第24話 新・悪役令嬢

 ラフさんとは、13歳の冬に別れてから一度も会っていない。


 ヒコミテには何度か来ているようだったので、ひょっとしたらまたいるかもしれないと、ダンジョン3階層の魔岩魚釣りをした渓流や、11階層の魔沼杉が生える湿地に時々通った。一緒にミルフィーユを食べた店は常連になった。


 冒険者は詮索しないのが暗黙のルールだから、Aランクであること以外、ラフさんのことを何も知らない。


 …だいたい、私みたいな子供を相手にするようなロリコンは嫌だし。



 ◇◇◇


「……ル、アデル、聞いてる?」

「あ、ごめん、聞いてなかった」

 オリビアと学院のカフェでランチ中だった。


「あの女、燃やしてやりたい」

「いやオリビア、それはやめといた方がいいんじゃないかな」

 本当にやりそうで怖い。


 私は学院の第二学年に進級した。


 辺境伯令嬢のオリビア・ゲランは、トリスタンの婚約者だ。私と同学年。


 隣国との国境を守るゲラン辺境伯家は武に秀でた火属性の家系で、嫡男以外は男女ともに騎士になる者が多い。

 オリビアも将来は騎士になるつもりで結婚は考えていなかったそうなのだが、婚約の相手がトリスタンと知るや俄然淑女教育にやる気を出し、素敵な公爵夫人になるため、日々女子力上げに邁進している。


 オレンジ色の髪と目、はっきりした凛々しい顔立ち。鍛えられた体幹による美しい姿勢。背が高く、派手なフリフリのドレスと縦ロールの髪型が似合っていない。


 オリビアの視線の先では、乙女ゲーム本の主人公、男爵令嬢マリー・ピアフが、第二王子ジョルジュ、トリスタン、騎士団長子息モルガン、宰相子息ルネの四人を侍らせている。

 とても華やかな集団だ。特に第二王子は煌めいている。


 マリーはピンクの髪にピンクの目で、男性受けが良さそうな華奢で可愛らしい外見。パステルカラーのドレスもツインテールの髪型も良く似合っている。さすがヒロイン。


 高校生の青春学園ドラマのようなものだと思えば、精神年齢アラサーの私は腹も立たない。よくやるな、と思う程度だ。



 第二王子の婚約者であるドゥモン侯爵令嬢は、昨年度末に卒業した。

 婚約前、交流もないのに彼女からお茶会の招待状が届いた時は何か思惑があってのことかと勘ぐったが、同年代の高位の令嬢達へのお誘いだったようだ。

 悪役令嬢役を押し付けた負い目があるので、私にできるフォローはしようと思っていたのだが、第二王子がマリーを構うようになると、彼女は第二王子と距離を置き関わらないようにしていた。賢明だ。


 私と同学年の騎士団長子息モルガンと、一学年下の宰相子息ルネの婚約者は学院に在籍していない。


 結果、オリビアが筆頭悪役令嬢になっている。


 オリビアはトリスタンにもベタベタするマリーが大嫌いで、怒り狂っている。

 根が脳筋なので、真っ向から悪口を言い、堂々とケンカをふっかける。トリスタン至上主義で第二王子にも容赦がない。


 卒業パーティを待たずにその都度第二王子に糾弾され、その都度言い返しているので、『男爵令嬢と第二王子とその取り巻き VS オリビア』は学院の日常風景と化している。


「婚約者がいる男性に馴れ馴れしくするなと何度言えばわかるの⁉ 頭悪いの⁉ 男の声しか聞こえないの⁉」

「ジョルジュ様…」

「マリーが誰といようとマリーの自由だ」

「恋愛ボケの殿下と一緒にいるせいでトリスタン様までこの女の取り巻きと思われています。迷惑です。趣味悪いと思います」

「トリスタン様…」

「ちょっとなにトリスタン様の腕触ってるの⁉ あざといのよ、このピンク頭! 計算でしょ! 燃やされたいの⁉」


 清々しい悪役令嬢ぶりだ。


 当初は、私もトリスタンも第二王子に対する不敬は窘めようとしたのだが、いかるオリビアを御すのは無理だった。

 第二王子は自分への悪口には無頓着だ。度量が大きいのかもしれない。

 まあ私はオリビアの意見に同意だ。


 トリスタンはオリビアの剣幕に引いている時があるが、真っ直ぐに慕ってくるオリビアを好ましく思っているようだ。婚約破棄をするような人じゃないし、心配はしていない。


 オリビアは騎士道精神に則りマリー以外の女性には優しい。女子生徒には大変支持されている。

 こないだは、オリビアが売ったケンカをマリーの代わりに買ったモルガンを剣で負かしていた。モルガンかっこ悪かった。ぷぷ。

 強いのにトリスタンに関しては乙女なのも可愛らしい。

 髪をベリーショートにして黒いシックなドレスなんか着たら似合いそうだが、この国でそんなファッションは無理だし、まだ10代なのだから、可愛いドレスが好きなら今のうちに着ておけばいいと思う。大人になれば着られなくなるのだし。


 私はおしゃれもせず、相変わらず男装して学院での日々をだらだらと過ごし、ヒコミテでココとスイちゃんと一緒に暮らせる日が来るのを待っている。

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