こういうの、なんと言うのだろう?


 彼らは対面した途端お互いを警戒した。


「頭が高いぞ。犬っころ」

「…俺は狼獣人だ…!」


 相性は決して良くないだろうなぁと思ったら案の定だ。

 相手を紹介する前に喧嘩を売ったルル。犬っころ扱いをされたテオは額に血管を浮き上がらせて、射殺すような目でルルを見下ろしていた。女子に優しくて評判のモテ男も型なしである。


 ──ルルはその立場故に少々傲慢な部分があった。

 でも仕方ないかなぁ、天下のドラゴン様だしなぁ…。人化したルルはテオよりも頭2つ分くらい小さい。見た目は年上に楯突く生意気な少女に見えることであろう。しかし中身は100年以上の永い時を生きてきたドラゴンなのである。


「貴様、主にただならぬ想いを抱いているな? 隠せない欲の匂いがプンプンするぞ」


 なんか不穏なこと言ってるし。言い当てられたのか、テオがギクッとして顔を赤くしている。

 ただならぬ想いって…子分扱いしてることかな。こいつ全然隠してないと思うけど。昔っから変わらず私をいじめるのに尽力してきたいじめっ子だ。周りに魅力的な女子がいても一向に恋人を作らず、子分が帰って来るたびにその顔を確認しに行く群れのリーダー気取りの残念な男である。


「悪いか!?」

「……自分がふさわしいとでも思っているのか? この土地から離れられない臆病者の役立たずに何ができる? 私ならば主に近づく不埒者をひと咬みで始末してくれる」


 ニヤァ…と笑ったルルの口の端に牙が見えた。

 牙ならテオにもあるが、間違いなくドラゴンのルルのほうが咬合力は強いであろう。彼女の実際の身体は私の実家よりも高い。成長すれば更に大きくなるであろう正真正銘のドラゴンなのだ。

 テオは拳を握りしめて何かに耐えていた。

 その手は力みすぎて震えている。爪で手のひらを怪我してしまうんじゃないかってくらい握られていて、私は変なところを心配してしまう。


「うるせぇ…! 仕方ねぇだろ!」

「なにもできないくせに一丁前に雄ヅラか? 私はそういう雄が大嫌いだ。…主に釣り合うとでも思っているのか? ちっぽけな獣人よ」


 ……おそらくルルは、自分と母親を捨てた父親の影響で男嫌いな面があるんだろうな。私の家族に紹介したときも疑心暗鬼な様子だったし、男家族には一切関わりを持とうとしないもの。

 育ての親の老ドラゴンは例外として、雄という存在に不信感を抱いているのではないかと私は考えている。


「お前たちの決まりに縛られない私は何をしても許されるのだ。私を不快にさせるなよ」


 テオも本能でルルには勝てないと察知しているのだろう。ブチギレてもいい頃合いなのに、それを抑え込んで相手を睨みつけるだけにとどめている。

 睨み合う2人。私はため息を吐く。

 帰ってきたばかりで報告とかドラゴンの解体とか日中は色々忙しかったので疲れていたというのもある。バチバチやられるとこっちまで影響受けて更に疲れると言うか…


「ルル、だめだよ」


 私は間に入って2人の視線を遮った。

 ルルは私を視界に映すと好戦的だった表情をすぅっと冷静なものに変化させた。


「…仕方ないな。こんな犬っころでも主の知り合いだもんな」

「うんうん、ありがとうね」

「このクソ女…!」


 なにか癇に障ったのか、テオが後ろで吠えていたので、私はくるっと振り返って1歩前に進む。そしてテオの羽織っているシャツの胸元を引っ張った。

 前かがみになった奴の整った顔に顔を近づけると、私は声を潜めて念押しする。


「…!」

「お願いだからテオも挑発に乗らないで。ルルは人化してるだけのドラゴンなの。こちらの常識が通用しないんだよ」


 何やらテオは頬を赤くしたままぴしりと固まっていた。怒りが抑えられないのかもしれんが、ここは耐えて欲しい。これはあんたのためでもあるんだ。


「もしもルルが本気を出したら、私の力だけじゃ抑えきれないかもしれない。……ルルには色々事情があるんだ。わかってくれないかな」


 私の真剣さが伝わったのか、テオは半開きにしていた口を閉じ、不満そうな顔でなにやらグルグル唸っていたが渋々頷いてくれた。


 今のは明らかにルルのほうが失礼なのはわかっているんだけど、私はまだまだ彼女と出会ったばかりなのだ。完全な信頼関係ができたわけじゃない。必ずしも制御できる保障がないのだ。まだまだ彼女には人間や獣人社会の常識がわからないのだ。

 彼女の怒りに触れてここで暴れられたら一人二人の死傷者じゃ済まなくなるかもしれないんだ。出会い頭に喧嘩を売られたテオには申し訳ないが、抑えてくれて本当に助かる。



 一旦気を取り直したテオは私を見下ろして、全身をくまなく検分した後にこう言った。


「怪我はないか? 変な男にツバ付けられてねーだろうな?」

「ツバなんか付けられるわけ無いでしょ、ばっちいな」


 子分の急な帰省にわざわざ駆けつけてくださったリーダー(仮)は私の健在を確認するとパタパタと尻尾を振っていた。私の無事を喜んでいるようである。

 いつまで私はこいつの中で弱々しい子分なのだろうか。私は魔法という贈り物の力を授かっているのだぞ。ひとりたくましく森で旅をしていたんだからな。


「やっぱり犬じゃないか」

「俺は誰にでも尻尾を振るわけじゃねぇ…!」


 また睨み合いを始めたテオとルル。お互い沸点が低いのかな……


 ──ぐぅぅ…

 そんな時に私のお腹が空腹を訴えて鳴ったので、そのまま2人をその場に放置して家の中へ戻っていった。

 旅中は粗食続きだったのでお母さんのご飯が恋しくて仕方なかったのだ。



■□■



 待機を命じられた私は暇を勉強時間に費やしていた。村の外れにある丘の上にある大樹の根元に座って高等魔術師試験の勉強をしていると、黒い毛玉が四つ足で丘を這い登ってきた。


「…ハロルド、一人で来たの?」


 辺りを見渡すが、彼の両親の姿はない。

 成長とともに行動範囲が広がったと噂のハロルドは単身で丘の上まで登ってきたらしい。

 子熊姿のハロルドは私を探していたようで「こんなところにいたの?」といいたげな表情で私を見上げて、甘えるように私の膝へ上半身を預けてきた。

 ずしりとのしかかる子熊。…重い。一月とちょっと会わないうちに更に大きくなったねハロルド。相変わらず甘えん坊なのは変わらない。…義姉さんが第二子懐妊したとのことなので、寂しいのかもしれない。


「まだ小さいんだから一人で村の外には行かないようにね……」

「くるる…」

「それにしても、よく私がここにいるとわかったね……あ」


 私は気づいてしまった。

 まさかハロルドまで私の匂いをたどってここまで来たのか…? こんな幼い子が嗅ぎ分けられるくらい、私の匂いはそこまで特徴的なのだろうか。


「…私ってそんなに臭う?」

「ぐぅ?」


 まだ言葉を話せる状態じゃないハロルドに聞いても仕方ないのは解ってるんだけど……あ、そうだ、今度ニオイ消しの香水でも作ろうかな…うん、そうしよう。


「…なんでまたハロルドがいるんだよ」


 勉強を中断して、しばらく甥っ子の相手してやっていると、新たにテオがやってきた。テオは私の膝の上に顎を乗っけてウトウトお昼寝をはじめているハロルドを見て微妙な表情を浮かべていた。


「気になる?」


 獣人は子どもができにくい為、その分子どもをものすごく大切にする種族なのだけど、この狼獣人のテオも同じなのだろうか。

 見た目性格からしてらしくないけど。


「いや、その」


 テオは何やら視線を彷徨わせて言い淀んでいたようだが、子ども好きなのは別に悪いことじゃないから恥ずかしがることはない。

 抱っこしたいならそう言えばいいのだ。


「あんたがそんなに子ども好きとは思わなかった」

「…え? あ、いやそういうわけじゃなくて」


 ちょうどよかった。この状態じゃ勉強どころじゃないから、うちに戻ろうと思っていたんだ。義姉さんの元にハロルドを帰してから、自室で勉強に集中したい。


「連れ帰ろうと思ったけど、ハロルド重いから抱っこしてよ。抱っこしたいんでしょ?」

「そういうわけじゃ……まぁ別にいいけどよ」


 なんだか脱力した風なテオだったが、私の膝の上で微睡むハロルドに手を伸ばすと軽々と抱き上げた。いきなり身体が浮いたことに驚いたハロルドは「グギャッ」と悲鳴を上げて暴れていたが、テオがしっかり抱きとめているので安定感は抜群だ。

 ハロルドは自分がテオに抱っこされていると気づくと不安そうな表情を浮かべ、私に向かって手を伸ばしてきた。人見知りだろうか。

 不安に思うことはない。テオは女子どもには優しいと定評があるから。ただし私以外。


「ごめんね。ハロルドはもう身体が大きいでしょう? 私には荷が重いの」


 兄夫婦の大事なお子さんに怪我させるわけにはいかない。無理なものは無理だと言ったほうがお互いのためだと思うのだ。

 鳴き声を上げてぐずっているハロルドをテオに運ばせて私は先導した。目指す先は兄夫婦の住まいである。


「お前は子ども好きか?」

「うーん、得意ではないかなぁ」

「…そうか」


 唐突なテオからの質問に私は首を横に振る。

 子どもとは関わり合いになることもないし、私は愛想がいいほうじゃないので、子どもに泣かれてしまいそうで怖くて近づけないとも言う。

 あ、でもハロルドは可愛いよ。まるで弟ができたみたいで。


「なんだいなんだい、ハロルド連れて散歩でもしてんのかい」


 広場のベンチでテーブルゲームに興じていたおじさんたちが私達に声を掛けてきた。


「ハロルドが一人で家を抜け出してきたみたいだからこれから送ってくるの」

「坊主はすっかりデイジーに懐いたなぁ。…しかしお前さんたち…こうしてみるとどこぞの若夫婦みたいだな」


 わかふうふ? 私は首をかしげる。

 ぴすぴすとぐずるハロルドとテオの顔を見比べ、少し間をおいた後にその単語を理解した私は異変に気づいた。

 こういうからかいの場面で真っ先に「なわけねーだろ」と否定すると思っていたテオが真っ赤になって固まっていたのだ。その異様さに私まで固まってしまった。


「まるで俺と嫁さんの若い頃を見てるようだ」

「ばぁか、お前らこんな美男美女じゃなかったろーが」


 テオをからかって楽しむおじさんたちが「若いっていいよなぁ」とニヤニヤするという変な空気が流れ、私は困惑していた。情けない顔したテオが「からかうなよ…」とおじさんたちに文句を言っていたがその声は弱々しい。

 ……なんだか私まで恥ずかしくなってきた。テオのアホ、なんで照れてるのよ、…否定しないの? 調子狂うなぁ…むず痒くてどう反応したらいいのかわからないじゃないの。


 ──ピィィィ…

 なのでその場に伝書鳩が飛んできたときにはホッとした。皆の意識が半透明な鳩に向いたからだ。

 私の腕に止まった伝書鳩の封を切ると、鳩のクチバシから王太子殿下の声が聞こえてきた。例の魔法庁への登庁日時の連絡である。


『マックさん、連絡が遅れてごめんね。魔法庁への来庁日時の件だけど…』


 それを聞いていたテオが「あのクソ生意気なドラゴン女を保護した件か?」と横から尋ねてきたので私は頷いておく。

 嘘ではない。絶滅危惧種の保護は国に報告する義務があるからね。


 しかし隠していることもある。

 ハルベリオンの人間が老ドラゴンを殺害したこと、返り討ちにあった奴らの遺品を私が魔法を使って保管していること、奴らが国境を超えて還らずの森にやってきたことなどなど…


 不穏だが、不確定なその情報はまだ秘密だ。魔法庁では殿下や役人に報告するけども、この村の中で村長と副村長と私しか知らないことである。

 いたずらに人を不安に陥れてはいけないとの殿下の判断である。

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