1年ぶりの故郷とガキ扱い
1年ぶりの故郷は妙に懐かしく、なんだか切ない気分に襲われた。幼い頃からずっと同じ風景を見てきた。見飽きたと思っていた村だ。居心地が良かったとはいえない故郷だけど、帰ってきたんだなぁって素直に思えた。
私は乗合馬車の窓から外を覗き込み、停留場にいる人影を見て目を細めた。
「デイジー!」
「おかえり」
「しばらく会わないうちに大きくなって。服が小さくなって窮屈なんじゃないの?」
停留場には家族が勢揃いで待ち構えていた。1年ぶりということでお出迎えしてくれたのだ。あたたかい出迎えの言葉と再会に私の表情は自然とほころんだ。
「ただいま」
家族みんなの顔を眺め、最後に視線がたどり着いたのは長兄嫁であるタナ義姉さんの腕に抱かれた子熊の姿だ。
「…この仔がハロルド?」
想像してたよりも大きい。さすが獣人である。
「そうよ、抱っこしてあげて。ハリー、デイジーお姉さんよ。はじめましてね」
母親の呼びかけに反応したハロルドはぼんやり視線をこちらに向けた。
私は末っ子として育ったので下の弟妹というものがいない。おっかなびっくりで腕に抱きかかえると、見た目は熊のぬいぐるみのような甥っ子からはぬくもりと確かな重みを感じた。彼は私をまじまじと見上げおとなしく抱っこされていた。
「…かわいいね」
まるで弟が生まれたみたいな気分だ。
可愛いのは可愛いのだが、抱っこするには結構重い。
私は子守したことがないので抱っこした後何をすればいいのか分からず、助けを求めるようにタナ義姉さんを見上げた。彼女は私の訴えに気がついたのか「重かった? この子他の仔よりも大きいのよね」といいながら私の腕から抱き上げてくれた。
うん、重かった。獣人の赤子って生まれて半年くらいでこんな大きくなるの? 想像よりも大きくてびっくりしたよ。いや、熊獣人だから大きいのかな?
「さぁデイジー、うちに帰ろう。色々と話を聞かせてくれ」
お父さんに促されて帰宅すると、片付けもそこそこに一年の間に何が起きたのかを詳しく話すことになった。
話したのは手紙に書いていた内容を詳しくした話である。濃い一年間だった。だけど勉強以外にも学びはあった。いいこともあったけど、悪いことも同じくらいあった気がする…
「デイジーが友達の話をするのは初めてだな」
リック兄さんに言われて、私は苦笑いした。私はこの村では異物で、王都でも異物扱いだった。友達なんかいなかった。
…一人ぼっちに慣れていたのに、カンナはそんなの無視して一直線でやってくるんだ。あの子の呑気な笑い声がなんだか恋しくなってしまった。
「カンナには本当に感謝してる。あのときの私は怒りで感情と魔力をコントロールできなかったから…下手したら、貴族様を攻撃した罪で私は処罰されていたかもしれないもの」
王侯貴族と親しくなった私に悪意を持った貴族子女たちに害虫毒虫を引っ掛けられ、高圧的な態度で暴言を吐かれつつ、集中攻撃されて反撃した。
その流れで仲裁に入ったカンナが貴族側の攻撃で大怪我を負ったこと、彼女は私のこれからの学校生活に影がさすのではと危機感を抱いて、身を挺して止めてくれたのだと説明すれば、家族は納得した。
私がなぜ、感情コントロールできずに反撃したのか、その理由は少しだけ誤魔化した。獣人差別発言のことは家族には聞かせたくない内容なのだ。
「…難しいな。魔力持ちの子どもは国で手厚く保護される存在だ。国としては優秀な生徒を抱え込みたいと考えるのが普通だろうから、殿下方のやっていることは当然のことだが…それを面白くないと思う貴族の存在か…」
「目立つ人間は叩き潰される。…わかってる、大丈夫。もうそれに彼らとの交流はしないことにしたから」
いつだってそうだ。
人一倍突出していたら、目立っていたら、遠巻きにされて、悪意を持った人間に叩き潰される。
泣きを見るのはいつだって下の身分の人間ばかり。
「…私の目的は上流階級の人と仲良くなることじゃない。目的は履き違えてないよ。…私は立派な魔術師になってみせる。二度と誰にも文句を言わせないように」
だから私は頑張らなきゃならない。
自分を守るためにも、家族が悪く言われないためにも。
「飛び級試験に合格したから、次は5年になるの。次もまた飛び級することも考えてる。一日も早く卒業して、魔術師になったその時は皆に恩返しするから」
それは私の純粋な気持ち。
ずっと昔から抱いていた感謝の気持ちだ。
だけど、家族皆は苦笑いを浮かべていた。
「気持ちは嬉しいけど、恩返ししてもらうために家族に迎えたんじゃないんだよ」
お母さんのカサついた手が頭を撫でてくる。その焦げ茶色の瞳は優しく、私を見守り続けてくれていた。
「お前が幸せになってくれたら父さんはそれ以上のことは望まない」
お父さんはお母さんと私をひとまとめで抱きしめてくる。兄さんたちもそれを優しく見守っていた。
私は今でも守るべき子どものままなのだろうか。私はもう決して弱い子どもじゃないのだ。皆を守る力を手に入れた。
なのに、まだ頼りない子どものままなのだろうか…
あたたかい言葉を掛けてもらったはずなのに、私はなんだか悲しい気持ちになってしまった。
■□■
乗合馬車の長い旅の疲れを癒やした翌日。町に薬を売りに行こうと考えていた私は丘の上で朝から薬の製造をしていた。
ここ最近は考えることが多すぎる。頭の中がぐるぐるしっぱなしであった。
「デイジー、テメェこんなとこいやがったのか!」
私の思考の妨害するかのようにアホ犬が怒鳴り込んできた。
昨日は珍しくテオのお出迎えがなかったなーと思っていたら、家族で話をするからお出迎えは控えてくれとうちの兄さんがお願いしていたからなのだという。
静かで良かったと思ったけど、静かなのは一日だけであった。
私は眉間にシワを寄せてその声のする方へ視線を向け……余計にシワを深くしてしまった。
そこにいたのは成人と言っても差し支えない狼獣人……
…誰だよ。
いや、顔はテオの面影バッチリだけどさ、一年会わないだけでこんな成長する? ただでさえ身長差あったのに、今じゃ年齢も同い年に見えないんじゃないの?
今年同じ15歳になるんだよね? 嘘でしょ、もう成人してんじゃないのあんた。
「……テオ?」
もしかしたらテオの親戚のお兄さんかもしれないと思った私は疑問形で問いかけた。すると奴は不機嫌そうな顔を余計に不機嫌な面構えで睨みつけてきたではないか。
「俺以外の誰がいるんだよっ!」
「縦にも横にもでかくなりすぎなのよあんたは。誰かと思った」
奴が声変わりした時点で違和感マシマシだったけど、ここ数年の成長の速度には度肝を抜かされる。獣人と人間の差がありありと…私も身長が結構伸びたのだけど、それをさらに引き離された。
薬をすりつぶす作業を止めて立ち上がった私は奴を見上げて渋い顔をした。なんか負けた気がして悔しい。
テオは私に文句を言いに来たのだろうが、私の姿をまじまじ観察しながらなんか黙り込んでいた。
「…なによ、ちんちくりんだとでも言いたいの?」
言っとくけど、私は人間の同年代女性の中では平均以上の身長なんだよ。獣人が別格なだけ!
奴を睨みつけると、テオは我に返った様子ではっとした。
「そうじゃねぇ! 前の休みなんで帰ってこなかったんだ!」
見た目はすごい大人っぽくなっているのに中身がまんまじゃないか。驚きが吹っ飛んでいってしまった。
冷静になった私は所定の位置に座って、中断していた薬の製造を再開した。
……帰ってこなかった理由、兄さんたちから話聞いてないのかな?
同じ話するのは面倒だし、テオに至ってはただの幼馴染なので詳細を話す必要性はないだろう。なので省略して話すことにした。
「…飛び級試験受けるために逗留していたのよ。王都の図書館にはものすごい書物があるの。その御蔭で今度5年生になるのよ、すごいでしょ」
嘘はついていない。すべて本当のことである。なのにテオは変な顔していた。
「お前何そんな急いでんの? 6年制の学校を3年で卒業するつもりか?」
その言葉に私までつられて変な顔をしてしまう。
「……早く魔術師になるために決まってるじゃない。私は高給取りになりたいの、ならなきゃならないの」
そう、もっと力がほしい。力及ばずで悔しい思いはしたくない。私の生き方次第で家族が悪く言われる恐れだってある、恥じない生き方をしなくては。
「お前…カネカネって…可愛げがなさすぎるだろ」
その言葉に私はムッとした。
完全自給自足して誰にも頼らない生活が出来るなら話が別だろうが、それは無理だ。物々交換出来る環境でなければ、結局はお金が必要になる。
お金があれば大抵のことは出来る。貧すれば鈍するともいう。お金はあるだけあったほうがいいに決まっている。
「お金は幸せの全てよ、いくら愛があってもお金がなきゃその愛は冷めるものなの。テオもお嫁さんをもらう気ならそれを理解しておくべきね」
「はぁぁ? なんだそれ」
それらしく偉そうに教えてあげると、テオは口をへの字にしていた。
テオは社会人として働いているのだ。お金の大事さはすでにわかっているだろう。
「…お前は、金を稼ぐ男のほうがいいのか?」
その問いかけに私は首を傾げた。
なぜ私の話になるのか。
「…ないよりはマシでしょう。最低限家族にひもじい思いをさせない程度の稼ぎは必要だと思う」
まぁ私はそこまで結婚願望がないから、自分で自分を養う気ではいるけど。自分の力で生きるのが目標なんだ。
「ふーん…そか」
何故か一人納得しているテオ。よくわからんが参考になったなら何よりだ。
でもあんたなら引く手あまただと思うからそこまで考え込まなくていいと思う。この村の女性なら働き者も多いし、木の根っこを噛みしめるような貧しい生活とまでは行かないだろう。
ぐつぐつと鍋の中の薬液が煮たつ。隣で「草くせぇ」と薬の匂いに文句をつけるテオを無視して鍋を火から下ろすと、それを一旦冷ます。
話は終わったはずなのに、テオは私の隣に座って私の作業を眺めていた。視線をチクチク感じるが、まだまだ作らないといけない薬があるんだ。相手はしてやらん。
「リボン、使ってくれてるんだな」
そう言って私の髪の毛を触ってくるテオ。作業中だからやめろ、手元が狂うじゃないか。
確かに以前貰ったリボンを髪の毛に編み込んでおさげにしているが、特に深い意味はないからな。
なんかあんたの髪の毛の触り方、変。なんでそういう触り方するのよ。落ち着かなくなるからやめて欲しい。
「…あんたさぁ、そうやって女の子の髪を触ってたら勘違いされるよ」
私はまっとうなことを言ったつもりだ。
女の髪の毛というものはベタベタ触るものではない。手出ししまくって誤解された後で痛い目を見るのはこいつである。
幼馴染として忠言してあげたのだが、テオからは呆れた視線を向けられ、ハァッと大げさすぎる大きなため息を吐かれた。
「……お前って中身ガキなのな」
馬鹿にするような視線を向けられた私はピキッと来た。まさかのガキ扱いである。同い年のアホ犬に。
私はあんたにバカにされるようなことは何一つしていない。撤回しろ。
「なにそれ、それ聞き捨てならない」
あんたに言われたくないんですけど。
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