デビルサモン・リベンジャー

津島 吾朗

第1章「早見家の絆」

第1話 追放、そして出会い

二〇二三年、突如として東京二十三区と各都道府県に一つずつ、歪なフォルムをした巨塔のような迷宮「ダンジョン」が現れた。


そのダンジョンには人間の屍肉を貪る悪魔や魔人(形を持たず、人間の姿に擬態した悪魔)が跋扈している。 そのリスクの高さと引き換えに売れば、最低でも孫の代まで遊んで暮らせるだけの金になる、金銀財宝などの宝物が秘奥に隠されている。


しかし、不思議なことにダンジョン内の悪魔は人間の意図、干渉が無ければ外に出て、人を襲うというようなことはない。 ダンジョンを構成している物質は、現代科学では消滅させることはできず、秘奥に隠されている宝物を手にすると消滅する。 等と、実に謎の多い建造物である。



当初は警察により編成された公安組織の探索が主流だったが、あまりの死亡率の高さに一年と半年ほどして「民間のハンターの同伴無しに警察はアビス(ダンジョンの世間一般での呼称)の探索はできない」という法律が制定され、民間のハンターの探索が主流となった。


また、アビス攻略はリスクの高さから二人組のバディ、または二人以上のパーティーで攻略されることが一般的である。



二〇二十八年 十一月、十七歳の少年にして民間ハンターである早見 蓮はアビス攻略パーティーを追放される。

なぜかというと、彼は「悪魔使い」という人類の敵である悪魔・魔人を仲間として使役して戦うという、全人類の鼻つまみ者のような存在であったからだ。 いつ裏切るか分からない、人間を操るかもしれない、そんな悪魔を従えている人間なんて信用されない。 蓮がパーティーに入れたのは奇跡に等しかった。


しかし、ついに終わりの日が来た。


蓮はアビス攻略中、傷付いて倒れていた亜人タイプの悪魔を、悪魔とは気付かずに助けてしまった。 その悪魔(アリスと名乗った)は蓮達に危害を加えることは一切無く、蓮に礼を言って去っていったが、それでも、悪魔を助けたという事実だけで彼を追放するには充分すぎた。


蓮はその日から、三人の悪魔を抱えた無職になってしまった。



蓮は両親を中学卒業の寸前に無くした。 低所得者であったが腕に自信のあった父親が、母親と友人三人を連れてアビスを探索、一人残らず悪魔に殺害されたのだった。 家を差し押さえられ、親戚もいないので独り身となり、資格も学歴もないので職に困り〜〜という具合にホームレスとなることを余儀なくされる。


蓮は死に行く気持ち半分、一攫千金を狙う気持ち半分で単独、アビス攻略に向かうとそこで死にかけている女型の魔人を、魔人と気付かず(もっとも、蓮の世代は魔人と人とを見分ける教育などが施されていなかったのだが)助け、彼女から好かれ、二人でアビスから帰還。 僅かな金塊を持ち帰り、それを売って得た資金で一式の武器を買い揃え、小さなアパートを借りた。


彼女は名前が無かったので、蓮は生活に余裕が出てくると彼女に「早見 リタ」という名前を与えた。

蓮は彼女が自分と比べて二回りほど小さいので、妹のように思え、彼女の為と思うと生活に張りが生まれてくる。 リタは自分の血を消費して、攻撃をする戦闘タイプの魔人であった。 よく血を使いすぎて貧血で倒れては、蓮に抱き抱えられて帰宅した。


二人目の悪魔は「早見 エナ」人間にしては大きすぎる黒目がちの瞳と、頭部から生えた猫のような耳、人間を超越した身体能力が人間との相違点である。

蓮が彼女にという名を与えたのは、中学の頃に好きだった女の子の「村田 恵那」に雰囲気が似ていたからだ。 リタと二人で第四区のアビスを探索中に見つけ、なんとか説得、蓮の生命力をかなり分け与えて仲間にした。 おそらく、その時の蓮は寂しかったのだろう。


三人目の悪魔は、悪い人間に奴隷とした売られていたのを買った。 既に十はくだらない男に犯されて、売られを繰り返され、生気を失っていたのを買い取ったのだ。 二重幅の広い、大きな瞳をした美人さんの顔に、二本の白い角が額から生えている。

栄養失調で細い体をしていたので、少しでも元気に育つように「早見 アサヒ」という明るい名前を付けて家族にした。 家に置いていた彼女が、新しい内面を見せてくれる度に蓮は励まされ、冒険へと向かう英気を養うという、重要な役割を果たしてくれていた。


三人目の仲間ができたところで死を恐れるようになり、ランクは気にせず、その時にたまたま入れたパーティーに入り経験に基づく知識と悪魔の力で成果を上げることで、なんとか立場を保てていた。


しかし、それも終わりである。 パーティーを外された当初は、ランクの低いアビスを攻略すればいい、とそう思っていたのだが。 リターンが少ない代わりにリスクも低い、いわゆる低ランクのアビスは片っ端からハンターによって攻略されていた。 その為、必然的にリスクの高いアビスに行くしかなかったのだ。


彼女達を売れば、おそらく一郎年は暮らしていける金が入る。 しかし、蓮にとってもはや彼女達は家族も同然、そんなことをするくらいなら、自分の臓器を売った金を彼女達に渡したい。 そう思っていた。


この安アパートも家賃が払えなくなれば、容赦なく追い出されるだろう。 ここの大家に限った話ではなく、人はみんな悪魔が嫌いなのだ。


悩み抜いた末に蓮が出した結論は、彼女達をアビスに帰すことだった。 彼女達に人権のない人間社会で暮らしていくよりは、法の存在しないアビスの方がまだ安全に思えた。 もちろん、彼女達がハンターや他の悪魔に殺されることは、頭を過ぎったが。


「なあ、お前たち。 俺が死んだら、アビスに帰れよ。

人間社会で生きていくのは、不可能に近いよ」


蓮がそう言うと、三人の悪魔は声を揃えて言う。


「蓮が死んだら、私も死ぬ」


蓮は十七歳という若さにして、出来のいい娘を持ったような嬉しい気持ちになった。 と、同時に悲しく思う。

俺が彼女達に余分な感情を、心というものを与えてしまったのだ。


早見一家は決断した。四人でアビスを攻略しよう。 そうして絶対に宝を持って帰ってきて、四人でそれを売って、その金で遊んで暮らそう、と。


以前、パーティーで挑んだ第六区のアビスに四人で向かった。 筋骨隆々の人間か悪魔、そして怪我を回復するヒール役がいないとアビスからの帰還は絶望的であったが、四人の気分は明るい。 生き残れば幸福が、死ねば、逃れられない終わりが否応なしに訪れて、命を奪ってくれる。


蓮を先頭にしてアビスに乗り込んで、早くも三十分が経過━━━━


殺すのに技や力を強いられるような、屈強は悪魔の姿は出てこない。


一時間が経過━━━━


一面、食肉のようにブヨブヨしたピンク色の通路を東に歩き続け、大部屋に辿り着く。 エナが高性能ライトで部屋をゆっくりと照らし、明らかにしていく。


蓮は緊張感に思わず唾を飲み込む。


エナが悪魔の持つ人間よりも遥かに優れた直感で、何かを感じ取り、ライトを取り落とす。 手から落ちたライトは部屋の全貌を明らかにした。


エナが感じたのは、上位悪魔の圧倒的な生命力である。 人間の蓮はそれが視界に入って、初めて恐怖を感じるた。


黒いフードを被った矮躯━━━━


下水道のような酷い悪臭のする部屋、その地面や壁には幾千と描き殴られ、何層も重なった呪詛。


この圧倒的な生命力の源は明らかに、あの矮躯だ。

蓮は再び唾を飲んで、一歩を踏み出す。 XD拳銃を構えて矮躯に駆けていく━━━━


指をトリガーにかけたのと同時に、矮躯が振り向く。


蓮は生命力では気付かなかったが、その顔には実に見覚えがあった。 自分がパーティーを追い出される原因となった悪魔の少女アリスだったのだ。

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