第六百五十二話・けじめ

Side:織田信長


「何故、我らだけこのような仕打ちを受けねばならん!!」


うぬらは山城守が美濃より追放したはずだ。それを破ったのだ、当然であろう」


 浅井との戦で真っ先に処罰が決まったのは土岐家旧臣か。この愚か者たちは親父が恩情で生かしてやったことを理解せずに、よからぬことを騒ぎ立てて戦を煽ったのだ。当然であろう。


「ふざけるな! 傀儡の斯波と成り上がり者の織田風情が! 守護様を謀で殺したのは己らであろう!!」


「謀を企んだのは土岐頼芸と己らであろう。わしはな、二度も恩情をかけるほど暇ではないのだ」


 罪人として庭に縛られたまま連れてこられた土岐家旧臣の者たちに、親父はいつになく厳しい態度で接しておる。


 義父殿も美濃衆も誰も庇う様子もない。かずたちは周りから見ると甘いとすら見えるが、それでも此度ばかりは恩情を懸ける素振りすらない。


 追放で許した義父殿の面目を潰したのだ。斎藤家が臣従したばかりの今、誰一人庇えるものはおらぬ。


「守護様、御沙汰をお願い致しまする」


「皆、磔とする。それとこの者たちに助力をした者も詮議の上で厳しき沙汰を下す。覚悟しておけ」


 潔さもなにもない。親父も守護様も一欠片の恩情も与えぬ。もともと土岐家旧臣の扱いは美濃のこと。先日までならば織田と斯波が裁くことではないのだがな。


 斎藤家が臣従したと、六角と朝倉が来る前に世に示すにはちょうどいいというところであろうな。


 残った此奴らの家臣や家族は、男衆は詮議の上で処罰。男衆以外は南方の島に流罪。二度と日ノ本の地を踏むことはあるまい。あとは家臣家族に非ずとも、此奴らに助力しておった者や、此奴らの謀を見て見ぬフリをしておった者たちの処罰か。


 やれやれ、半端な恩情は時として害にしかならぬということか。




Side:久遠一馬


 斎藤家が正式に臣従した影響は小さくなかった。美濃の守護代家である斎藤家が領地を半分に減らしてまで臣従したという事実は、まだ守護という制度が生きているこの時代では驚愕の事実として受け止められている。


 一番困惑しているのは、まだ臣従していない美濃や三河の国人だろう。早く臣従したほうが条件が良くなると、そろそろ気付いた人もぽつぽつといる。


 このタイミングを逃す手はない。分かりやすい施策で美濃の人たちに織田の統治をアピールする必要がある。清洲から井ノ口への街道と、井ノ口から大垣への街道を整備するために、斎藤家の領地のある南美濃の領民と、尾張上四郡の領民を動員して賦役をすることが決まる。


 肝心の道三さんは、臣従した日から清洲に滞在して息子の義龍さんと一緒に働いている。美濃の統治に関して率先して働いているんだ。そうすることで自分には二心はなく織田に尽くすとアピールもしている。


 こういうところは本当にうまいと思う。まあ街道整備の賦役などの美濃の統治に関しては斎藤家の協力が必要であり、仕事が山ほどあるというのも事実だけど。


「ほう、川の流れを変えるのでございますか」


 それとエルたちと相談して、美濃から尾張にかけて流れる木曽三川の本格的な改修の計画を公表することにした。史実の愛知用水と明治用水も含めた計画であり、細々とした支流があちこちにあり氾濫を繰り返す木曽三川の抜本的な改修と、尾張・美濃・西三河をまとめてしまうような治水利水の計画になる。


 信秀さん、信長さん、道三さんにまずは見せたが、そのあまりに壮大な計画に道三さんも半信半疑といった様子か。


 信秀さんと信長さんは計画策定段階で見ているので、おおよそは知っていて驚きはないようだけどね。


「これを何年でつくるつもりだ?」


「他の賦役と並行すると百年以上はかかるかと思います」


 出来るのかとは聞かない信秀さんだが、エルが百年以上かかると告げるとさすがに言葉に詰まったようだ。


 史実のような天下普請をするか技術革新でもない限りは、そのくらいかかるかもしれない。もちろん優先順位をつけて必要性の高いところからやることになるのだろうが。


「壮大な話だな」


 百年という年月に信秀さんは何故か笑みを浮かべて計画図を見ていた。治水や利水はこの時代では難題だからね。それを抜本的に変えるというのは想像が出来るようで出来ないんだろう。


 正直、歴史を知るオレでも百年後どうなるかなんて想像出来ない部分がある。


 とりあえずエルたちが作った計画をたたき台として、みんなで考えることから始めたらいいだろう。




「ワン!」


「ワン!」


 清洲城での仕事を終えて那古野の屋敷に戻ると、ロボとブランカに吠えられた。毎日何処に行っているんだとでも言っているのかもしれない。


「よしよし。散歩に行こうか?」


 運動のためにも朝晩の散歩は欠かさずしているが、それでもスキンシップが足りないのかな? リードを首輪に付けると嬉しそうにはしゃぎ出した。


 エルは夕ご飯の支度をするというので、散歩に行くのはオレと護衛のみんなだ。屋敷の門を出るとクンクンと匂いを嗅ぐようにして進む、ロボとブランカに身を任せるようにして進んでいく。


 この時期は日暮れが遅いので、夕方でもまだ働いている領民が多い。それでも見渡せば夕食の支度をしているかまどの煙りがあちこちで見られて、どこからか味噌汁の匂いもする。


 オレはすれ違う人たちと挨拶を交わすが、みんないい笑顔だ。


 しかし那古野の人たちは小綺麗になったね。工業村の外の公衆浴場をみんな利用しているんだろう。手洗いもしている人を見かけるようになった。少しずつだが変化は着実に根付いている。


 冗談抜きにして尾張が先進地域になるのも時間の問題かな。


「なんだ! 女郎めろうが! 逆らう気か!?」


 そのまましばらく歩くと、人だかりが出来ているところがあった。何事かなと後ろからこっそりと覗いてみると、酒に酔った旅装束の牢人が船大工の善三さんたちと一緒にいる鏡花に喧嘩を売っている。


 周りの野次馬の憐れむような様子がすべてを物語っているね。


「乱暴はあかんよ。お酒は楽しゅう飲むもんや」


 どうも飲み屋で若い女の子に絡んだ牢人を鏡花が止めたらしい。鏡花は技能型のアンドロイドで昨年拿捕した本物の南蛮船の解体と再建を含めた技術指導のために蟹江に滞在しているが、最近では船大工たちと工業村の職人の連携もしているようで、よく那古野にも来ているんだよね。


「なんだと、たたき斬ってやるわ!」


「ほう、おもしれえ。やれるもんならやってみろ」


 止めようかなと思った矢先に動いたのは船大工の善三さんたちだった。この時代の職人って肉体労働だし気が強いんだよね。


 あっという間にぼこぼこにされて警備兵に引き渡されていった。


「ああいうの減らないね」


「これは殿、お恥ずかしいところをお見せ致しました。大湊もそうですが、他国から人が集まる町はそんなものでございますよ。わしらは慣れておりますので」


 こう時代劇のように恰好よく登場して成敗するなり、取り押さえればよかったのかもしれないが、善三さんたちが強すぎて出番がなかった。ロボとブランカが騒いだので、すぐに鏡花たちには気付かれたんだけどね。


 しかし善三さん、喧嘩にも慣れているのか。この時代の職人はたくましいね。


「ワン!」


「ワン! ワン!」


「もう、ロボもブランカもくすぐったいわ~」


 ちなみにロボとブランカは鏡花の顔をペロペロと舐め回している。


 よくやるんだよね。オレも関ケ原から帰ってきたらやられたよ。




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