47 - おまじない≒魔法

 しばらくぐったりと放心状態だったカイルを介護する目的で、ユキたちは一度ダンジョン内の安全地帯で休息を取った。しかしその後、予想以上の魔獣の多さになかなか先に進めないでいる。苦戦はしないが数が多いので時間を食うのだ。

 その間特にやることもなく、ユキは後ろから大人しく魔獣を観察していた。主に戦うのはイケとカイルなので、邪魔にならないようにしておくのが仕事である。ただ、どこを狙えば効率的か、どんな攻撃手段を使ってくるのか、今後のためにそういった知識を蓄えておくことは忘れない。


「スタンピード起こしてるだけあって多いな」


 ぼやくようにカイルが言った。魔法を使わず、淡々と剣を振るっている。諦めていろいろと受け入れて、ついでにユキの『おまじない』もかけられて、剣技だけでもダンジョン内の魔獣を倒すのに苦労しなくなったからだ。元々一対一であれば余裕を持って倒せる魔獣だが、物量として間に合わない部分を魔法で補っていただけである。ユキのおかげで処理速度が上がれば、持久戦となるダンジョン攻略では、魔力の消耗を抑えるために極力魔法を使わないのが道理だ。


「……少し離れても問題ないか?」

「え、どういう?」


 こんなところに二人で放り出すつもりか、と眉間にしわを寄せたカイルの横で、イケは飛びかかってきた魔獣の首を両断した。太刀筋に迷いはない。


「……人化を解いて戦えば、もう少し速いんだが……」


 ためらうように言葉を切った後、イケは別の魔獣を蹴り飛ばした。ダンジョンの壁にぶつかった魔獣がめり込み、そのまま魔石を残して消えていく。


「鬼人族以外の前で、人化を解いたことがない」

「……恥ずかしい的な?」

「羞恥というより不安が近い」


 剣で切り、拳で殴り、足で蹴りながらの会話である。器用だなとぼんやり観察していたユキは、カイルが問うように視線を投げてきていることに気がついた。


「あんじぇん地帯までは連れてってほしい」

「ああ……そこで待っていてくれ」


 何か言いたげなカイルには首を横に振って、ユキは一人、気合を入れた。イケが道を切り開いてくれるのであれば、進むべき方向を調べるくらいはしたい。たぶん想像以上の情報が入ってくるから、ある程度身構えておいた方がいいはずだ。

 ダンジョンの壁に手を当てて、おまじないを唱える。


「一番近くのあんじぇん地帯までの道を教えてくだしゃい」


 ユキは『おまじない』の原理がよくわかっていない。唱えれば望んだ通り、あるいは想像以上の結果が返ってくるのだが、いずれにしても当初の目的は果たせるような結果になる。イケにおまじないをしたときは、おそらく身体強化に分類される魔法と同等なのだろうが、イケが求める反応速度に応じた程度になる、といった具合だ。

 今回はダンジョンに道を聞く、という内容だが、似たようなことを以前、山でやったことがある。薬草を探してつい奥深くまで進んでしまい、帰り道がわからなくなったときだ。周囲の景色に全く見覚えがなくて、ダメもとで『おまじない』で帰り道を探そうとしたら、山の地形に関する情報が大量に頭に流れ込んできた。頭痛どころか吐き気までしたのを何とか堪えて家まで帰り、しばらく高熱で寝込んだのである。おかげで二度と山の中で迷うことはなくなったが、怪我の功名というか何というか。


 とにかく、今回はその二の舞を踏むわけにはいかない。よって一番近くの安全地帯までの道、という限定した聞き方をしたのだが、これは多少効果があった。


「……おぇぇ」


 気持ち悪いには気持ち悪いが、あの高熱を出して倒れたときほどではない。さっとイケが抱き上げて背中をさすってくれるのがありがたかった。その分をカイルが魔法でカバーしている。


「道、わかったから、しゅしゅんで……」


 カイルに抱っこが移されて、真っすぐ、右、左、そこは罠あるから飛び越えて、とユキがあれこれ指示を出し、イケが容赦なく魔獣を叩き伏せ、時間は多少かかりつつも安全地帯に辿りついた。その間もユキの背中は撫でさすられている。


「ユキ、大丈夫?」


 首を横に振るのもしんどい。抱っこ移動でも揺れはごまかせない。頭痛もあいまって完全ダウン状態のユキを、魔法袋から取り出したマントの上に寝かせ、カイルはイケを見上げた。


「見とくから、行ってきていいけど……」


 ユキがこの状態では気になって仕方ないのではないか。カイルの表情にイケは苦笑した様子を見せて、それから首を横に振った。

 誰かがついているのならば、問題解決を先延ばしする理由はない。


「すぐ戻る」


 ただし、それに時間をかける必要もない。ユキを一度撫でてから、イケは安全地帯の前の通路から姿を消した。

 ユキもカイルも、いくら安全地帯と言えど索敵をやめるようなことはしないので、すぐに膨れ上がった気配に気づいた。


「うわ、存在感すご……人化解くのためらう気持ち、わからんでもないな……」


 存在感というか、威圧感というか。体を上からぐっと押さえつけるような気配に、ユキはどことなく懐かしさを感じてしまう。


「……山でも何回かやってた……」

「そうなんだ」


 詳しく語りはしないが、イケは何かにうなされて夜に目を覚ましていることがある。そういうときも、無意識に人化が解けて同じ気配を放っていた。最初のうちは夜中にぎょっとしたものだが、今ではイケが傍にいることがすぐにわかるから、落ちつきさえする。

 いつかそのことも話してくれると嬉しい。ユキができることはないかもしれないが、秘密を共有すると心が軽くなるように感じられることを、カイルが教えてくれた。


「ユキ、具合どう?」

「ちょっと、楽になってきた」


 横になっていれば何とかなるもののようだ。イケが戻ってくるまでにはどうにかしたい。体を起こしてもらって水筒から水を飲んで、カイルに寄りかかって休憩する。この状態で、ここからボス部屋までの順路を調べるのはさすがに頭が悪いだろうか。鬼人に戻ったイケがあちこちで猛威を振るっているらしいのも、ちょっと力押し感はあるが。

 隣で魔法袋から取り出した魔力回復薬を飲んでいるカイルを見て、ユキはひとまず回復を優先することにした。もしかしたらイケが道を見つけてくるかもしれないし、求められたらやればいい話だ。


「ユキ、前に魔法使ったことないって言ってたよね」


 さらさらと頭を撫でながら言われたことに頷く。魔法袋からおやつとして干したメシュメシュまで出してもらい、餌づけされて至れり尽くせりである。干しメシュメシュは甘みが増してさらにおいしい。


「ユキのおまじない、魔法だからね?」


 以前も言われたが、枝を跳ぶ時にも魔法を使っていたらしい。ユキの方には自覚がないので、そうなのか、としか言えないのだが。


「……知らない間に魔法使ってたことはわかった」

「あー、そうだね……いや、それが本題じゃなくて、一応魔法について、誰でもいいから習っといた方がいいと思うって伝えたかったってだけ」


 今のところ暴走する様子はないが、念のため理論とか体系とか何とかかんとか、要は知識を持っていた方が危ない目には遭いにくいから、ということのようだ。うっかり自分の魔法を暴走させて、命を落とす人もいるらしい。知識を持つことで事前に過剰な力を抑制し、危険性を下げて、問題なく魔法を使えるようになる。魔力を持っていて魔法が使える人は、学校でそういうことも教わるのだそうだ。


「ふぅん……」

「まぁ、ハンスさんたちに相談してみなよ」


 無理にとは言わないけど、とまた頭を撫でられる。また水筒を渡されて水を飲んで、体調はだいぶ整った。


「えーっと、ぼしゅ部屋までの道を」

「ユキ、休憩してようね」

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