私の育った村


「やーい捨て子ー、人間は村から出てけー」

「……」


 今ご紹介いただいたとおり、私は捨て子である。この村…獣人が集まってできた村近くにある、国境沿いの森の中で捨て置かれていた赤子、それが私である。

 私はこの村唯一の人間だ。どこからやって来たかわからない、得体のしれない人間として、未だに村の一部の住民からよそ者扱いを受けていた。一応この村で住みはじめて12年くらい経過してるのだが、未だによそ者なのだ。

 生まれてからずっとそんな感じなので、悲しいとかそういう感情は少々麻痺している。


「こらっまたお前はデイジーをいじめて!」

 ──ゴチッ

「いてっ」


 私がぼーっと受け流していると、悪ガキの頭を近所のおじさんがグーで小突いた。

 いまや受け入れてくれる獣人の方が過半数の中、排斥運動をしているのはごく一部。過激派の悪ガキ共と、偏屈なお年寄り達かな…。

 その昔、人間が獣人に対する差別や殺戮を繰り返していた歴史があるのだ。祖先が迫害を受けてきたことを恨んでいる獣人らは、人間である私のことを今でも認められないのだそうだ。

 複雑な理由があるのだ。そればかりはどうしようもない。

 私もその辺は諦めていた。無理に受け入れてもらおうとするのは双方ともによろしくないと思われるからだ。


「テオ、そんなんじゃ好きな子に嫌われて相手してもらえなくなるからな!」

「はぁ? なんだよそれ!」


 2軒隣に住むおじさんが悪ガキを叱ってくれているのをぼんやりと眺めながら私は昔の話を思い出していた。

 私は獣人の住まう村近くの森に捨て去られたが、村の子どもがそれを見つけて連れ帰ってきたそうだ。その日はひどい大雨で、空では雷が鳴り響いていた。赤子だった私は長いこと雨に打たれ続けており、発熱していたという。しかもまだ乳離れしていない乳児。このまま放ったらかしにしていたらすぐに命を落とす。

 衰弱した私を見捨てられなかった獣人の子が抱えて連れ帰ったあとは家族総出で看病してくれたんだって。


 赤子だった私を包み込んだおくるみは上質なものだったそうだ。置き手紙も何もなく……どこぞの金持ちにもて遊ばれた母親が育てられないからと私を捨て去ったのではないかというのが家族の推理だ。おくるみにはデイジーの花の刺繍が施されてあった。それで私はデイジーと命名された。


 念のために人間の住む街に迷い子・捨て子として届けを出したが、残念ながら何の音沙汰もなく。乳児院に預けるかという話になりかけたが、私の世話をして情が湧いたという養母が断固拒否。うちで育てますの一点張りだったとか。

 そんなわけで私は熊獣人の家で育てられたというわけである。


 しかし順風満帆というわけでもなく、人間をこの村に置いておくなんて許せないという反対派が私を人間の乳児院に送り込もうとしたそうだが、養両親が腕力で話し合いをして黙らせたそうだ。

 暴力は良くないと思うのだが、私を守るためにしたことなので両親を責められまい。


 獣と人が進化の流れで混じり合ったのが獣人。獣人にもヒエラルキーがあり、熊獣人である我が家族は上位に位置する。そんなわけで発言権が強いこともあり、ゴリ押しでなんとかなったというわけである。

 身体が大きく心優しい、仲間と受け入れたら血を流してでも守り通す。そして敵には容赦なし。それが熊獣人なのだ。


「デイジー、待たせたな。頼まれていたものはこれだ。そういえば学校でまた一番だったそうだな。デイジーは賢いな!」


 2軒隣のおじさんのお店までお使いを頼まれていた私はようやく任務を遂行できそうであった。商品を渡すついでにおじさんから学校での成績を褒められて、私は頬を緩めた。

 私は育ててくれた両親、可愛がってくれた兄さんたちに恩返しがしたい。学校でいい成績を取れば王都の学校への進学推薦がもらえるかもしれないのだ。だから一生懸命勉学に励んでいた。


「ふん、女が勉強なんかできたってしょうがないだろ。みんなお前のことなんて言ってると思う? ガリ勉だぞガリ勉」


 いじめっ子がまたなんか言っているが、私は静かに聞き流す。どうせ言い返したって、意地悪を言われる時間が長くなるだけだもの。


「テオ、お前の成績が最下位から数えたほうが早いってお袋さんが嘆いていたぞ」

「う、うるせぇな!」


 この悪ガキ…狼獣人のテオは昔から私を目の敵にしてちょっかい掛けてくるのだ。私のことが嫌いなら無視をすればいいのに、見かけたら駆け寄ってきてよそ者ーと馬鹿にする。

 最初は私も言い返していたが、そしたら相手が面白がって更にかまってくるとわかってからはできるだけ流すようにしている。それでも…この悪ガキはバカのひとつ覚えみたいに私を見つけてはからかいにやってくるけど。

 そんなんだから成績が上がらないんだぞ。


「お前みたいな可愛げのない女、誰にも嫁に貰われないんだからな!」


 おじさんが余計なこと言うから私に八つ当たりが飛んできたじゃないか。女に成績で負けて悔しいからって負け惜しみ言わないでよ。面倒くさいなぁ。


「…私? ご心配頂かなくても、勉強頑張っていい就職先見つけるから大丈夫」


 確かに女は男から選ばれるものだ。女の一生は男によって変わると言われている。……しかしだな、私の目標は高給取りになって家族に恩返しして、そのついでに不自由なく暮らすことが最終目標なのだ。

 捨て子の私は思うのだ。実の両親が結婚していたのか、そうでなかったのか実際の所は知らないが、事実生まれた私を捨てたのだ。

 ……私は知ってしまった。子どもを作っても必ずしも幸せになるというわけじゃないってことを。必ずしも結婚で幸せになる訳じゃないと知ってしまったのだ。

 …まぁ、それを他の人に話したら眉をしかめられるので、口には出さないけど。あくまで私の中の勝手な持論だ。

 長い人生を生きていく中で自分と気の合う人がいたら結婚できたらいいかなって感じなので、あまり結婚願望がないと言える。


「はぁ!?」


 テオが口をパッカーと開けて間抜けな顔を晒してきた。その口にお使いで購入した玉ねぎを突っ込んでみてもいいだろうか。あ、犬って玉ねぎ駄目だったっけ?


「知らないの? 成績優秀者には推薦がいただけるのよ。私は村の外の学校に進学すると決めてるの」


 私は、義務教育である初等学校を卒業したら、自由教育の中等学校への進学を決めている。学費その他諸々無料になる奨学生枠を獲得するというのが自分の中での決まり事。中等学校の卒業資格があれば、就職先の幅も広がるというものである。

 そもそも“よそ者”である私がこの村にいつまでもいられるとは思っていない。家族が住んでいるので、里帰り程度は許してほしいが。


「特別優秀な生徒には援助があるのよ。そしたら家族に何の負担もなく進学できて、私は勉強に専念できる。私がこの村から出ていったらあんたは満足する。どう? 素敵な話でしょ?」


 毎回毎回顔を合わせるたびによそ者と騒いでいるのだ。余程私のことが目障りなのだろう。

 私が進学したら、あちらで下宿先を見つける必要が出てくる。そうなれば長期休暇しかこの村には立ち寄らなくなるから、彼にとっては好都合だと思うのだ。

 今までの事があったので、嫌味を交えて教えてあげたのだが、目の前のテオは顔をこわばらせて、何やらわなわな震えていた。ブワッと尻尾の毛を逆立たせて…

 …え、なに…怖いんですけど……。


「可愛くねぇ!」


 癇に障ったのか、テオは私のお下げ髪を引っ掴んで引っ張ってきたではないか。当然のことながら、手加減されなければ痛い。


「痛い! 何するのよ!」

「お前みたいな髪の毛が真っ黒な女なんてモテねーんだぞ! ミアみたいに金髪のふわふわ女のほうが男ウケいいんだからな!」


 毛並みがフワフワの金色である猫獣人のミアは同年代の女子の中で一番人気だ。それは知ってるけど、人間の私はその枠にはそもそも入っていないと思うのだ。

 私は人間、ミアは獣人。選ぶのは獣人の男性陣だ。種族が違うんだからその中に私が入っているとは思ってないぞ。


「止めて痛い!」


 いつまで引っ張ってるつもりだ! あんたの尻にある尻尾を力いっぱい引っ張られたくなければその手を離せ! じゃないと後悔するぞ!! ちぎっちゃうからな!? 尻尾のない狼獣人なんてダサいに決まってるんだぞ!


「良い学校に行っても、お前なんか男に相手されねーんだよ!」


 誰が男目当てで学校に行くといったか!

 何なのだ。私が何をしようと気に入らないとでもいいたいのか。私に成績で負けて悔しいのなら勉強したらいいだけだろう。なぜ私にいちいち噛み付いてくるのか!


「私は勉強頑張って、育ててくれた家族に恩返ししたいだけよ! それを馬鹿にしないで! あんたには関係ないでしょ!」

「なんだと!?」


 加減するどころか、更に力いっぱい引っ張られた。痛い痛いハゲる!

 あんたは私にどうしてほしいんだ! ただそこにいるのが気に入らないからいじめるとでも言いたいのか! 私が何しようと私の勝手だろうが!


 私に力があればこんな犬っころ、ボコボコにできたのに……私にも父さんや兄さんみたいな腕力が授かればいいのになぁ…!

 お使い完遂していないってのに……! どうやら私はいじめっ子との戦いに奮闘しなきゃいけないみたいだ。

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