第六百七十話・三田洞温泉

また感想返し止まってます。申し訳ございません。

八巻の作業が難航しておりまして。

余裕が出来たら再開します。




Side:織田信長


「今日も賑わっていますね。若!」


「ああ、そうだな」


 蟹江は賑わっておるな。久遠家の船はあいにくとおらぬが、大湊から来た船の荷揚げで湊は忙しそうだ。


 勝三郎を連れて蟹江に来たのは、特に理由があったわけではない。近頃は役目もあり共に清洲城に籠りがちだったので、久方ぶりに遠乗りに連れてきたのだ。


 日夜、武芸の鍛錬や水練をしておったあの頃が時々懐かしくなる。


「勝三郎。そなた天下はほしいか?」


 勝三郎もまた文官の役目は苦手なようで、外に出ると別人のように見える。そんな勝三郎はこの問いをいかに答えるのか、ふと聞いてみたくなった。


「これまた唐突でございますな、若。オレには荷が重いですよ。天下なんて」


 自らの武と知恵で立身出世を果たして、いずれ天下を。そんな夢を抱くことは決して珍しいことであるまい。ただ、人は生まれ持った身分や才覚で身の程を知り生きていく。


 オレはそれが嫌だった。


「世を変えるのと天下を治めるのは別のことだ。左様なことにも気付かなかったとはな」


 公方は未だ三好討伐にこだわっておると聞く。愚かではと思うが、世を知らぬ者をうつけと笑うはさらに愚かなことだ。公方は知らんのであろう。世がいかがなっておるのかをな。


 三好を討伐したとて足利家の権威も公方の権威も取り戻せぬ。次は細川か六角と公方が争うのであろう。足利家はその繰り返しだからな。


「確かに。天下など関わらずとも国は変えられますね。ウチもだいぶ変わりましたよ」


 勝三郎の母はオレの乳母であり、今では親父の側室だ。しかも滝川家と血縁があり、その気になれば立身出世も叶う身分であろう。


 もっとも勝三郎はあまり立身出世に興味がないらしく、未だにオレの近習をしておるがな。


 かずから学んだことだろう。池田家の領地は早くから久遠家の教えを試しており、確実に変わっておる。田畑の収穫は増えておるうえに、警備兵にも多く人を出しておる。立身出世を望まずとも暮らしが良うなっておるからな。


 尾張の者は、戦をせずとも暮らしがよくなる道を知った。


「親父も官位など断ればいいものを」


 されど、懸念は向こうからやってくる。


 浅井の処遇と北近江の扱いが決まり次第、官位を受領するために上洛するという。本来は官位の受領に上洛など必要ない。だが朝廷が親父の上洛を望んでおるという。所詮は銭が欲しいのであろう。


 足利も朝廷も尾張からすべてを奪う算段を始めたのではないのか? 足利も朝廷も世を乱してばかりだ。


 向こうから泣きつくまで捨て置けばいいものを。親父もかずたちも甘い。




Side:久遠一馬


「なかなか良さげなところですね」


 美濃の稲葉山城から北に少し行ったところに、オレはエルたちと義龍さんと奥方の近江の方と喜太郎君と一緒に来ている。三田洞という村があるところだ。周囲に小高い山がある以外は特に特徴のないところではある。


「確かにここは他の清水が凍てついても、あまり冷たくない水が湧くようでございますが、あとはなにもないところ故……」


 ここに来る前に稲葉山城の道三さんのところにも立ち寄って挨拶をしていて、案内役として道三さんから派遣された人もいるが困惑気味だ。


 まあ、斎藤家が織田家に臣従したことで立場が微妙に変わったからねぇ。織田一族になっているオレたちが来たとなれば相応の対応をされる。親戚と言えば親戚だけどね。特にオレたちは目立つし。


ぬるくても温泉は温泉ですからね。パメラ、どう?」


「うん! 温泉だよ! 問題ないと思う」


 更に地元の人の案内で、小高い山の麓にちょろちょろと湧いている温い温泉のところまで案内してもらった。


 地元だと温い湧き水程度の扱いだったらしい。元の世界では冷泉に分類されるものだろう。


 確認を頼んだパメラは温泉だと認めつつ、念のため極秘裏に成分分析をしようと思ったのだろう。温泉を竹の水筒に入れている。


「それで久遠殿、この温かくもない温泉をいかがなさるおつもりで?」


 温泉を確認して喜んでいるオレたちに、義龍さんは分からないと言いたげな表情で問い掛けてきた。


 今回、美濃に来た目的は元の世界で長良川温泉と言われるこの温泉を確認することと、ついでに近江の方と喜太郎君の領地帰りも兼ねている。正式に臣従したあとも義龍さんが清洲で働いていることもあり、正月以来、領地帰りをしてなかったからね。


 ついでに領地帰りさせてあげたいと思ってさ。人質じゃないんだからね。


 表向きとして義龍さんには、ここの噂を聞いたので確認したいと頼んで同行してもらったんだ。


「いや、この温泉で宿でも建てれば、井ノ口とこの辺りも賑やかになるかなと」


 義龍さんも案内役の人も驚いている。この時代だと身近に温泉がないと、温泉宿にして観光地にするという感覚はあまりないからだろう。乱世だしね。余所者が来ることを望まない風潮はある。


 古くから湯治場なんかはあるはずだから、怪我や病の治療のために温泉に入りに来ることはあると思うけど。蟹江の温泉と那古野の銭湯だって日常の疲れを癒すために入る人がだいぶ増えたし、旅の途中で入る人も増えたんだけどね。


「那古野や蟹江のように、でございますか」


「ええ、そうですよ。山城守殿と相談して織田が費用を出しての賦役にするほうがいいかな」


 案内役の家臣はチンプンカンプンらしいが、義龍さんはようやくおぼろげながら理解したらしい。清洲ではすでに湯船に浸かるお風呂に入る習慣があるからね。



 そのまますずとチェリーとパメラは、ウチの家臣や斎藤家の家臣たちと周囲を更に細かく調査していく。


 メルティは周囲の地形を描いていて、エルは近江の方と侍女さんたちと一緒に昼食の支度をする。


「井ノ口も変わるのか」


 そんな周囲の様子を喜太郎君と共に眺めていた義龍さんが、感慨深げに口を開いた。


「ええ、変えますよ。井ノ口と大垣は重点的に変えていきたいので。二度と美濃と尾張が争わない、争う必要がないようにね」


 なんとなく義龍さんの心境を察する。かつては自分が美濃を治めるんだと考えるくらいの気概はあったんだろうし、そのつもりだったんだろう。


 一緒に仕事をするようになって分かったが、堅実な人だ。史実でも彼が長生きすれば歴史は変わっただろう。この世界でもギリギリまで織田に対抗しようとした。組む人は間違ったようだけど。


 もし実の父を殺してでも織田と敵対していたら、とでも考えているのかもしれない。


「とけいとうは?」


「いいですね。あれも建てたいですね」


 そんな父親の複雑な心境を察したわけではないのだろうけど、喜太郎君が期待したような瞳で時計塔と口にするとオレは笑ってしまい義龍さんも笑っている。


 子供は過去ではなく未来を見ている。その姿に親として嬉しいのかもしれない。


 嬉しそうに笑顔を見せる喜太郎君は発展する故郷が楽しみで仕方ない様子だ。


 畿内を制して日ノ本すべてを制するにはまだまだ力が足りない。美濃を発展させて尾張と一体化していかないと泥沼に陥る危険性がまだまだある。


 東美濃と北美濃はまだまだ織田に臣従するかどうかで揺れているんだ。勝てないので敵対する気はないようだけど、現状維持を認めている以上は現状維持でいいと考える人は少なくない。


 織田家とすれば山がちで発展もあまりしていない東美濃と北美濃よりは、現状の領地を開発するほうが先なんだよね。


 ここに温泉宿を建てよう。三田洞温泉でいいかな?




◆◆


 三田洞温泉。


 開湯は奈良時代だと伝わる由緒ある温泉である。ただし、温泉として整備したのは戦国武将でもある久遠一馬になる。


 時期は斎藤家が織田家に正式に臣従した直後であり、美濃南部の開発と安定化のためだと資料が残る。


 源泉は摂氏十五度と低く、地元では温い水という扱いだったようであるが、一馬が温泉宿を整備させたことにより現代まで続く。


 同じ源泉を引く長良川温泉もまた一馬の整備した温泉であり、領民の健康長寿と地域活性化を狙ったのだと伝わる。


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