43 - カエルの子はオタマジャクシでしょ

「狭いとこだけど、男二人子供一人くらいは平気でしょ」


 入って入って、と促されたカイルの家は、確かに広くはなかったが窮屈でもなかった。本当に暮らしているのかと思うほど、家具が少ないからかもしれない。建物一つを丸ごと借りているようで、一階がキッチン付きの生活スペース、二階を寝室として使っているらしい。

 イケに一つしかない椅子を勧めると、カイルは二階から枕を持って降りてきて、その上に座った。イケの膝の上に座らせてもらったユキは、ぐしゃっと潰された枕を見て、家の中を見回して、もう一度枕に視線を戻した。


「……クッションとか」

「ないない、飯食うか寝に帰るだけだから」


 何とも言えずに視線を向けたユキを、イケは黙って撫でている。何も言ってやるな、と目で言っている気がして、ユキも大人しく口を引き結んだ。何か食べるといってもキッチンにはほとんど調理器具もないし、料理もしていないのではないかと思われた。一応埃は被っていないようなので、掃除はしているのだろう。

 とはいえ、あまりに生活感がない。ひとまず家具は置いてあるだけ、最低限ないと困るものが揃えてあるだけ、といった殺風景な部屋だ。メグの手によって整えられたアーレントの家に慣れたユキには、ちょっと落ちつかない。


「……空間が狭い方が魔力の消費も少ないだろうし……こちらとしても、都合がいい」

「まあ、そういうこと」


 机の裏を、カイルがぽんと叩いた。何かの魔道具が動いたらしいことはわかったが、どういったものがあるのかユキは詳しくない。


「これで盗み聞きの心配はなし」


 シーカーというのはそういう対策も必要なのだろうか。盗み聞き防止の魔道具なんて高そうだし、やっぱりカイルは稼いでいる方のシーカーに違いない。


「で、ほんとにオレも聞いていいわけ?」


 そうして感心していたところに話しかけられて、ユキはぱちぱちと目を瞬かせた。確かカイルが混ぜてくれるなら、と条件をつけて、イケは了承したはずだ。今さらそれを覆したりはしないし、そもそもここはカイルの家なのだから、追い出すのはおかしな話だろう。


「ユキが信頼している。それ以外の理由は必要ない」


 そうだろう、とイケに聞かれ、頷いた。

 アーレント家にはまだ少し身構えてしまうこともあるが、カイルに対してはもはや遠慮なんてものは存在しない。何というか、普通逆なのではないかと思うものの、ハンスやメグたちに親切にしてもらうと、申し訳ない気持ちが先に立ってしまうのだ。カイルに対しては、手伝ってと言われれば手伝っているし、何かでもらったものをそのままあげたりしているし、気を使わなくて済む。


「いやそこは疑え?」


 揃って不思議そうに首を傾げるユキとイケに、カイルが深々とため息をついた。


「……そうか親子か、この親にしてってやつかお前ら」


 あいにくとユキはその言葉を知らなかったが、イケは知っていたらしい。顔を傾けたまま顎に手を当て、何かを思い出しながら言葉をこぼす。


「……正確なところはさすがに覚えていないが、五十年も育てていれば似てもくるだろうな」

「…………は?」


 カイルの顔が面白いことになった。


「ご……?」


 単語どころか音しか発しなくなってしまった。大丈夫だろうか。


「五十年は経っているはずだ。ユキを拾ってから」


 うんうんとユキも頷いた。


 イケに拾われた時のことは記憶にないが、人族や獣人族のように一年で大きく成長するような種族とは違い、ユキは数年経ってもほとんど姿が変わらない。体が幼く縮んでしまったことは想定外だったし、せっかく育ったのにとがっかりする気持ちはあったが、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない、と少々気楽に構えていた。

 なお一般的には、例え長命種であっても体は縮まない。


「……五十年経ってて、見た目が五歳児……?」

「いや……十歳児くらいには成長していたんだが……俺も縮んでいるのが不思議だったんだ。理由はわかっているのか?」

「わからない。起きたらこうなってた」


 トニオの手が当たって谷底に落ちたことまではわかっている。その後気がついたらベッドにいて、傍にメグがいたのだ。カルモ川に倒れているところを警備隊のダグラスに助けられた、という話は後から聞いた。そこで姿がどうこうという話題にはならなかったから、カルモ川に倒れていた時にはすでに、体が縮んでいたのだろうと思う。

 ユキの説明に、イケは思案気に腕を組み、カイルは何かの許容量を超えたのか床に突っ伏した。枕はようやく本来の使われ方をしている。


「……まあ、起きたことは仕方ない。お前が生きているだけで十分だ」


 そう言ってユキを撫でるイケの顔は、滅多に見られない笑顔だ。笑顔といっても、ほんのわずかに口角が上がっている程度だが。ユキが無事だったことを喜んでくれているらしい。ほんわりとユキも笑みをこぼして、甘えるようにイケの腹に背中をくっつけた。


 突っ伏していたカイルが起き上がり、枕に座り直す。さすがに床に寝そべるのは体が痛かったようだ。肩を交互に回しつつ、ユキを見てからイケに視線を移す。


「……ちなみにアンタも長命種?」

「ああ、鬼人族だ」


 初耳だ。

 ユキはイケの頭を見上げたが、鬼人族にあるという角がない。折れたとか切れたとかいうわけでもなさそうだし、今のイケの姿は人族にしか見えなかった。


「そうだったの?」

「言っていなかったか?」

「五十年一緒にいて何で……?」


 三者三様の疑問を漏らしつつ、いったん休憩しようとカイルが立ち上がった。やたらと首を横に振って、目元を押さえている。そんなに目が疲れるようなことをしただろうか、とユキは首を傾げた。

 すぐ近くのキッチンでやかんを火にかけ、戸棚を開けて何かを探している様子だ。


「まだお茶あったと思うんだけど……」


 あった、と取り出された缶からざらっと茶葉をやかんに放り込み、不揃いのコップにフィルターを置いてお茶を注いでいく。ユキは目を細めた。

 このキッチンは改革が必要だ。


 出されたお茶を文句一つ言わずに飲み、イケがユキの頬をふにふにともてあそぶ。カイルの家に来る道でも遊ばれていたのだが、弾力が絶妙らしい。十歳と五歳でそんなにほっぺたの触り心地が変わるものだろうか。


「お前が縮んだことを知っているのは?」

「イケとカイルと……あ、村に来てたシーカーの人たち」


 先日ジェラルドとニコルに再会して、そのことに少しだけ触れたのを思い出した。その他の人々には話していないはずだ。

 長命種ではあるらしいものの、自分の種族が把握できていないユキにとって、人には多くを話さないのが常となっていた。


「わかった。あの程度ならどうとでもなる」

「どうとでもの部分が気になってしょうがないんだけど、とりあえずあの二人なら問題ないよ。ユキに恩義感じてたしね」


 わざわざカイルが口に出したことで、ユキも理解した。どうとでもというのは、そういう意味も含まれているらしい。それはまずい。念のためユキも釘を刺しておく。


「イケ、あのシーカーの人たちは人族だから、手加減しなきゃダメだよ」

「ユキ、そうじゃない」


 カイルに突っ込まれ、ユキは首を傾げた。


「……善処する」

「アンタもそうじゃない!」


 呆れたように叫ばれ、イケは首を傾げた。


「こんの似たもの親子ども……!」


 目元を覆い、カイルは項垂れた。

 常識がずれた大人が子供を育てれば、常識がずれた子供が育つ。当然だ。親の常識が子の常識だ。それですでに五十年経ってしまっている。ここからでも軌道修正は利くものだろうか。

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