第28話「決別」

「な、なんでっ!? 私はそれなりにやってきたつもりよ!!」


 納得がいかない様子で抗議の声を上げるラヴィ。

 気が強いのは、昔から変わってないなぁ……。


「そういう所だよ。お前は冒険者に向いていない」


「ど、どういう所よ!?」


「我が強くプライドが高い。そういう奴は、集団行動には向かないんだ」


「何言ってるの? 【黄金の槍】にいた時は、ちゃんと仲良くやってたわよ!」


「ああ、それは俺が影でフォローしてたからだ。確かに、魔法使いとしては頼りにされていた。だが、一人の人間としては、信用されてなかったぜ? 度々メンバーとトラブルを起こしていたのは知ってた。その度に、俺は頭を下げて許しを貰っていたんだ」


「そ、そんなの知らない……」


 言ってないから知らないのは当たり前だ。クエストでのやり方を巡り、メンバーと衝突を繰り返していたのは、周知の事実。


 その度に謝りに行っては、頭を下げていたっけ。


 ただ、俺がクエストに挑むメンバー決めを任されてからは、なるべくラヴィと気が合う人物を選んでいたからトラブル事態は減っていた。


 俺も良くやってたと思うよ。田舎を飛び出した時についてきてくれて、生活の面でも助けられていたから、負い目を感じていたんだ。


 この先、ラヴィが一人でクランやパーティーに入っても、上手く行くとは思えない。要らぬトラブルを起こしては、俺のようにクビにされるのが落ちだと思う。


 だからあんなクズに騙されてしまったんだろうな。

 プライドが高く、自分に甘い女だろうと見破られて。


「実家の鍛冶屋を継いだらどうだ? お前の火のスキルがあれば良い鉄を打てるだろ」


「鍛冶屋って言っても金物屋じゃない! 嫌よあんな汗臭いとこ!」


 それが本音ならラヴィの親父さんに失礼極まりない。確かに、ラヴィの実家の鍛冶屋は、武器や防具の発注は少なく生活用品が殆どだ。


 それでも、人の役に立つ立派な仕事をしてるのに変わりはない。幼い頃から親父さんの背中を見て育った筈なのに、なんでこんなにひねくれてしまったのか……。


「言っちゃ悪いが、この先冒険者を続けても無駄だと思うぞ? 仲間と信頼関係を気づけないなら余計だ」


「だったら、他の仕事をするわよ!」


「この町じゃ無理だと思う。学が無さすぎる」


「じゃあ、エレンのクランで雇ってよ! 別に寄りを戻して欲しいとかじゃないけど、エレンなら私を上手く使ってくれるでしょ! なんなら、体だけの関係は続けても良い! 好きな時に抱ける便利な女として雇ってよ!」


 必死にすがるラヴィの姿に、嫌悪感を抱き始めてしまった。あんなに好きだった筈の女が、落ちぶれていくのは心に来るものがある。


 そんな時――


「んぅっっ……」


 嫌な気持ちを掻き消すように、俺の唇を優しく塞ぐ感触を感じた。


「貴女の居場所は、ここにはありません」


 リリエッタが俺の唇を奪った後、ラヴィに対してピシャリと宣告するのを聞き、俺もようやく鎖を絶ち切る覚悟が出来た。


 幼馴染みという鎖。好きだったという鎖。

 許す事も出来ず、見捨てる事も出来ない中途半端な鎖。

 その鎖全てを、絶ち切る覚悟が――


「リリエッタの言う通り、ここにお前の居場所はない。俺は彼女と結婚を視野にいれて付き合ってる。そこに、お前が入る余地などない。それにな、俺はお前を許す気もない。悪いが、そこまで広い心は持ち合わせていないからな」


「雑用でもなんでもやるわっっ!! だから……見捨てないでっっ」


 なおも追い縋るラヴィに、俺は最後の楔を刺し込む。


「大人しく帰らないなら、お前も牢屋にぶちこむぞ。お前、クズ男にダンジョンで会った女達を、消すようにお願いされてたんだろ?」


「そ、そんな事知らないっ!」


「しらを切っても無駄だ。全部あの男が吐いてくれたからな。それでもこの町でフラフラしてるつもりなら、金輪際俺に近づくな。股の緩いビッチなんて見たくないんだよ。あ、そうだ! あのクズ男のやり方を真似て、廃人にしてから奴隷商人に売り払ってやる」


「な、なんでそんな事言うの!? エレンはそんな人じゃ――」


「俺が優しくするのは人に対してだけだ。メス豚を人扱いする訳ないだろ」


 その後も思いつく限りの暴言を吐き続け、ラヴィをとことん追い詰める。


 そして、とうとう限界が来たラヴィは、なにも言わず俺のクランハウスから逃げるように出て行った。


 やっと終わった。中途半端に接していたせいで招いた出来事だったが、とうとう決別する事が出来た。


 それもこれも、背中を押してくれたリリエッタのおかげだな。


「ありがとう……リリエッタ」

「なにがですか? 私はただ、真実を伝えたまでですから……ふふ」


 そう言って彼女は、俺をギュッ、と抱きしめ笑っていた。耳元で、俺にしか聞こえないように『大好き』という言葉を呟きながら。


「はいはいっ! イチャイチャタイム終了~!」

「そうっす! これ以上は羨まし過ぎて精神が持たないっす!」


 黙って傍にいてくれたサーシャとマッドに茶化され、やっとクランハウスの雰囲気は元に戻りつつあった。


「それにしてもさ、中途半端は良くないよ? 見捨てるなら見捨てる! 助けるなら助ける! で、ハッキリしないから面倒になるんだっつうの~」


「はい……反省しております」


 サーシャに苦言をていされ、素直に謝る事しか出来ない。今後は、優柔不断な性格を治さないとな……。


「だから、さっき言った事は訂正するんじゃないよ?」


 さっき? ああ、もしかして……。


「結婚の事でしょうか……」


「当たり前だっつうの! 今はゴタゴタしてるからあれだけど、型がついたら挨拶しに行くんだかんね! 覚悟しときなよ? リリエッタの親父さん、むっちゃ怖いかんね~」


「もう、止めて下さいよ……」


 と言いつつも、満更でもなさそうな表情のリリエッタ。

 分かってますよ。しかるべき時にちゃんとプロポーズして、ご両親に挨拶に行きますよ。


 ま、許してくれるかは別だけど。なんて言っても、片や伯爵令嬢で片や田舎の村人Aだからな~。


 身分違いにも程があるし、普通なら断られる所だけど、俺は絶対諦めたりしない。どんな無理難題を言われようと、誠心誠意お願いして認めて貰う所存であります。


「が、頑張るから俺!」


「は、はい……」


 見つめ合う俺とリリエッタ。

 今晩は熱い夜になりそうだ。


「て事は、玉の輿っすね! ……あっ! あの男の玉を潰したリーダーが、玉の残しって……こりゃ一本取られたっす!」


 俺達の甘い空気を切断するようなマッドのボケに、俺達は思わず、


「馬鹿言ってんじゃねえよ……ぷっ」

「ウケる~! マッドにボーナス上げて~!」

「もう、雰囲気ぶち壊さないで下さいよ!」


 涙を流して大笑いしてしまった。


 初のダンジョンクエストで色々あって、得たものも有ったが、失くしたものも有った。


 だが、そんな事を一瞬でも忘れ、ただ笑い合えた仲間のありがたさに、心から感謝する場面だった――


 ★★


 さて、これは後日談だが、この時から数年後のある日。

 俺に一通の手紙が届いていた。


 この時の俺は、各地を忙しく回りつつ活躍し、久々にクランハウスへ帰ったばかりだった。


 送り主はかつての恋人ラヴィ。

 その手紙の一文には、こう書かれていた。


『エレンの活躍はこの田舎にも届いています。うちの父は村から英雄が出た事を喜び、エレンの銅像まで建てていました。それと、私事ですが、村長の息子と結婚し子供を授かりました。勿論、名前は"エレン"と名付けました。村の英雄と同じ名前だからと、みんな大賛成でしたよ! 今後の活躍も期待しています。後、たまには村へ帰ってきて下さいね』


 これは10枚にも及ぶ長い手紙の一文だが、ここまで読んでうすら寒いものを感じた俺は、手紙をビリビリに破り捨て、一生村には帰るまいと固く誓うのだった。

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