第25話 リニューアルの定義
「
学校からの帰宅後、リビングの扉を開けた途端、相も変わらずパジャマ姿の
部屋の主は大変お怒りの様子だったので、本能的に「これ面倒くさいことになるなぁ」と覚悟しながら、とりあえず話を聞いてあげることにする。
「どうしたんですか、叶実さん。またお目当てのガチャが出なかったんですか?」
「それより酷いことが起こったんだよ! これ、見てよ!」
そう言うと、叶実さんはタブレットの画面を僕に見せつけてきた。
確認すると、どうやら叶実さんが見ていたのはいわゆる『まとめサイト』というもので、そこに書かれた記事のタイトルにはこう記されてあった。
【悲報】ファミリアクッキー また小さくなる
「…………はぁ」
「リアクション薄いよっ! 津久志くんっ!」
僕の反応が思っていたものと違っていたようで、ますます怒りを露わにする叶実さん。
「ちゃんと記事の中身も見てよ! これはわたしにとって死活問題なんだよ!」
なんとしても僕に危機感を持ってもらいたいのか、叶実さんは僕に記事の内容まで読ませようとした。
仕方ないので、僕も渡されたタブレットを使って記事を読んでいく。
内容的には、見出し記事にもあったように、人気のお菓子である『ファミリアクッキー』の大きさがまた小さくなってしまったことが記されてあった。
詳細を話すと、その記事の中には、実際に新しく発売されたファミリアクッキーと、昔のファミリアクッキーを置いて比較した写真が掲載されたSNS画像なんかがアップされていて、それが万単位のリツイートといいね数を獲得していた、というものだった。
しかし、僕はそれを読んでも首を傾げることしかできない。
「まぁ……小さくなっちゃうっていうのは仕方ないんじゃないですかね? バターや小麦粉だって年々高騰していますし」
僕が自分で食材の買い物をするようになってからまだ日は浅いけど、それでも物価が高騰していることはなんとなく実感しているし、こればかりは企業ばかりを責めることはできない。
むしろ、そんな中でスーパーが値引きセールなどをやってくれたりすると、財布を任されている僕としては感謝しかないし、お金が浮いた分、姉さんと一緒に住んでいたときは食後のデザートなどを購入したりしていたものだ。
「違うんだよ津久志くん! これにはもっと深い闇があるんだよ!」
そう言うと、僕にタブレットを預けたまま叶実さんはキッチンへと向かってしまう。
もちろん、学校から帰ってきた僕に優雅なティータイムを提供するために紅茶でも振る舞ってくれるわけもなく、戻ってきた叶実さんが持って来たのは、まさに今話題にしているファミリアクッキーの袋だった。
ああ、そういえばこの前の買い物のときに頼まれて買ってきたような気がする。
「よく見て! ここに何て書いてある!?」
ビシッ、と叶実さんが差したパッケージには『リニューアルして登場!』と記載されてあった。
「リニューアルだよ、リニューアル! リニューアルってことはどう考えたって良くなるって思うじゃん! それなのに、1個分の量が減ったのにリニューアルなんて言葉を使うのは許せないよっ!」
ムシャアー! と、唸り声をあげる叶実さん。
まさに怒髪天という言葉がしっくりくる。
「確かにさ! 津久志くんの言う通り物価が高騰してるのは仕方ないよ! でもね、わたしはそういうことに怒ってるわけじゃないんだよ! 小さくなったら小さくなったで、ちゃんとそういうことを分かるように言って欲しいんだよ! わかる!?」
「ま、まあ……なんとなくは……」
つまり、叶実さんからしたら騙されてしまったという気持ちになってしまったのだろう。
そういえば、叶実さんの話で思い出したけれど、以前値上げすることが決まったアイスキャンデーの会社が、社員総出で値上げしてしまうことを顧客に謝罪するCMを流したところ、その年の売り上げが1.3倍になったという話を聞いたことがある。
あながち、叶実さんの怒りは消費者を代表した意見なのかもしれない。
「あー、もう! わたしは悔しいよ、津久志くん。むぐむぐ……」
「ナチュラルに怒りながら食べないでくださいよ」
気が付けば、叶実さんはお菓子の袋を開けてファミリアクッキーをパクパクと食べてしまっていた。
その姿は、なんだか小動物が草を食べるような仕草に似ていて、ちょっと愛嬌がある。
だけど、さすがに年上の女性にそんなことを言ってしまうわけにはいかないので、「晩御飯前に食べ過ぎないようにしてくださいね」と言い残し、自分の部屋へと戻った。
そして、パソコンの前に座ったところで、昨日から置きっぱなしになっていた『Collete』で撮った写真を見つける。
そこには、満面の笑みを浮かべる叶実さんと苦笑いの僕、そして営業スマイルでちゃんとハートマークを作っている猫耳メイド姿の
昨日は小榎さんの笑顔も自然だと思っていたけれど、こうしてみると、僕と一緒に『ヴァンラキ』の話をしていたときの小榎さんとは随分と違うように感じてしまう。
もちろん、猫耳メイド姿の小榎さんが悪いというわけじゃないけれど、好きなことを話しているときの小榎さんが一番自然な気がする。
成り行きでお互いの秘密を共有することになってしまったけれど、僕には彼女にまだ話していない、重大な秘密を抱えてしまっている。
「……もし、小榎さんが僕と
住んでいるのもそうだけど、小榎さんが接客していた人こそが『ヴァンラキ』の作者である七色咲月先生と知っただけでも、多分衝撃を受けるに違いない。
作品の内容から、間違いなくイメージとは違うだろうけれど、興味があるので、今度小榎さんにさりげなく聞いてみようと思う僕だった。
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