第21話 元旦の速報
数日後の元旦の午後、近隣の祖父母の家に新年の挨拶をするついでに初詣に行って戻ってきた我が家は、昼食に朝食べたおせちの残りと焼き餅を食べていた。
「餅は鬼崎の海苔で巻いて、たまり醤油をつけるのが一番だよな」
「うん。やっぱり海苔は鬼崎産だ」
社会人の二人の兄も揃って帰省して食卓を囲み、与村家は両親と俺の三人しかいない普段よりも賑やかである。
兄たちの言う鬼崎は常滑市北部の漁場の町で海苔の産地として知られおり、俺は特に味付け海苔の歯ざわりの良さが好きだった。
「うちは醤油だって、地元の結構良いやつを買っとるからね」
家族の中で一番テレビをよく見ている母は、レコーダーのHDDの残量を増やすために、録画した番組を倍速再生して映したテレビを見ながら自慢の醤油に浸した餅を海苔を巻いて頬張る。
父はめったなことでは口を開かない寡黙な人なので隅に座ってずっと食卓の上のものを食べ続けていて、父親似の俺も黙っておせちをつついていた。
「はい、これでこの番組はおしまい」
紅白歌合戦の裏でやっていた歌謡番組を見終えた母が、録画一覧場面で消去し一旦今放送しているチャンネルに戻る。
小一時間ほど前までは、そのチャンネルでは新年らしく馬鹿馬鹿しいバラエティ番組をやっていた。
しかし今は何か速報が入ったのか、物々しい雰囲気の臨時ニュースに切り替わっている。
「大人気アイドルのJapan Knightsが乗っていた車が爆発だって。全員死亡でテロの疑いありとか、おそがいね」
その場で一番先にニュースの内容を把握した母は、その驚きを家族と共有しようと速報の見出しを読み、チャンネルを変えて状況を確認した。
おそがい、とはここらへんの方言で、怖いとか恐ろしいと言った意味である。
進学から就職、そして今に至るまで知多半島の外で暮らしたことがない母は、訛りがかなり強かった。
(え、ジャパナイが全員死亡?)
突然の事件性のある訃報に驚いた俺は、思わず数の子を口にくわえたままそれまでまったく見ていなかったテレビの画面を凝視した。
そこそこの大型の液晶テレビの画面には、物々しく情報をまとめるアナウンサーや、現場の道路を右往左往する報道陣の姿が映っていて、これがドラマやドッキリではないことを本物の迫真さで伝えている。
その臨時速報によれば、Japan Knightsは新年の生放送の特番の収録のためにメンバー全員でロケバスで移動していたところ、突如車両が爆発炎上してマネージャーやスタッフと一緒に死亡したとのことだった。運転手だけは奇跡的に生き残っているので、治療の様子を見て警察が事情を聴取するらしい。
(しかも事故じゃなくてテロかもしれないって、どういうことだ)
事件の発生直前に各テレビ局に宛に犯行声明らしき文章が書かれたメールが届いており、何らかの意図を持った犯人が車両を爆発させた可能性が高いとアナウンサーは語る。
今日も藍島から送られてきた紅白歌合戦での彼らのパフォーマンスについての感想を読まされたばかりだった俺は、繰り返される報道の内容をすぐには飲み込めずに動転して不愉快な浮遊感を覚えた。
しかしテレビ好きであってもアイドルのファンではない母は、衝撃は受けていてもショックは小さいようであったし、有名人にそれほど興味がない父や兄たちはそもそもの反応も控えめである。
「Japan Knightsって、最近急に売れだしてホワイトハウスの晩餐会とかにも呼ばれてたグループだよな。サブスクでゴリ押ししてきたから聞いたけど、曲は良くても歌唱力がいまいちだっだ覚えがある」
テレビは普段見てなくとも、ネットニュースで時事ネタは把握している次兄が、死んだ男アイドルについての表面的な印象を述べた。
その冷めた次兄の反応を受けて、長兄も淡々と事件を自分の理解のできる文脈で位置づけようとする。
「最近は社会問題とかについても発信もしてたような気がするし、犯行声明が各テレビ局に届いてるってことはテロリストが狙いたくなるようなところがあったのかもしれないな」
長兄は次兄よりも、政治にやや強めの関心を持っている。
二人の兄たちが話している通り、最近のJapan Knightsが政治とも接点を持つレベルで人気であったことを、俺は藍島を通して知っていた。
だが俺は家族に藍島の話をほとんどしていなかったので、俺とJapan Knightsの話題を結びつける者はそこにはいなかった。
兄や母と違って何も言わない父親も、ただぼんやりとテレビの画面に目を向けるだけである。
多分、俺以外の四人は全員、このニュースを十分ほど消費して、新しい情報がなくなったところでチャンネルを変え、臨時速報ではないチャンネルを見つけていつも通りの正月に戻るのだろう。
母も父も兄たちも適当に無関心でいられるところにいて、男アイドルたちの死を世間話にしてしまえる。
しかし俺はそうではなかった。
「早めに進めたい学校の課題があるから、ちょっと部屋に戻るよ」
俺は適当に理由をつけて箸を置き、席を立って食卓を後にした。
俺はJapan Knightsのファンではないが、Japan Knightsにすべてを捧げた女子が常に頭の中にいる。
だから彼らの死に直面したその女子に、俺は向き合わなくてはいけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます