怒りの暴走

 相手から放たれる攻撃を、チョロチョロ避けながら時折防御呪文で対抗しているが、次から次にやってくる攻撃は終わりそうにない。

 むしろ相手は害虫駆除とばかりに面白がって容赦なく攻撃魔法をふっかけてくる始末である。


「意外とすばしっこいじゃない…! 今度は当てるわよっ」


 そう言って土の元素を操り、石つぶてをぶつけようとする貴族令嬢。古代の処刑方法みたいな攻撃はやめてほしい。

 4人がかりで攻撃されているけど、私はなんとか逃げ切れていた。なんというか村のいじめっ子らに追いかけ回されていた経験が役に立ったみたい。彼らは獣人に比べたら動きが遅いので、どう動くか、どこに攻撃が放たれるかが予測できるんだ。

 アホのテオに追いかけられ引っ倒された日々は無駄じゃなかったというのか。こんなところで役に立つとは。


「山猿みたいね。さすが獣人に育てられた卑しい子だけある!」


 ……?

 話したことのないお貴族様にも私の出自が知られてるの…? 別に隠していないけど、普段関わり合いのない人にも知られているっていうのはあまり気分良くないな。…王太子殿下やファーナム嬢が話したのかもしれない。


「あなた捨て子だったのでしょう? かわいそうにねぇ」


 そう言いながら全く同情した様子はない。軽蔑と侮蔑の眼差しで私を嘲笑しているだけだ。

 捨て子ってだけで馬鹿にしてくる人は他にもいた。村の悪ガキ共がからかうような口調で言ってくる事はあったけど、それとは違う。…町で知り合った子の親に「あの子は捨て子だから話しちゃ駄目」と私の目の前で言われたこともある。


 私は何も悪くないのに理不尽な理由で遠巻きにされたことは何度かある。同じ人間にも私は捨て子という理由で省かれようとしたことがあるのだ。

 捨て子だった子は孤児院に送られ、その後の人生では犯罪に手を染めたり、身を売ったりする事が多いので、色眼鏡で見てしまうのだろうが……

 私が勉強する理由のひとつはこれだ。私を見下す人にその口を開かせないくらい優秀な人材になってみせること。

 私は自分を見下す人に負けたくはないのだ。だから何を言われても歯を食いしばってその怒りや悔しさを勉強にぶつけてきた。


 こんなところで聞き慣れた言葉を言われても、その怒りが私の原動力になるだけ……


「獣との混ざりものの汚らしい獣人に育てられた小娘が、尊い身分の方に近づけると思うのが大間違いなのよ」


 その言葉に私の足は止まった。

 私にとっての禁句なのだ。


 クスクス、と笑う貴族共。

 優雅に笑っているつもりなのだろうが、その笑い顔すら不快だ。そんな見るに堪えない醜悪な笑顔、はじめてお目にかかったよ。


「…取り消せ」


 私の様子が変わったことに気がついたのか、相手はにんまりと愉快そうに笑っていた。私が反応したことが嬉しいのだろう。


「野蛮で卑しい獣人に育てられた捨て子って言葉? 本当のことじゃない」

「……私の家族を侮辱するな…!」


 私の家族は優しくて強い獣人だ。

 葛藤もあっただろうに、過去の人間から虐げられた歴史を私にぶつけてくることなく、理性的に、そして大切に育ててくれたんだ。実子との差もなく、それ以上に女の子だからと大事に大事に育ててくれた。私のやりたいことはだいたい叶えてくれた…!

 人の生まれや育ちをそうやって馬鹿にして悦に入ってるあんたらのほうがよほど卑しいくせに…!


 自分をバカにされるのは我慢できるが、家族をバカにされるのは許せない。私の中で怒りが全身に満ちて溢れそうになる。

 体内に宿る魔力が、抑えられない。


 ──ピシャァァァン!!


 先程まで晴天だった空から突然の落雷。

 頭のどこかでだめだ、落ち着けと言い聞かせようとする声が聞こえるけど、私は自分の素直な感情で頭がいっぱいだった。


 許せない許せない。こんな奴らに負けてたまるか…!

 ザバァとバケツを引っくり返したような雨が降り注ぐ。頭上で雷鳴の轟く音が響き渡っていた。私と相性のいい水と雷の元素が私の怒りに共鳴しているんだ。


「謝罪しろ…!」


 私は目の前に棒立ちした貴族連中に怒鳴りつけた。

 彼らは突然の雷雨に驚いて固まっていたようだが私に怒鳴りつけられてハッとした様子を見せていた。


「そうだ、私は生まれて間もない頃に捨てられたんだ。…獣人である私の家族は、人間を憎む村人から私を守りながらここまで育ててくれたんだ。私の家族は強くて優しくて素敵な獣人なんだ! ……私の家族を謗るなら貴族だろうとなんだろうと、容赦しない…!」


 悔しくて腹立たしくて私は拳を握りしめる。怒りを魔力として暴発させているが、私の怒りは収まるどころか、どんどん溢れかえっていく。感情も魔力も制御できない。

 目の前の貴族たちを叩き潰してしまいたいという衝動に襲われていた。


 私はゆっくり腕を天に伸ばすと、雷が踊る曇天の空を見上げて叫んだ。


「我に従う雷の元素たちよ…!」


 コイツらに泡を吹かせてやる。

 特大の雷を落とそうと呪文を唱えようとした。


「デイジー! だめっ!」


 だけど、呪文の途中で妨害を受けた。

 相手はカンナだ。

 なぜ邪魔をするんだ。私は彼女の拘束を振り払おうと暴れるが、彼女は決して私から離れようとしなかった。


「だめよそんな事しちゃ…!」

「だってこいつら私の家族を侮辱した! 許せない!」


 まさかカンナまでコイツらと同意見だとでも言うのか!?


「我に従う風の元素たちよ! 切り裂け!!」

「! 土の元素よ、我らを防御せよ!」


 私達がわちゃわちゃして油断している隙をついたのか、貴族側が風の元素を操って攻撃呪文をふっかけてきた。

 私がそれに対抗しようとしたら、カンナが身を挺して私を庇った。彼女の属性である土の元素による防御壁は私達を守るように覆ったが、それだけでは切り裂き魔法を防げなかった。

 風が刃物のように防御壁を切り破り、私達に襲いかかる…!


「きゃああああ!」


 目の前に広がる血しぶき。もろに攻撃を被ったカンナが悲鳴を上げた。

 ──なんで、私を庇うんだ。

 私はテオに暴れ馬から庇われた日のことを思い出して一瞬頭が真っ白になったが、すぐさまカンナに治癒魔法をかけた。


「私に従うすべての元素たちよ、デイジー・マックが命ずる。カンナ・サンドエッジを治療せよ」


 血まみれになったカンナに治癒魔法をかけると、切り裂かれた皮膚はすぐさまふさがった。しかし、血を流しすぎたカンナの顔色は芳しくない。


「何の騒ぎだ!」


 今頃になって来てももう遅い。

 私はぐったりして意識を失っている血まみれカンナを抱きかかえて、やってきた人物を睨みつけた。


「…マックさん、これは一体」

「殿下! お聞きください。この者は生意気にも私どもに逆らってきたのです」


 王太子殿下はまず私に声を掛けてきたのだが、貴族連中は身の保身みたいなことを言っていた。

 そもそも喧嘩売ってきたのはそっちだし。確かに私も反撃したけど、最初に攻撃仕掛けてきたのそっちだし。最終的に傷ついたのこちらだし。


「…何を言われても、何をされても我慢できるというわけじゃないんですよ!」


 私は叫んだ。

 怒りとか悲しみとか悔しさとか憎しみとか、私の中でごちゃごちゃになってまた暴発してしまいそうなところを抑えて叫んだ。


「捨て子だからって、育ててくれた獣人の家族を謗られて、友人に怪我を負わされて黙っていられると思いますか!?」


 それで私が悪いと判断されるなら、この国はおかしい。そんなことのために身分ってものが存在するのか。そんな害しかない貴族、庶民には必要ないだろう。敬う価値もない。


「こんな人達を貴族という立場ってだけで敬えるわけがないでしょうが!」


 私が睨みつけると、連中も睨み返してくる。…絶対にあいつらは「自分は悪くない」と思っている。庶民一人が傷ついても、全く心が傷まないのであろう。

 お貴族様という連中の性根がよくわかった。


「…絶対に許さない」


 カンナが止めるからこれ以上の攻撃はしない。

 だけど、されたこと・発言全てを絶対に許さない。


「カンナが止めるから雷を落とすのをやめたんだ。あんたらはカンナに感謝すべきだ!」


 私はカンナを自分の背に乗せると、ゆっくり立ち上がり、踵を返した。後ろで殿下が呼び止める声が聞こえたが、無視させていただいた。

 彼女は大量に血液を失って危険な状態だ。すぐに医務室で造血剤を投与してもらったほうがいい。私は速歩きでサカサカ歩いていたのだが、耳元で「う…ん」とカンナが声を漏らす音が聞こえた。


「あれ…デイジー…?」

「おとなしくしてて。カンナは血を流しすぎたのよ」


 意識が戻ってきたなら良かった、と私はほっとため息をひとつ。


「…私を庇ったりするから、しなくていい怪我を負ったんだよ。私は自分の身くらい自分で守れるってのに」


 庇ってくれてありがとうとお礼を言うべきか迷ったが、それはちょっと違うな。

 あそこはカンナが割って入ってくる場面ではなかった。カンナを巻き込む気は毛頭なかったのに、大惨事に発展してしまった。


「私とあの貴族たちの間の喧嘩だったのにどうして邪魔したの」

「私が間に入らないと、デイジーは相手を傷つけていたでしょ? そしたらデイジーが傷ついちゃうもん」


 カンナは「お貴族様を庇ったんじゃないよ、デイジーが傷つく姿を見たくなかっただけ。止めないとデイジーの夢が絶たれちゃう可能性もあるでしょ?」と平然とした口調で言った。

 私は言葉を失くす。

 何を言っているのだ、カンナ。


 私の胸の奥から怒りとか悲しみとは違う感情がじんわりと染み出してきて、心にあたたかい炎を灯した気がした。先程まであった負の感情が溶けて蒸発していくようだ。

 鼻の奥がジンとしびれ、何かがこみ上げてきたが、それが溢れてこないように私は口ごもった。


「デイジーは家族想いだもんね。あれで怒っちゃうのは仕方ないよ。でもすごかった、4人相手に余裕で戦うデイジー、カッコよかったよ」


 さすがデイジーだね、うふふ。といつもの呑気な笑い声が聞こえてきた。

 愛想のよくない私にいつもウザ絡みして来るカンナ。何かと気にかけてくる鬱陶しいルームメイトは私をそんな風に思っていてくれたのか。

 今更になって気づいた私はなんともいえない感情に襲われた。


 自分の頬を伝う何かに気づかないふりして、カンナをおんぶしたまま無言で医務室までの道を歩き進めていったのである。

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