044 距離
あの激闘から1週間。
俺は大好きな「たい焼き」を片手に…いや、両手に抱え、至高のひと時を満喫中だ。ちなみに「たい焼き」は、しっぽの方から食べる派。
―――甘い。
隣には
「ん?どうせなら悠美ちゃんと一緒に食べたかったぁ、とか思ってない?」
「えっ!?いや、その、あの…。」
鋭すぎる直感とツッコミにあたふた。
「まあ、もう少しで連休だし、デートなりなんなり、好きにしなはれ。」
「と、ところで、インタビューの記事、読んでくれた?」
話題を変える。世界大会優勝という結果、その効果は絶大だった。取材依頼の山。鳴りやまない電話(東のおっちゃん談)。なぜか増える親戚。
「読んだ、読んだ。決勝にフォーカスが当たっているあたり、さすがゲーム専門誌って感じ。あ、あとチャンネルの紹介してくれて、ありがとね。」
「根掘り葉掘り聞かれたもん。コマ送りバージョンの映像とかも見せてもらえたし、結構勉強になりました。」
対戦後のインタビューで振り返ることはあったが、あそこまで丁寧に自分の対戦を見つめたことは初めてだった。別に「過去なんか振り返らないぜ!」的な意味合いではない。前に進み続けることで精いっぱい、そんな状況だったのだ。
「へぇー、コマ送りか…。うん、解説動画に取り入れてみようかな。確か40秒くらいだったよね、決勝。」
そう。決勝戦、決着は一瞬だった。もちろん厳密な意味での「一瞬」ではないが、決着がはやかったのは確か。
「うん。でも…。」
長く感じた。とても。今まで経験してきた40秒は嘘なんじゃないかと思えるほど。
■
決勝戦。
俺はいつも通り「
ただ結果として、俺はこの技を使わなかった。
理由はシンプルでいて、とても深い。トップ選手が純粋な力勝負を仕掛けてきたからだ。しかも大技の4連発で。
―――最初は何かの
対戦後のインタビュー、トップ選手の言葉をお借りするのならば「
もちろん俺がその
―――受けて立っちゃうよね…あれは。
「プロ」という肩書きの意味を、その責任を、初めて明確に自覚した瞬間だと思う。
ここまで思考が進んだところで、一つの解を得た。トップ選手の大技4連発、使われた技は全て違った。そしてFPSゲームにおいて登録できる技は、最大4つ。それが意味するところ、つまり。
トップ選手は「苦悶の霞」を採用していない。
それすなわち、勝負をしようと誘われているのだ。手のうちを全て
『トップ選手っ!絶対王者のプライドを賭けた戦いっ!』
会場に響いた実況さんの声。それに呼応するかのような、観客さんからの声援。俺は、何と言うか、その、とっても嬉しかった。もしかしたら、ちょっと頬が緩んでいたかもしれない。
かっこよく言えば、俺、期待の新星…なのだが、その実は反応チート。FPSの知識も少ない。経験も少ない。どこか引け目を感じていた。そんな俺が、初めて認めてもらえた気がした。プロとして。都合の良い解釈かもしれないけれど、そんなことを本気で思った。
『
技のボタンから指を離す。通常攻撃、すなわちカウンターのために必要なボタンのみに指をかける。
そこから始まった力勝負。その時間、37秒。
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