「倒れていたって……!」

「大丈夫だ。外傷もなく、息もあった。今は別の部屋に移して寝かせている。まだ意識は戻らないそうだが、ホテルのスタッフが医者を呼んだらしいから時期に到着するだろう。詳細は彼らが目を覚ましてからでないとわからないが、部屋の中にはフロレンシア姫の姿がなかった。それから、姫の筆頭護衛官であるレギオンの姿も確認できていない」


 サイラスが表情をこわばらせた。


「ちょっと待って……、まさか何か事件に巻き込まれたなんてことはないよね」

「だから、まだ何もわかっていないんだ」


 アランが片膝を揺らしながら、繰り返しため息をつく。

 隣国の姫が何らかの事件に巻き込まれて行方不明などと言うことになれば、非常にまずい。それでなくとも例の金の密輸の件もあるのだ。いくら友好国とはいえ、レバノール国との間にこれ以上の波風は立てたくない。


(……でもどうして)


 焦りからか、オリヴィアの手がじっとりと汗で湿る。

 国際問題以前に、フロレンシア姫は内気でか弱そうな姫君だ。もし何か事件に巻き込まれたのであれば、心細い思いをしているに違いない。それにーー


(万が一なんてことはないわよね……?)


 何もわからないからこそ、最悪のことを考えてしまって、オリヴィアはふるふると首を横に振った。

 フロレンシア姫の部屋の中は、現在、アランやサイラスの護衛官が不審な点や危険がないかを探っている。部屋を調べ終わるまで、アランの部屋の部屋で待つことになって、夕食を中座してきたオリヴィアたちのために気を使ったホテルのスタッフが軽食を運んできたけれど、さすがに呑気に食事をする気にはなれなかった。






 しばらくして、サイラスの護衛官のコリンが部屋に入ってきた。コリンもほかの護衛官たちとともにフロレンシア姫の部屋の中を確認していたらしい。代表して報告にやって来たコリンは、部屋の中におかしな点は何もなかったと言った。


「鍵がこじ開けられた痕跡も、争ったような跡もありませんでした。部屋の中もきれいなものです」

「ではどうして姫の護衛や侍女が倒れていたんだ?」

「わかりません。医者が到着したので彼らの様子を見ていますが、まだ目覚める様子はないようです。ただやはり外傷もなく、呼吸も落ち着いているので、彼らがどうして気を失っているのかもわからないそうです。まるで眠り薬でも盛られたような様子だと言っていました」

「眠り薬? 部屋の中にそれらしいものがあったの?」


 サイラスが訊ねると、コリンは首を横に振った。


「いいえ。それらしいものは何も」


 それは不可解すぎる。何の理由もなく、侍女や護衛官が同時に意識を失うなど考えられない。


(それに気になるのは、フロレンシア姫と一緒に筆頭護衛官のレギオンの姿が見えないってことよね。何らかの事件に巻き込まれて、姫と一緒に攫われた可能性もあるけど、争った痕跡はないっていうし……。護衛官なら、姫が襲われたら助けようとするだろうし、攫おうとした相手に容赦するとは思えないもの。絶対、どこかに痕跡が残るはずなのに……)


 何かか引っかかる。このホテルはこの町で一番警備の厳重なホテルで、外から誰かが忍び込むのは至難の業だ。ましてや姫の部屋には常に護衛官がいる。そして、何より気になるのは、護衛官や侍女が倒れていたのに、物音一つ、悲鳴一つしなかったことだ。


「……わたくしも、フロレンシア姫の部屋の中に入ってもいいでしょうか?」


 オリヴィアが言えば、アランが首をひねった。


「入ってどうするんだ?」

「この目で部屋の中の様子を見て見たくて」

「コリン、部屋の中に危険な点はなかったんだよね?」


 サイラスが訊ねると、コリンは小さく頷いた。


「ええ、クローゼットの中やベッドにしたまで確認しましたが、大丈夫そうです」

「だそうだけど、兄上、いいかな?」


 アランは大きく息を吐き出した。


「またオリヴィアの好奇心か。仕方ないな」


 どうせ止めても行くんだろう。そう言いながら、アランは渋々頷いた。


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