第千百二十四話・受け継ぐべきもの

Side:京極高吉


 目の前におる斯波武衛の姿に心の中がざわめく。


 ああ、城もない己が酷く情けなく感じる。つい先年までは己とて同じであったはずであろう? 武衛よ。


 何一つ思うままにならず守護代に好き勝手されていた。


 横に控えておるのが、武衛を今の地位へと押し上げた噂の仏の弾正忠であろうな。運がいいといえばそれまでだが、随分と立場が変わったものよ。


「わざわざ呼び出して済まぬの。少し話さねばならぬことがある。飛騨の三木に家督を継がせると聞いたが、相違ないか?」


 挨拶を済ませて先に口を開いたのは武衛か。こちらを窺うように語り始めた。


「いかにも、相違ない」


 なんじゃ。京極の家督に口を挟む気か? 己に関わりのないことぞ。


「実はの。数日前に飛騨の姉小路が織田に臣従をした。無論、三木もの。先ほど六角殿から、そなたの家督の話を聞いていかがするべきかと思案しての」


 わしはいずこまで運に見放されるのか。飛騨が尾張と美濃を制した織田に勝てぬのは理解しておる。三木が苦慮しておったこともな。


 されど、もう少し早く知らせを出しておれば……。


「何故、兵を出さなんだ? 管領殿より書状が届いておったはず」


 言わずにおこうかとおもうたが、我慢出来なんだ。何故、天はこやつばかりに味方する。


「上様のめいに従うたまで。そもそも管領殿は何故上様に刃向い続けるのじゃ? これより少し前には北伊勢では一揆を企み、尾張に攻め込ませようとした。それがようやく収まったかと思うておると此度は北近江。兵を出すに値する理由があるのならば、こちらが聞きたいわ」


 なんじゃ。あれが露見しておったのか。ならば管領などの謀に乗ったわしが愚かじゃったということか。管領も落ちたの。謀のひとつも出来ぬとは。


「つまらぬことを言うた。すまぬ。家督は三木の倅に継がせたい。織田の臣下で構わぬ故、良しなにお願いいたす」


 織田の下か。気に食わぬが、これを蹴ると三木が困ろう。京極の分家である西の尼子の下に行くという手もあるが、あちらもいかようになっておるか分からぬ。上様に刃向かったわしが歓迎はされまいな。


「そうか。わしはここにおる内匠頭以外は臣下を持たんことにしておる。京極を軽んじるつもりなどないことは分かってほしい。わしはの、この歳になっても戦らしい戦に出たこともないのじゃ。内匠頭がおらねば国を守ることも出来ぬ男でな」


 傀儡か? いや、織田と上手くやるために知恵を絞っただけか? いずれにしても管領よりは知恵の回る男ということか。


「父上より京極の家を託されたのだ。良しなにお頼み申す」


「あい分かった。観音寺城ではゆるりと出来なんだであろう。三木殿も参っておる。よく話して、ゆるりと休まれよ。望むならば町に出てもよい。あと武芸大会なるものがあっての。面白きものじゃ、是非とも見ていかれよ。上様と六角殿にはわしから言うておくでな。案ずるな」


 情けをかけたか? 己のみじめさを痛感するわ。されど関わりのない武衛や弾正忠に当たったところで余計にみじめになるだけか。


 兄や六角に家督を奪われぬならば良しとせねばならぬ。


 口惜しいがな。




Side:三木直頼


 つい先日送り出した京極様とこうして尾張で再会するとはな。


「そなたのおかげで家督を継がせることを許された。礼を言いたい」


 僅かな間に随分と老け込んだように見える。思うところもあろう。されど所領もない身では六角の相手など出来まい。家督を守るのがせめてもの意地か。


「お役に立てず申し訳ございません。すでに飛騨は尾張・美濃に逆ろうては生きてゆけませぬ。姉小路家は斯波と織田に降っても御家を守ろうとしました。某ではいかんともしようがありませなんだ」


「よい。よいのじゃ。上様に会うてわかった。わしも歳じゃ。思うところはあれど、御家は残さねばならぬ」


 身分は違えど、互いに不遇と言えような。されど己の残りの命を賭けても御家は残さねばならぬ。奇しくも同じ境遇となった。


「某に出来うる限りのことは致します」


「ああ、頼りにしておるぞ」


 同じ御仁とは思えぬ。上様に見限られたことがよほど堪えたと見える。所領の大部分は俸禄になると思うが、恥を掻かせぬようにせねばならぬ。


「この後、いかがなされますので?」


「しばらくは尾張に留まるつもりだ。そなたの倅に家督を継がせたあとは都に行くことになろうかの。高野山は行きとうない」


「心得ましてございます」


 言葉に表さぬ思いだが、よう分かる。ふと人は気づくものだ。己の力ではこれまでだということがな。


 酒でも頼んで労い、話を聞いてやらねばならん。長きに亘りご苦労をされたのであろうからな。




Side:久遠一馬


 清洲では武芸大会の予選が行われている。今年も領外から結構な数の武芸者や牢人が来ているし、織田に臣従をした北伊勢の人たちも何人か出ている。


 領民の見物人はすでに予選から見ている人が多くて、清洲運動公園では大層にぎわっているそうだ。


「羨ましいの。それほどの体格があるのは。じゃが技が荒い。もっとも戦場で生きることを望むならそれも悪うない。小手先の技より多くの武功を挙げられよう」


 ウチの屋敷では卜伝さんたちと真柄さんが親しくなっていた。もともと去年の武芸大会の打ち上げの宴で顔を合わせていたこともあり、オレのいない間にいろいろと話が盛り上がったらしい。


「戦場と手合わせは違いまするか?」


「そうじゃの。手合わせは相手が決まっており命までは取らぬが、戦場は幾人もを相手して敵将を討つことを第一に考えねばならんからの」


 オレのいない間に真柄さんと菊丸さんも手合わせしたらしい。ジュリアの指示で双方共に防具と竹刀だったらしいけど。本戦前に怪我などしないようにとの配慮ということにしたが、将軍様だからね。万が一があると困る。


 真柄の悪童。それが真柄さんのあだ名だ。初陣は済ませたらしいが、大きな戦は未経験なんだろうか? まあそれなりの身分だとあまり前線で暴れるとか出来ないしね。


 しかし、卜伝さんがいると人が集まるね。織田家の武闘派の人とかも会いに来る。毎晩宴になっているくらいだ。


「武芸大会とは、まことによいものを考えたものでございますな」


「確かにの。それはわしも思うておる」


 オレは仕事の合間に様子を見に来たんだが、ふと真柄さんと塚原さんが武芸大会の話を始めた。


「武芸を磨くばかりでなく、武士も民も共に競うとは……」


「これならば戦がなくなっても武芸は廃れまい。よくよく考えておるものじゃ」


 こちらに気付いたふたりは、なんとも言えない顔でオレを見てそんな話をする。


 元々は運動会がしたかったんだよね。領民や家中の皆さんと一緒にコミュニケーションを取るという意味でも。


 家や流派の面目とか気にして、意外にこういった試合をする機会がないんだ。領民が参加することなんて当然あり得ない。


 天覧試合みたいに武芸者が身分のある人の前で試合をすることはあるが。


 ちょっとした考え方の違いなんだと思う。運動会や国体なんてのが当たり前の時代に生まれたオレとしては、こういうのがあればいいと思っただけだ。


 この武芸大会は面白い影響を尾張に与えている。冬の凧揚げ大会や学校の文化祭のように自分たちで祭りをつくり、みんなで盛り上げようという意思が尾張に根付いた。


 地元の村祭りだけじゃない。領内みんなの祭りとして考えられるようになったのは、大きな成果だと思う。


 成功も失敗もある。でもそれでいいんだ。


 みんなで国をつくり守っていく。その志がある限り、織田はこのまま日ノ本を統一出来るだろうからね。



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