カンニング疑惑


「ガリ勉女」


 それはすれ違いざまに吐き捨てられた言葉だ。


「なぁに!? あれ!」

「カンナ、いいから」


 一緒に歩いていたカンナが憤っていたので、彼女の腕を掴んで制止する。私がガリ勉なのは否定しないし、はじめて言われた言葉ってわけでもない。その言葉は聞き飽きた。全然刺さってこないから平気である。


 どうやら私はこの学校でも異物扱いのようである。同じ人間相手でもこうなるんだ、私は少々変わっているのかもしれない。

 とはいえ、今更自分のやり方を変える気はなかった。悪口を言って何になるというのだ。悔しければ私に勝ってみるがいい。ただそれだけのことである。


 カンナはいつもどおり接してくれるが、クラス内でも私は浮いていた。それはいつものことなのであまり気にしていなかったけど、私が目につくからそうやって悪口で傷つけようとしたのであろう。

 カンナからは「言い返さないの?」と不満げに返されたが、相手するのは時間の無駄である。もうすぐ試験がやってくるのだからな。

 そもそも言い返して相手が黙る試しがないだろう。相手は私を嫌いだからそうやって傷つけようとするのだから…


 しばらく無視していたが、彼らの嫌がらせは言葉だけじゃなく、実力行使に移り始めた。

 一度、誰かの手によって火の魔法で全身火だるまになりかけたが、それは私の周りの水の元素が勝手に助けてくれたので私は無傷であった。

 仕組んだのは多分火の元素を操るのが得意な人間だ。特定は簡単であろうが……とにかく面倒なのと、大事にしたくなかったので何も言わなかった。どうせそういう人間は先生に言いつけても同じことを繰り返す。村の学校の悪ガキ共と同じだ。

 私は鼻で笑って無視してあげたのだ。相手にしてやる価値もないとね。私は勉強で相手を認めさせてやると決めた。


 クラスメイトが私を遠巻きにして、一部の人間が悪意を向けてきている期間中も、私は勉強していた。泣き言を言うカンナの面倒を見つつ、テスト勉強をしていた。なので試験当日も落ち着いて迎えることが出来たのだ。心の余裕って大事。

 先生が配った問題用紙と解答用紙。裏返しになったそれをじっと見つめながら、私は気が急いていた。早く解きたくてたまらなかったのだ。


「では、始め」


 先生の合図とともに生徒たちが机の上のテスト用紙をめくる音が聞こえてきた。私は自分の名前を書いた後、ザッと問題を読んで、早速第一問から解き始めた。

 カリカリカリカリと羽ペンの動く音が聞こえる中、私は問題に集中していた。テスト中なこともあって、周りの気配に鈍感になっていた。


 ──パサッ

「…ん?」


 解答を記入していた私の手元に折りたたまれた紙が飛んできた。

 なにこれ…ゴミ? それをじっと見つめてしばし考え事をする。


「あっ! デイジー・マックがカンニングペーパー持ってるぞ!」


 その告発にクラス中の生徒がドヨッとどよめいた。私は急に告発され頭ポカーンとしていた。いえ、これ今飛んできたんですけど。

 私が顔を上げた先には、ここ最近私に嫌味を言ってくるようになった男子の姿。私が気に入らないのか、休み時間もこっち見て大声でわかりやすく悪口を言っている奴である。大人にバレないように気の弱い人を利用する、狡猾でネチネチしていて女の腐ったような奴だ。村の悪ガキ共が可愛く感じるくらい、彼は陰湿な性格である。

 そして恐らく、私を火だるまにしてやろうと火を付けた張本人でもある。


 あぁ、こいつの仕業か。

 そんなに私のことが目障りなのか。大して話したこともないってのに。勉強できる私が気に入らないとでも言うのか?

 冤罪をなすりつけられて焦っていたが、誰が足を引っ張ろうとしているのかわかったら急に頭が冷えてきた。


「…なぜ、私がカンニングなんかしなきゃならないのよ」

「その紙が証拠だろ! 言い逃れはさせないぞ!」


 私が罰せられることがあれば、こいつは喜ぶのであろうか。

 この野郎…!


「…マック、その紙を渡しなさい」


 監督をしていたビーモント先生がこちらへ歩いてきて、手を差し出してきた。


「先生! 私は何もしてません!」

「いいから貸しなさい」


 身の潔白を信じてもらいたくて先生に訴えたが、先生は無表情でカンニングペーパーを渡せと言ってくるのみ。私は悔しい思いを押さえつけて、投げられたカンニングペーパーを先生に手渡した。


「先生! そいつ追い出しちゃいましょうよ!」

「秀才とか言われてるけど、今までのテストもカンニングしてたの?」

「そこまでして学年トップになりたいの?」

「引くわー…」


 ヒソヒソ声にしては大きな声でクラスメイトが口々に勝手な憶測を述べる。私は屈辱で震えた。

 私はそんな卑怯なことはしない! すべて私の努力の結晶だ。こんなことで……! 

 拳を握りしめると、爪が食い込んだ手のひらが痛い。だけどそうでもしないと悔しくて悔しくて、怒鳴り散らしてしまいそうだったから。


 カンニングペーパーを開いて、中身を確認していた先生ははぁ…とため息をついた。

 私は失望されたのだ。何もしていないのに、あるはずのない罪を被せられ……


「カーター…残念ながら、これは違うな」

「…は?」


 しかし、先生の口から飛び出してきたのは違う言葉であった。


「皆には伝えていなかったが、今回マックのみ、2年生の範囲までの総復習テストを実施しているんだ」

「は…?」

「彼女には近々飛び級試験を受ける予定があるんだ。今日は力試しも兼ねて、彼女だけ特別テストを与えている」


 先生の言葉に告発者カーターだけでなく、他のクラスメイトが呆然としていた。テスト用紙を配る時、私だけ皆と違う問題用紙解答用紙が配られたのだ。そのことは私には事前に知らされていた。


「この紙には1年生の範囲しか書かれていない。…カンニングするにはちょっと無理があるな」

「そんなっ」


 納得いかないと噛み付いてくるカーターを見た先生はなんだか残念そうな顔をしていた。


「それとな、カーター。先生は生徒たちの文字のクセをなんとなく把握しているんだ。……カーターはこの間の小テストでも同じスペルミスをしたな。…復習してなかったのか?」


 カンニングペーパーを見せながら先生が言った言葉。それすなわち、犯人がカーターであると見抜いているということである。カーターは顔を赤くしたり青くしたりして口をパクパクさせている。


「…席に着きなさい。カーターには後で話を聞こう。皆テストを続けるように」


 教室内が変な空気になったが、先生がテストを続けろと指示したので、皆困惑しながらもテストを再開していた。

 動揺はしたけど、私は気を取り直して問題を最後まで解き、見直しまで完ぺきにこなした。──その結果、満点を取れた。



 そんなわけで私は飛び級試験を正式に受けることが決まった。

 ペーパーテストと実技を兼ね揃えたそれは魔法魔術省のお役人が監督して行われる、先生は介入しないので、ズルもえこひいきも出来ない。緊張したけど、自分の実力が測られるということもあり、ゾクゾク身震いした。

 出来ることはやった。自分の力を出し切れたと思う。





 飛び級試験数日後、私に届いたのは飛び級許可証だ。私は見事合格したのだ。私はクラスメイトを置いて、ひとり飛び級する。2年生を飛び越して新年度には3年生になる予定だ。

 それを担任の口から知らされたクラスメイトたちはもう私を疑うことはなかった。あのカーターも借りてきた猫のように静かになった。


 私は2年のクラスに途中編入することになり、クラスメイトと一足早くお別れした。このクラスでも馴染むことはなかったけど、私は最後の最後で自分の実力を認めさせた気がした。

 教室においてあった荷物を持つと、簡単にクラスメイトらに挨拶をして、教室を立ち去っていったのである。



■□■



 2学年の教室に突然現れた1年生の私に、2年生たちは困惑しきっていた。飛び級の生徒は珍しい存在だからであろう。

 だけど国の飛び級試験を合格した証明書を見せ、先生から詳しく説明を受けると、納得をせざるを得ないとおとなしく受け入れてくれた。


 私は飛び級試験を受けて合格したが、それすなわち、独学が多いことである。圧倒的に経験が少ないのだ。

 そんなわけで授業もだが、実技や薬づくりなど、経験がものを言う授業には積極的に参加した。1年の途中で抜けて、2年の途中に編入した私は、本来授業を受ける予定だった範囲をその短期間で叩き込んだ。

 私の貪欲さを知っている先生らは引きながらも付き合ってくれた。座学もいいけど、魔術師になるためにいちばん大事なのは実技。少々力を使いすぎて、部屋に帰った途端そのまま寝落ちすることも少なくなかったけど、私はそれが楽しくて仕方なかった。

 その勢いに引いた2年生らにもガリ勉クイーンと呼ばれたが、もうそれでいい。私は自他ともに認めるガリ勉クイーンなのだ。




 その後学年末テストが行われ、私は周りの人を押しのけて学年トップに躍り出た。


「学年1位は途中編入したデイジー・マックだ。だけど皆もすごいぞ、例年に比べて平均点が高い。今年の2年生は優秀だな!」


 2年生のクラスの担任の先生が嬉しそうに皆を褒めている。

 だけど私は知っている。

 飛び級してきた私の存在に少し焦りを感じた彼らは本気を出したのだと。

 私は気づいてた。

 もうすでに3学年の範囲を勉強し始めている私を休み時間こわごわと彼らが見ていることをね。


 一般塔2学年の平均点が爆上がりした。

 その話を聞いた特別塔の教師であるフレッカー卿は羨ましがっていた。そっちの生徒を教えてみたいってビーモント先生にせがんで、ビーモント先生はとても返答に困っていた。


 そんなに特別塔の生徒は情熱がないの?

 決まってしまった未来があるから、焦らずとも余裕なのかな。

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