第千百三十九話・面倒事がやってくる

Side:久遠一馬


 六角と北畠と少人数で宴を催した。こちらからは義統さんと信秀さんとオレが出て、六角と北畠も義賢さんや具教さんを含めた三名ずつでの会合だった。


 特になにかを決めたわけではない。いろいろと話したし、無量寿院のことも話したけど、現時点ではすぐに動くほどのことではない。今後も良しなにお願いするというだけのことだ。


 なにより信頼関係と意思疎通をする形を構築するのが必要だろう。


 そもそも守護クラスの大名家当主が、こうして一堂に会することは珍しい。暗殺の危険があるからね。今後もこうして会う場を作れるといいと思う。


 あとは飛騨の姉小路と三木、東三河の国人の臣従が正式に行われて、彼らの歓迎の宴も開いた。


 武芸大会も含めて何度も宴があったので、エルが清洲城の料理人にメニューの相談をされていたけど。


 鯛のから揚げ甘酢あんかけとか麻婆豆腐とか評判が良かった。


 この時代は辛い味付けに慣れていないこともあり、麻婆豆腐は元の世界の日本で好まれたタイプで本場の味ではなかったけどね。最近は久遠料理というジャンルで呼ばれているから問題はないだろう。


 一部の人は見たこともない料理の数々に恐れおののいていたくらいだ。


 新しい臣従組は、当面、清洲で織田の法と統治を学んでもらうことになる。一度領地に戻る人が多いけど、中にはこのまま残って学ぶというやる気のある人もいる。


 ただ、この場合は帰る人を責められない。家中にきちんと報告して納得させないと勝手に謀叛とかおかしなことを考える人が出かねないからだ。


 東三河は織田とあまり接点がなく、今の織田家の政をよく分かっていない人もそれなりにいる。領地を召し上げられることは理解しているようだけど、残る領地で俸禄を貰って暮らせばいいとしか考えていない人もいるみたいなんだ。


 彼らにいろいろと理解してもらわなくてはならない。


「国人衆は、しばらく織田の治め方を学んでもらうしかないね。セレス、警備兵のほうはどう?」


「牢人を中心に新兵が増えました。しばらくは訓練をさせます」


 ああ、それは良かった。各地から集まった牢人や武芸者の中には働き口を求めている人も多い。武芸だけで食べていける客分とかになれるのは、本戦に出られるようなごく一部だけだ。大半は仕官や働き口を求める。


 牢人や武芸者は荒っぽい連中が多いらしいけど、その手の扱いは織田家の皆さんも慣れているしね。警備兵として集めて働かせることになっている。


 警備兵のための訓練所は那古野にある。学校と隣接する場所に宿舎を建設したからだ。武官は元が武士であることと専門的な訓練や教科を学ぶので訓練所は古渡城にしたけど、警備兵の場合は身分を問わないということもあり、読み書きといった基礎教育から学ぶ必要があるので那古野の学校の近くにしたんだ。


「収支も悪くないわ。大会くじと協賛金も過去最高ね」


 メルティには収支の概算を頼んでいたけど、こちらも悪くないらしい。


 協賛金、この時代の言い方としては武芸大会への寄進になるが、伊勢の桑名や安濃津などの商人も出してくれた。大湊は以前から出してくれていたけど、伊勢織田領の商人はこれで忠誠を誓う証として出したところもあるらしい。


 こっちは強制はしていないんだけどね。むしろ無理しないようにと通達を出したくらいだ。まあ、命じて素直に従ってくれる人たちは概ね問題ない。


 問題なのは、そんな寄進してくれた商人の中にも無量寿院などの領外の寺に荷を横流ししている不行状な人がいることだ。


 密輸商人と呼ぶべきか迷うけど、彼らも織田を敵に回すつもりで行動しているわけではないらしい。


 この時代の商人の常識とモラルで当たり前のことをしているだけのようだ。儲ける手段を選んでいないだけで、多く献金する対価としてこれくらいは認めてくれるだろうと都合よく考えているみたいなんだ。


 付き合いのある寺社のお願いを断れずに行動している人も一定数はいるようだけど、いつまでも放置しておくわけにはいかない。


 無量寿院の件はすぐに動けないけど、今から対策を考えておこう。


「殿、江馬、内ケ島は臣従するつもりはないようでございます」


「だろうね。まあ放っておいていいよ。向こうが手を出してこない以上はこちらから関わる必要もない」


 望月さんからは飛騨の報告が入った。姉小路家は武芸大会前から臣従を決めていたこともあり、江馬と内ケ島にもそれを知らせたらしいけど、一切関知しないと突っぱねたようだ。


 内ケ島は史実だと三十年あまり後の天正地震で城ごと滅びるんだよね。臣従してくれると助けてあげられるんだけどな。ただ、あそこは加賀や越中の一向衆と親しいんだ。関わるとデメリットも多い。


 まあ、そのうち音を上げるとは思うけど。


「鵜殿家は本家追放でございますか」


「それ、こっちが口を出すことじゃないんだよね」


 資清さんが少し気にしているのは、今川義元の妹を正室にしている鵜殿家だ。本家は織田に鞍替えをするつもりなどないけど、分家筋が一致して鞍替えを決めて本家を追い出すと決めたようなんだ。


 史実でも似たようなことがあったんだよね、あそこ。元からそんな土壌があったということだろう。知らぬは本家ばかりだということだ。


 今川にすれば親族衆である鵜殿本家が追放されれば戦の大義名分にはなるけど、それでも今川は動けないだろう。鵜殿分家に兵を挙げると武田と織田を同時に敵に回すことになるからね。


 無論、なにもしないと鵜殿本家を見捨てたように受け取られて、遠江の国人衆にも悪影響を及ぼしかねないから、今川も苦しい立場だろう。


「殿! 伊勢安濃津の商人より蟹江の屋敷に文が届いたとのこと!」


 エルたちや資清さんたちと会議というかウチの評定をしていると、若い家臣が慌てて手紙を持ってきた。


「飛鳥井卿からだ……」


 なんだろうと思いつつ開けてみると驚いた。一言で言えば万が一の際には助けてほしいという文だ。届くか分からないので複数のルートで送ったのだろう。


 飛鳥井卿は無量寿院をそこまで信頼出来ないと考えているのか?


「困りましたね」


 エルも少し渋い顔をした。敵味方にはっきり分かれてくれると対応が楽なんだけど、無量寿院の中も複雑だからな。飛鳥井さんは一旦話を持ち帰るという選択肢もあるけど、それをすると弟の尭慧さんがどうなるか分からないからと心配している。


 高田派って一見温和に見えても、気に入らないと朝廷や幕府が認めた住持でさえ寺に入れないで拒否するからな。現時点で兵を挙げないのは三河本證寺の結末から流石に勝てないと知っているからだろう。


 飛鳥井さんはこちらの悪いようにはしないからとも書いていて、天と地ほど身分が違うのに助けてほしいと頼むのも好感が持てる。


 ただ、一足違いで具教さんは伊勢に帰っちゃったんだよね。とりあえず清洲に報告して対策を考えないとね。


 義藤さんは尾張にいるけど、孤児院に行っているはずだ。文化祭の手伝いをするんだと卜伝さんたちと出かけたんだよね。


 指示を仰いでもいいけど、義藤さんが動くと政治問題となる。デリケートな問題なので、こちらで検討するのが先だろう。


「飛鳥井卿が無量寿院に軟禁されると厄介です。尭慧様が人質みたいになることも考えられるので……」


「とはいっても動きようがないね。清洲の時のように救出するのは無理だよ」


 エルとジュリアは現状に頭を悩ませている。最悪の場合も想定しないと駄目だからなぁ。まずは話し合いで解決出来ないか考えないと。


「こちらは人を得て、無量寿院は寺と寺領での和睦を急ぐか?」


「はい。この話をまとめる交渉のために尭慧様が外に出てくるように仕向ければ穏便にお助けできます。あとは話してみないとなんとも言えませんが、あちらで統治方法を考えていただくか、いっそ還俗していただいたほうがいいかもしれません」


 飛鳥井さんもどこまで求めるのか、今回の文だけでははっきりしていない。


 正直、織田家中の無量寿院に対する感情は悪化している。無量寿院だけをありがたいと厚遇する選択肢は今後の寺社対策のためにも取ることは出来ない。


 エルの指摘する通り、飛鳥井さんと尭慧さんを無量寿院から引っ張り出す策を考えたほうがよさそうだ。そのあとのことはふたりと話してみるしかない。


 どのみち織田領で無量寿院が大きな顔をすることはないだろうしね。




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