乙女心イコール複雑怪奇


 完売御礼。

 薬は各種多めに持っていったのだが、あっという間に捌けてしまったので、私はさっさと村へと帰宅した。途中、リック兄さんが友だちに声を掛けられていたので、そこで別れて私は一人で家までの道を歩いていた。

 私の手にはデイジーの花。それを見ていると自然と頬が緩んで一人で笑ってしまう。傍から見たら不審者そのものだけど止められない。


「おい、もう出歩いて大丈夫なのか?」


 私の足はピタリと止まる。

 ちらりと後ろを見たら、仕事途中っぽいテオの姿。おでこにタオルを巻いて汗だくになっている。そういえばここテオの職場のすぐ側だった。

 今日は比較的過ごしやすいが、工場の中は暑いのか、奴はめちゃくちゃ汗だくであった。テオは初等学校卒業後、村の外れにある工場に就職した。他の同級生も似た感じである。むしろ私みたいに進学している方が珍しいくらいなのだ。


 …そういえば、テオも私のお見舞いに来たらしい。『心配心配ってうるさいから部屋に入れてやったけど、お前の側から離れないもんで追い出すのが大変だった』とリック兄さんが話していたが…。こいつ、私が寝てるのをいいことになんかイタズラとかしてないでしょうね…。

 思わず疑いの眼差しを向けてしまう。


「お陰様でね。もう全快」

「そうか……で、その花どうした?」


 テオの視線は私の手元に集中した。テオのくせに花に意識が向くとか…驚きである。

 私は少しばかり優越感を抱いていた。このアホ犬にはさんざん「お前は男にもてねぇ」「誰にも相手にされない」とボロクソに詰られたことがあったので、少しばかり仕返しがしてやりたくなったのだ。


「男の子に貰ったのよ、いいでしょ」


 私は意地悪にふふんと笑って見せた。どうせこいつのことだ。「ばーか、そんなわけねーだろ」って、からかって終わるんだろうけど…


「はぁ!? 誰だよ!」


 意外と喰い付いてきた。

 少しびっくりしたが、テオの反応が面白かったので私は自信満々に答えてあげた。


「テオは知らない町の男の子よ。私も捨てたもんじゃないでしょ?」


 小さな男の子からの純粋なお礼なんだけどね。今までの仕返しも兼ねてからかってやっただけなのだけど……テオの喉奥からグルグルと唸る音が聞こえてきて、少し様子がおかしいことに気がついた。…なんだか奴が怒っているように見えるのだ。

 テオがすっと腕を伸ばして来たので私はサッと避ける。


「な、なにするの!」

「その花よこせ」

「いやよ!」


 何を思ったのか、花を奪おうとするので私は走って逃げる。テオはその後を追いかけてきた。あんた仕事中じゃないのか。いいのか私を追いかけたりして。

 あっこれなんか知ってる! 幼少期に逆戻りである。勘弁してよ私は獣人みたいに運動神経がいいわけじゃないんだからぁぁ!


 病み上がりの全力疾走は堪える。私の息はあっという間に切れた。もうすぐで捕まる、ってときに私の目の端にキラキラと光に反射する金色を見つけた。


「ミア!」


 彼女はこちらを静かに眺めていた。当然のことながら、最後に見た際どい衣装ではなくいつもの普段着。村の特産である頑丈な布で作られたワンピースはミアが着こなすと最先端の流行みたいに見えるからすごい。

 私らしくもなく大声を出したせいかミアはびっくりして目を丸くしていた。


「もう大丈夫なの?」


 実はあの時、ミアはガマガエルに違法薬物を嗅がされていたらしく、精神的にも身体的にも正常じゃなかったそうだ。部屋で嗅いだあの変な匂いの正体はそれだったようだ。

 私は一瞬しかあの場にいなかったのでなんともない。お医者さんの診断も受けて異常なしと言われているが、ミアは薬の効果を抜くために投薬治療を受けていたと聞いた。


 薬物を使用したのが一度だけだからミアは今こうして普通でいられるけど、何度も使用を繰り返すと依存して廃人になってしまう恐れのある薬のため使用が禁止されているのだ。

 あのガマガエルは前いた街でも同じように女の子を拉致して、薬漬けにしておもちゃにしていたそうだ。今までそれが露見されてこなかったのが驚きである。


 とりあえずガマガエルが苦役で他の囚人からボコボコにされたらいいなと私は陰ながら願っている。


「うん、もう大丈夫。デイジーこそ魔力使いすぎて昏睡していたんでしょ? それ知った時びっくりしちゃった」


 まいったな、魔法でミアをかっこよく助けました。で終わらせたかったのに、私が衰弱してぶっ倒れたことを村中の人が知っている。頑張って家まで耐えたのに恥ずかしい。私めちゃくちゃかっこ悪いじゃないか。

 魔力持ちの人間を診たことのある町のお医者さんにも、私はまだまだ成長期だから魔力が不安定なのもあって、無理すると身体に反動がでるから、考えなしに魔力を使っていたらまた衰弱するよと怒られてしまった。


「魔力を使いはじめて1年とちょっとだもん、仕方ないよ。大丈夫、すぐに扱いに慣れるから」


 ミアが気に病まないように私は拳を握って力強く宣言したけど、ミアの表情は曇ったままであった。


「…デイジーにすごい力があるのはわかってるの。だけどいつか自分を顧みずに無茶するんじゃないかって私心配だわ」


 その言葉に私は思わずきょとんとする。

 そんな大げさな。私だって自分の命は惜しい。好き好んで無茶なことはしないよ。


「大丈夫、私は高等魔術師になるんだもの。今の私は未熟だからぶっ倒れちゃったけど、二度と同じ轍を踏まないから心配しないで」


 そのために沢山勉強して、魔法魔術を会得して、正式な魔術師となって、上へ登りつめてみせるんだ。

 魔法魔術は時に相手を傷つけることもある。だからこそ、私は自分の力を私利私欲のためには使わない。人を守るために使うのだ。


「デイジー……あ」


 ミアが何かに気づいた表情を浮かべて顔を上げた。

 私は気づいていなかった。

 私の背後に奴が迫っていて、その手が迫っているのを。

 私が振り返ったときにはもう遅い──バッと手に持っていたものが奪われた。デイジーの花が奪われたのだ。


「…ちょっと! お花返してよ!」


 何すんだ、このいじめっ子テオめ!!


「うるせぇ! 男からもらったこんな草花いらねぇだろ!」

「いるよ! それ私と同じ名前の花なの! 本の栞にするから返してよっ!」


 奪われた花を取り返そうと腕を伸ばしたが、悔しいかな、年々広がっていく身長差が憎い。私はぴょんぴょん飛んでみせるが取り戻せない。

 14歳にもなろうって男がこんな子どもじみた嫌がらせするなんて恥ずかしいと思わないのか!


 私とテオはしばらくキィキィと言い合いしていたが、テオの職場の親方がテオがサボっていることに気づいて怒鳴りに来たことで解散となった。奪われた花は親方経由で返して貰った。

 テオはふてくされた顔をしてすごすごと持ち場に戻っていた。ざまぁみろ。


「全くもう! 少しは成長したかと思ったらあいつはっ」


 リボンをくれたり、重い荷物を持ってくれたりするから少しは大人になったのかな? と思ったらまぁた逆戻りすんだから!

 他の女子に向ける優しさを私にも向けたらどうなのよっ!


「……私はデイジーが羨ましいけどな」


 私がぷりぷりしていると、ミアがぽつりとそんなことを言った。

 私は耳を疑った。ミアは今なんと言った。


「テオがあんな風にムキになるのはデイジーだけだもの。…ずっと昔から、デイジーにだけ」

「…いや、あの、私いじめられ続けていたんですが」


 ミアさんあんた何言ってらっしゃるの? 私は幼少期から追いかけ回され、引っ倒され、噛みつかれ、髪を引っ張られ、からかわれ続けたんですよ? それを、羨ましいとか……


「私がもしも、他の男の子にお花を貰ったと言っても、テオはあんな態度とってくれないわ」

「……」


 そんな事を言うミアが遠い星の生物に見えた。

 乙女心は複雑怪奇である。私は同じ女であるはずなのに、彼女の言い分を全く理解できなかった。



■□■



「ほら」

「……」


 新学期が始まるため、学校へ向かう乗合馬車に荷物を詰めていると、毎度おなじみのお見送りに来たテオが花を突き出してきた。デイジーの花である。


「なによ、この間は草花って馬鹿にしてたくせに」

「あれは他の男から花をもらうお前が悪いんだろ!」

「はぁ? 別にいいじゃないそのくらい」


 テオはぶすくれた顔をして「よくねーよ」と反論してきた。花をもらうことの何が問題なんだ。面倒くさい奴だな。

 あの日、男の子に貰った花は栞にして、今は自習ノートに挟んでいる。もう奪わせないからな。


「虫付いてないのちゃんと確認したから受け取れよな」


 歯やらリボンやら花やら…ここ最近のこいつの中では贈り物がブームになっているのであろうか。…いらないって言っても、受け取らなきゃ無理やり押し付けてくるんだろうなぁ。


「はいはい、ありがと」


 私が素直に受け取るとテオはフンと鼻を鳴らしていた。なんか偉そうだなこいつ。


「テオお前な…小さい子どもがお礼に渡した花にいちいち嫉妬するんじゃないよ。男ならもっと広い心を持て」

「…は? 小さい子ども…?」

「じゃあいってきまーす」


 見かねたリック兄さんがテオを窘めようとしていたので、私はこれ以上絡まれないようにさっさと馬車に乗った。


「出してください」


 私が馭者のおじさんを促すと、ギィ、と音を立てて馬車の車輪が動き始めた。


「テメッデイジー! 俺のことおちょくったのか!?」


 負け犬がなんか吠えてる。私は乗合馬車の窓を開けて、テオに向けてべぇっと舌を出してやった。

 別に嘘はついてないからいいでしょ。


「いってきまーす!」


 腕を振って家族に行ってきますと叫ぶと、私は顔を引っ込めて席に着き直した。

 魔法魔術学校での新学期、新学年が始まる。お次は3学年に飛び級だ。教科書を開いて休みモードから学校モードに切り替える。移動時間も無駄にしない。

 さっさと勉強だ!

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