第3話 SSSレート

それから蓮は四人にいい生活をさせるために、一週間に一度くらいの頻度でアビスに行っては攻略した。 ハンターの実力も、アビスの難度もピンキリとは言え、平均すると一回の攻略に三日ほどかかっているアビスだが、蓮達は基本的に一日とかからずに帰宅できる。


それも、アリスのお陰であった。 悪魔を使役する人間の義務で、市役所でレート鑑定と登録をしたところ、凄まじい結果が出た。


「なんだこれ……」


【名前】

早見 アリス


【分類】

悪魔科悪魔目亜人属


【詳細】

生命力総量━━7852710pt


所持属性━━雷


適正属性━━炎、氷、雷、風、獄炎


成長段階━━27.4%


職業適正━━戦士


総評:SSSレート



……という具合に、蓮は結果を目にした時は思わず目を剥いた。 用紙を渡してくれた市役所の役員も顔が引きつっていたのを記憶している。

リタ、エナ、アサヒの三人を非戦闘員と分類できてしまうくらいには別格の戦闘能力だとは思っていたが、ここまでとは、と。


アリスの桁違いのステータスを見ると、蓮の人生設計が決まった。 インターネット掲示板や主にハンターに利用されているハンターのSNSで、比較的難度の低いアビスをサーチして、入念に準備・計画を立てた上で着実に攻略して行き、余生を過ごす金を手に入れて、四人の悪魔とゆっくりと暮らす。


アリスを酷使するのも良くないと思い、アビス攻略は一週間に一度というペースにした。 それ以外の五日から六日は社会勉強を兼ねた娯楽の教授に費やすことにしていた。


アイスクリームの買い方や、飲食店でのルールを教えたり。 電車を乗り継ぎ都内を出て、蓮の故郷のある地方で自転車に乗せてみたり、と……四人にとって、とても充実した時間となった。

今まではパーティー制だったので、リーダーがアビスを攻略すると言えば、最低でも丸三日は潰れ、なんならその翌日に、また攻略ということも少なくなかったので、蓮にとっても久しぶりのちゃんとした自由時間、充実した時間を過ごせた。


そんな日々が一ヶ月も続くと、都内の、難度が高いと言われているアビス以外のほとんどを攻略してしまった。 貯蓄は、五十億円を超えている。 これなら五人で食っていくのには困らないだろう。


しかし、それでも蓮は最後にひとつだけアビスを攻略しようと思っていた。 そこは、自分の両親が命を落としたアビスである。 まだアビスがダンジョンと呼ばれていた頃━━━━半分チンピラのような父親がまた、同じ類の友人と共に母親を半ば強制的に連れて行って全滅した、あのダンジョン。


蓮は今の五人の新しい早見家に満足しているが、旧い早見家の、いや母親との思い出を忘れたくなかったのだ。 その為に彼女の遺物を取りに向かう。 (アリス曰くアビスは、不思議なことに死者の所持物は自動的に秘奥の間に移動させられるらしい)


場所は第十一区━━━━難度は中の上というところ、正直言って、行くか迷った。 中の上では、まずありえないことだが、最強クラスのアリスの実力をも上回る悪魔がいるかもしれない、という考えを捨てられずにいたのだ。 この探索は、蓮一人のワガママだ。 これが終わったら四人には今までにない贅沢をさせてやろう。 蓮は憂慮を隅に追いやり、そんな未来のことに思慮を走らせることにした。



毛細血管のように、枯れ木色の線が何層にも重なって壁一面に走る空間。 明かりは皆無、XD拳銃を持つ右手と交差させた左手に構えたライトに頼るのみである。


そう、蓮とアリスの二人はアビス内部にいた。 死者が出るのを避けるために、今回の探索には最低限の人員で挑んでいるのだった。


「悪いな、俺の私情に付き合わせちまって」


蓮は無言で着いてくるアリスに声をかける。


「気にしないでください。 私にとっての皆さんのような、大切な人の遺品を手に入れたいなんて素敵じゃないですか」


「ありがとう、休みたくなったらすぐに言えよ」


歩き始めて一時間が経過しようとしていたのであった。 SSSレート悪魔なのだから、疲労の度合いも人間とは段違いなのだろうが、見た目が幼い少女なので、蓮は必要以上に気を遣う。


「はい!」


アリスはそれに笑顔で答える。 彼女も、一ヶ月という短期間で既に早見家に馴染んできたなと蓮は嬉しい気持ちになった。


それから更に二時間ほど、周囲を睨め回しながらゆっくりと歩いて、二人は休憩を取ることにする。 不気味な造りの道路を出て、都合よく天井の穴から差し込む光以外に何もない瑠璃色の部屋に出たので、そこで休むことにしたのだ。


それにしても不思議だ。 蓮は訝しむ。 攻略難度を明確にするため、インターネットでサーチした結果、ここにはEからCレートの悪魔が数多くおり、バディで挑むのは危険とされていたのだが、今のところE級に値する悪魔一匹しか出てきていない。


何か、嫌な予感がする。 今からでも引き返した方がいいだろうか? 蓮の頭に一抹の不安が過ぎるが、今来た道を戻るのも同様に思えたし、アリスの能力に絶対の信頼があった。

バディでの攻略を推奨されていなかったが、アリスと二人で挑んだのには、理由があった。


悪魔は基本的にレートの違う悪魔には、束になっても敵わない。 しかも、その傾向はレートが高くなるのに比例して大きくなる。 家に三人を置いてきたのは、Bレート悪魔の出現情報を聞いたためだ。 最も戦闘に適しているリタでもレートはDだ、万が一にも彼女がはぐれたりして、単独でBレートの悪魔と遭遇したら、一溜りもないだろう。


そういった事情も含めて、自身とアリスのみという少数精鋭に絶対に等しい自信を持っていたのだが、どこか不安を捨てきれないでいた。 また、この不安は漠然としていて、それはこのアビスの攻略に限った話ではないように思える。 根拠もないのに、何か嫌なことがする予感がずっと頭に残っている。

必然的に、家に置いてきた三人のことが心配になってきた。 家には、誰が来ても開けるなとは言っているが……


そんな憂慮が馬鹿げた妄想であることを証明する為にも、早くアビスを攻略してしまおうと蓮は意気込み。 左手首の薄皮を切り、アリスに三日ぶりの血を与える。


「お兄さん、早くお家に帰りたいですね」


アリスが満面の笑みを浮かべながらそう言った。


アリスは社会教育の一環で見せていたアニメの影響か、蓮のことをお兄さんと呼ぶ。 年の離れた妹を持ったような気持ちは、決して悪いものではないので蓮も特に矯正せずにいるのだが。


「あぁ、ちゃっちゃとやること済ませて帰ろうぜ」


中腰になりアリスの口元から垂れている血をハンカチで拭いてやって、百八十度回転、二人は上階に繋がっているであろう扉に向かった。



蓮の期待は裏切られる形となった。 道は入り組み、長い道を歩んだ末に行き止まり。 焦燥が理性を乱し、元の通路に出るのに多大な時間の消費を強いられた。

やっと秘奥に着いた頃には、既に時計の針は夜の三時を回っていた。 そこから二人でリュックサックに入るだけの宝物を詰めて、その宝の山の中から母の名前の刻印された結婚指輪と、女っ気のない母が唯一着けていたネックレスを探し出した頃には早朝五時となっていた。


アリスも疲れが溜まっているのか、瞼が重そうで、眠いのがひと目で分かった。 蓮は不安を解消する為にも早く帰りたい気持ちが先行するのを抑えて、アリスと共に秘奥で一眠りすることにする。 秘奥には、悪魔は人間の干渉なしで入ってくることはない。 安全が保証されていた。


リュックサックを枕にして横になっていると、すぐに眠気がやってきたのだった……



はっ、と起きてスマートフォンの暗証番号を入力。 時刻を確認すると十三時、たっぷり八時間も眠っていたことになる。


依然として脳内を渦巻いている不安は消えない。 アリスの肩を揺らして起こす、と伸びをしてから大きな欠伸をする。 寝ぼけた顔で「おはようございます」。

どうやら快眠の様子。 こっちは硬い床に硬い枕で寝たので関節の節々が痛むというのに、悪魔というのは丈夫なものだ、と蓮は思う。


アリスは起きたかと思うと、再び蓮に体を預けてくる。 相当、疲れが溜まっていたのだろう、もう少しだけ休んでいてもいいだろうか。


そう思った矢先━━━━


「お兄さん! 何か嫌な予感がします……」


そう言うアリスの顔は寝起きとは思えない、真剣そのものの顔だった。 そして、その言葉の意味を後押しするように、秘奥の間の入口の向こうからザッと五人以上はいそうな足音が聞こえる。


蓮は人差し指を立てて自分の口元に運び、静かにという意図をアリスに伝えると、XD拳銃を構え、扉に照準━━━━


それから間を置かず、ドアがバァンと破砕音を立てて蹴破られる。


二重顎に無精髭、脂下がった一重の目、頭髪の八割が禿げあがった頭という、世間一般であまり好まれない顔をした、だらしない体型の、しかしそれでいて脂肪の下に確かな筋肉を持つことが分かる、中年の武装した男を先頭にして、同じ類のハンターと思われる男達がゾロゾロと秘奥に入ってくる。 その数、七人。


全員、装備は下流から中流といったところ━━━━


蓮とアリスを睨め回している先頭の男は目がギラギラし、不穏な空気を漂わせている。 金銀財宝が目的か?


しかし、すぐに蓮の予想は裏切られることとなった。


「捕まえに来たぜぇ? "逃亡者"早見 蓮……」


男の口角の上がった口から、そんな言葉が吐き出される。 蓮は、その言葉の指す意味を理解することができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る