第11話
この森は猟師が入らない唯一の場所であった。
まず遠い。帰りに荷台を引いて帰るのかと思うと、とてもじゃないと来られない。
王家が所有する大自然の中でもう一つ、この場所は避けられる理由が存在している。
それが、帰ってこられなくなる、という噂であった。妖精の悪戯やら、小人に迷わされるやらと諸説あるが、誰も好んで近付こうとはしない。
王族も知っているはずの噂をもろともせず、姫様はどんどん先へ進んでいく。
花が咲いていたらしゃがみ込み、兎を一羽見つけたらこんにちは、と挨拶をする。
銃口を突き付ける暇もナイフを向ける暇も与えないくらい、テレジーナ様は飛び回るように奥へ奥へと進んでいくのであった。
「ねえキトラさん! このキノコって食べられるのかしら!」
「それは毒キノコです、姫様」
「……ひゃあっ」
手に持っていたそれを放り出して、しりもちをついた。銃に手をかけ、振り返った途端に手を元の位置に戻す。
これで何度目だろう。はたして、引き金は引けるのだろうか。
「やっぱり森には森の手練れを連れていなければ、面白くないわね」
うふふ、と笑って見せる。柔らかい笑みは、遠目で見ていたマルゼッタ様とどこか似ていて、また揺さぶってくる。
「さて、お昼にしましょう!」
草原に布を敷き、バスケットを開く。中はサンドイッチ。こんなものか……。なんだか拍子抜けしてしまった。
しかし姫様は違う。目を輝かせてバスケットを覗き込んでいる。
「僕は姫様の残りでいいですので、お先にどうぞ。その間に周辺を見回っていきますので、何かありましたら大声を出してくださいね」
「まあ! 姫は大声を張り上げてはいけないというのに!」
「今は僕が許します」
あれだけ大口を開けて笑っていたのに、今更そんな事をいわれても困る。それに、今から僕が“何か”を仕掛けるのだ。
恨まないでください。これも全て家族の為。僕は父親として、ラオを愛する夫として、貴方様を手にかけることをお許しください。
ざくざくと木の陰へ隠れる。甲か乙か、周りに動物はいない。もちろん人も居ない。
一人で昼食を頬張っている今が絶好のチャンスであった。背中にかけていた銃を掴み、引き金に指を乗せる。
ひんやりとした、冷たい感触。その先にいる、たった十五の幼気な少女。
罪を背負うか、一人を背負うか。ぐっと目を閉じる。両親の顔が浮かび、家族の顔が浮かぶ。その時だった。
「動物がいるのか?」
しわがれた声だった。からからに乾いた声の主は、僕の真後ろから聞こえた。ぐるんと振り返っても、誰もいない。気のせいかと向き直ろうとすると、もう一度、
「だから動物はいるのか? ならばこの辺を荒らしている猪を狩ってもらいたいものじゃがなあ」
とはっきり聞こえた。きょろきょろと周りを見渡しても誰もいない。何の気なしに下を見ると、確かに居た。
白くて長い髪の上に、暗い黄色の帽子がちょこんと乗っている。顔には深いしわがいくつも刻まれている。
しかし異様に小さい。僕の膝程しかない身長。腰に手を当てて、困ったのおなんていってのける老人は、僕を見上げた。これは、噂の……。
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