23 - まさしくその血を引いている
「有名な人だったんでしゅか」
「まぁねぇ」
肩を竦める青年と、がちがちで後ろからついてきている四人を見比べて、ユキはまずかったかなと今さら後悔した。
青年と連れ立ってエリックたちの元に戻ると、無事だったのかを心配された後、青年が誰かを理解した四人がぎょっとして固まった。その様子に彼が困ったように視線を逸らしたので、仕方なくユキが彼の手を引いて歩き出し、街に向かっているところである。
「あ、ぼくユキでしゅ」
そういえば名乗っていなかった、と改めて告げる。
「オレはカイル」
短く彼が名乗ると、後ろでひそひそと囁き交わす声が聞こえた。ちらりとそちらを見やってからカイルに視線を戻すが、気にした様子はない。
「慣れてましゅか」
「まぁ、ねぇ」
歓迎しているわけではなさそうだが、咎める気配もなかったので、ユキも放っておくことにした。本人がどうこうしようとしていないのなら、ユキが口を出すことでもない。
ユキはただ、魔獣に襲われている人を助けられそうな人物を、探しただけだ。とはいえ、面倒ごとに巻き込んでしまったことは事実である。
「巻き込んで、ごめんなしゃい」
「いいよ、見殺しは寝覚め悪いでしょ」
あんな森の浅い位置で、あんな数の狼が出るとは誰も思わないだろうし、とカイルが続けたので、ユキもそちらについて考える。
魔獣としての狼も、群れを作って縄張りの中で狩りをする。この森の中でそれぞれの群れがどう分かれているかは知らないが、わざわざ人間を狙って捕食する必要があるほど、食料に困るような貧しい森には思えない。彼らが魔獣を刺激したのか、それ以外の理由があるのかで、対応が変わってくる。
「その代わり、一緒に巻き込まれてね」
「う」
嫌な予感がして口を開きかけたが、先手を差されて口ごもった。いつのまにかしっかり手を繋がれており、逃げられないやつだこれと瞬時に悟る。
後ろを振り返って助けを求めるようにエリックを見ると、アランと話すのをやめ急いで隣まで来てくれた。
「ユキ、どうしたの」
カイルに繋がれていない方の手を繋いで、優しく問いかけてくれる。兄というのは、きっと頼っていい存在のはずだ。与えられた立場に甘えるのも良くないとは思いつつ、逃げ道がほしくてエリックに泣きつく。
「この人がいじめましゅ」
「何だって……?」
エリックから、聞いたことのない低い声が出た。思わずユキは真顔になったが、エリックの目はすでにこちらを見ていない。視線が向いているカイルの方を見ると、こちらもちょっと驚いたような顔をして、そっとユキの手を離した。
「ユキ、何された?」
抱き上げられ、見た目は笑顔のエリックに何だか背筋がざわざわする。
「まだ何もしゃれてないでしゅ」
これから面倒ごとに巻き込むつもりらしいので、まだ大丈夫だ。
「……まだ?」
言葉の選択を間違えたらしい。背中がもはやぞわぞわする。あの、目覚めた日の夜に感じた、メグからの寒気と似ている気がする。
何かエリックが怒るような言い方をしたらしい、とユキは理解した。原因がさっぱりわかっていないが、このままにしておくと非常によろしくない気がして、イケの怒りを鎮めた時のことを必死で洗い出す。
「ええええエリック、おおち、おちっ、お、落ちつけ」
「落ちついてるよ、マチルダ」
怯えながらも、マチルダが声をかけてくれた。すぐに打ち返された。
「エリック、その、カイルさんだよ……?」
「そうだね」
年長者であり、どうやら有名人らしいカイルを相手にしているということを、アランがそっと窘めるように言う。響かなかったようだ。
「……エリック、ユキくんが困ってるわ」
「っえ」
オリヴィアにだしにされたが、ユキもくみ取ってエリックに抱きついた。戸惑いはあるが、ユキがくっついて落ちついてくれるなら、安いものだ。
「ちぃ兄ちゃん、怖いでしゅ」
「ご、ごめんねユキ!」
ちらりとオリヴィアに視線を向ける。目が合って、頷き合った。謎の達成感がある。
ひとまずエリックの対処はこれで良さそうなので、落ちつくまで抱っこされておくことにした。街からここまで歩いて採取をしたり、枝を跳んだりしたので、疲れたのもある。まだ成人していないとはいえ、エリックもシーカーとして活動していて体は鍛えられているから、気が済むまでユキを抱っこしていられるだろう。
予想外のエリックの逆鱗はあったが、狼が森の浅いところに出ていた問題については、場合によっては関わらざるを得ないだろう。小さな子供だから前面に立たされることはないだろうが、少しでも関わってしまった以上、可能性はいくらでもある。
「ちぃ兄ちゃん、次はギルドでしゅか?」
「うん、そうだよ。依頼された量のクィエは採れたから、納品受付に行って確認してもらうんだ」
依頼を受けるところと、採取したものを提出するところは、別の受付になるらしい。魔獣の討伐の場合は、解体して持ち込むのと、解体せずに持ち込む時で、また違うそうだ。思っていたより細かな決まりがいろいろとあるらしい。
シーカーでお金を稼ぐのは意外と面倒そうだ。
ユキは少しだけ失礼なことを思って、今度はカイルに目線を向けた。
「かいりゅしゃん」
「うん?」
噛んだ。どうにも口が回らないのが恨めしい。
特段何も言わずに返事をしてくれたカイルにありがたく思いながら、念のため尋ねておく。ちなみに、エリックが大変不機嫌そうな顔になるのは、わかっているが無視だ。
「ギルド、行きましゅか?」
彼は苦笑した。ということは、ユキの期待を酌んでくれたのかもしれない。
「さっきの子たちが会ったの、オレしかいないでしょ」
東門で登録証と身分証を見せ、六人で中に入る。何となく人々の視線を感じるのは、やはりカイルが有名人だからだろう。
ギルドの建物に着くまでちくちくと視線を感じながら、ユキは眠気と戦った。抱っこされている分暖かいし、結構動いたし、エリックがいるからそのまま帰れるし、すやすやする条件は整っている。しかしさすがに今寝るのはどうかと思う。
「じゃ、またね」
ぽん、とカイルに撫でられて、ユキはむにゃむにゃと返事をした。いやいや、依頼達成を確認するまで寝ちゃダメだ。
「ちぃ兄ちゃん、下ろしてくだしゃい……」
「……ユキ、がんばって起きてようね」
苦笑されている気配を感じつつ、エリックに下ろしてもらってユキは大きく伸びをした。寝ない、がんばる、やればできる子のはず。
「終わったら、どこかでちょっとお昼寝しようね」
手を繋いで、エリックたちと納品受付に向かう。依頼に書かれていた量のクィエを出して、受付の人に確認してもらって、依頼自体は完了だ。あとはシーカーとしての評価と、報酬を受け取るため、査定というものを待たなければいけないらしい。
ね、眠い、眠すぎる、限界ぎりぎり。
「ちぃにーちゃ……」
ぐらぐら揺れ始めたユキを、エリックが抱っこしてくれたところまでは覚えている。
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