9

 次の日――


 オリヴィアは彼女に与えられた城の新しい部屋に入った途端に、やれやれと息を吐いた。

 広い部屋だ。

 そして、調度もかなり高価なものでそろえられている。ともすれば、王太子の婚約者であったときに城に与えられていた部屋よりも豪華かもしれない。

 けれども、窓際のライティングデスクの上に、どん! と積み上げられた書類の山だけが、美しく整えられた部屋にそぐわなかった。


「また、ずいぶんため込んだのね……」


 王から王太子に割り振られる書類の決裁を頼まれたのは昨日のことだ。だが、オリヴィアはもう王太子の婚約者ではない。よって、書類を決裁する資格はないのだ。それを言うと、王は楽しそうに笑いながら、「私が責任を持つよ」と言い出した。

 オリヴィアには迷惑な話だったが、そのかわりに、暇があれば好きなだけ図書館に入り浸っていいと言われて――、それにつられて頷いてしまった。城の図書館は誰でも簡単に訪れていい場所ではない。王太子の婚約者であった頃は自由に出入り可能だったが、現在ただの公爵令嬢であるオリヴィアは、城の図書館の出入りには都度、申請と許可が必要だったのだ。


「まったく、図々しいにもほどがあります! 本来、王太子殿下とレモーネ伯爵令嬢がすべきことではございませんか!」


 公爵家から一緒に連れてきたテイラーがぷりぷり怒りながら紅茶をいれる。

 オリヴィアは苦笑した。確かにもうこの手の仕事はオリヴィアの手から離れたが、つい最近までやっていたのだから、さほど苦でもない。さっさと片づけてしまえば図書館で読書し放題とあれば、むしろ悪くない相談だった。


「いいじゃない、一か月だけだって言うし」

「でも……」

「まあまあ。じゃあ、仕事を片付けてしまうから、テイラーはその間、お菓子でも食べてゆっくりしていて」


 オリヴィアはそう言って机につくと、山のように積まれた書類の一枚目に手を伸ばして、黙って仕事を開始した。

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