第五百八十八話・関ケ原要塞化と織田家の慶事

Side:織田信清


 不破殿の所領に来て以降、ウルザ殿は精勤せいきんの手本が如くに美濃と近江の国境や関ケ原周辺を入念に見分しておる。


 ウルザ殿も凄いが、地図まで描くことを許す不破殿もなかなかの男だ。主家とはいえ領内を知られたくないという者が当然だというのに。


「ここを前線に砦でも構築したいですね」


「ほう、今須宿に砦でございますか。大軍で戦うには関ケ原か青野原がいいと思いまするが……」


 この日は東山道の美濃路、最後の宿場だという今須宿に我らは来ておる。ここも不破殿の所領らしく、国境なので旅人も相応に多い。


 ここに砦をと考えるウルザ殿に、不破殿は思慮の外だったのか少し驚いておる。


「もちろん関ケ原にも造りたいですね。松尾山、桃配山に城を、あとは北の伊吹山の麓にもほしいですね。その上で不破の関を再建すればいいでしょう」


 今須宿はあまり戦に向くとは思えぬとわしも思う。不破殿もここでは大軍が動けぬと告げるも、ウルザ殿は地図を広げてひとつひとつ策を話し始めた。


 ここに砦を築いて戦場とするのではなく、ここから関ケ原までに数々の城や砦を築いて守る気か!?


「某は構いませぬが……、随分と大掛かりな普請になりますな」


 松尾山にはかつて城があったが、昨日見に行くと建屋らしきものは残っておらん。他も含めて一から造らねばならんのだぞ。いかほどの銭がかかるか分からぬほどだ。


 不破殿もこれほど大掛かりな城を築くと思うておらなんだのだろう。少し戸惑うておる。


「銭は織田家で出します。ここの守りが確実になれば美濃は大いに栄えますよ。そもそもこの地は生中なまなかな策など不要。堅固な城と砦で守ればいいのです。今須は放棄してもいいですが、関ケ原は大軍が来ても、尾張と美濃からの兵が到着するまで確実に籠城出来る城が望ましいですね」


 南蛮の知恵でも使うのかと思うたが、策は不要か。確かに堅固な城で守るのが一番であろう。かようなところは久遠家も変わらぬということか。


「実に理に適っておりますな。されど、六角とすれば寝耳に水でしょうな」


 不破殿もウルザ殿の策に賛同したが、六角のことを気にしておる。国境故、縁もある。敵に回したくはないのであろうな。無論、敵は浅井のはずなのだがな。ウルザ殿も不破殿も浅井ではなく六角を見据えておる。


「致し方ありません。浅井を抑えて下さらなかったのですから」


 ウルザ殿はそんな不破殿に微笑んだ。それも考えのうちか。浅井を口実に国境を堅固にしてしまうとは。


「浅井はいつ頃攻め寄せて来るのでしょうな?」


「私ならば、すでに動きますね。少数でいいのです。美濃を攻めたという事実さえあれば良いのですから」


 ふと、わしは浅井の動きをウルザ殿に問うてみるが、言われてみれば道理だな。確かに巧遅は拙速に如かずと教わったことがある。まさにその通りだということか。


「さすがですな。されど兵を少しでも集めたいのが将というもの」


「ええ。実際に浅井が本腰で攻めて来るのは、田に籾蒔もみまきが終わったあとでしょう。六角家が気になるようで、朝倉家につなぎを取っているようですから。もしかすると後詰めも要請しているかもしれません」


 不破殿はウルザ殿の考えを称賛しつつ、勝つことを望む浅井の心情を理解しておるか。いずれもわしなど敵わぬということだな。


 されど、ウルザ殿はこの地に来てからも浅井の様子を探らせておったのか。そういえば見知らぬ者たちが来て久遠家の者に繋ぎを求めておったな。たかが浅井相手にも油断はないということか。


「すでに近江には人を配しております。攻めてくる前に知らせが届くはず。私たちはいつ攻めてきてもいいように、関ケ原にて賦役をしておきましょう。少数の奇襲なら現状でも迎え撃てますから」


 春までまだ二月ほどある。格を備えた本式の城は無理でも砦くらいならば造れるかもしれんな。


 浅井の驚く顔が見物だ。さて、いかになるやら。




Side:久遠一馬


「若! おめでとうございます!」


 西も東もきな臭くなっているが、尾張ではめでたいことが明らかとなった。


 帰蝶さんが懐妊したと、この日発表になったんだ。実は少し前から信長さんや信秀さんには知らせていたんだが、発表は安定期に入るまで待つようにケティが進言しており、ようやく発表にこぎつけている。


 信長さんのもとには家臣一同や以前の悪友悪童仲間など、いろんな人たちがお祝いに来ている。出生率も低く、生まれてきても大人になれずに亡くなる子も多いこの時代だと懐妊はなによりの慶事と言えるのだろう。


「いや、安堵したわい。これで斎藤家も安泰であるな」


 そして道三さん。美濃に知らせたら、すぐに祝いの品を持って那古野まで飛んできた。斎藤家の臣従の話も進んでいるので、今回の懐妊はなによりの朗報だろう。


 一応まだ斎藤家は家臣じゃないんだけど、道三さんも義龍さんも頻繁に尾張に来ている。おかげで最近では稲葉山のある井ノ口も、尾張との人の行き来が多くて一体感がある。


「ようございましたな。あとは無事に生まれてくることを祈るのみ」


 政秀さんも喜んでいる。信長さんと同じく事前に知っていたひとりだけど、安定期に入ったとケティが知らせると人一倍喜んでいた。


「あかごがうまれるの?」


「そうですよ。姫様の姪か甥になりますね」


「たのしみ!」


 今日もウチに遊びに来ていたお市ちゃんが一緒に那古野城に来ているが、赤ちゃんが生まれてくると教えると喜んでいる。


 お市ちゃんの妹か弟も時期は違うが、生まれるんだよね。信秀さんの側室が懐妊しているんだ。織田家では慶事続きだと清洲もお祭り騒ぎらしい。


「帰蝶。でかした」


「はい。必ずやよき子を産んでみせます」


 肝心の信長さんも初めての子に嬉しそうだな。元の世界では信長さんの年齢で親になるなんて珍しいし、まだ早いと言われてもおかしくないんだけど。戦国時代では適齢期で順当じゅんとうされる年齢なんだよね。


 しかしこれで信長さんの子は史実とかけ離れるな。諸説あるが、一般的に史実にて織田信長の嫡男だった織田信忠は、生駒家の娘、俗にいう吉乃が産んだとされていた。


 とはいえ信長さん自身、生駒家とさほど縁がない。生駒家は馬借の元締めをしているので織田家ともつながりはあるが、ウチの影響だろうね。深い関わりがないんだ。


 そもそも彼女は美濃の土田弥平次という人に嫁いでいる。土田御前の実家の関係らしいね。土豪のようだけど、それなりの力のある家柄ということだろうか。ただ単に信秀さんが美人の土田御前を気に入った可能性もあるが。


 今度馴れ初めを聞いてみようか。


 それと帰蝶さんの懐妊で、信長さんにもそろそろ側室をという話が出てくるな。頑張って百二十人以上の側室を持ってほしいものだ。


 側室候補はいる。気の早い人だと那古野城に奉公に出しているからね。あとは信長さん次第というところか。


「次は久遠殿ですな」


「左様、この年になると、えにしに関わりなく子が生まれるのが楽しみですからな」


 少し史実のことを考えていたら、道三さんと政秀さんがいつの間にかオレに話の矛先を向けていた。


 いや、子供は正直まだ早いかなという思いもある。エルたちも歳を重ねることになったし、そろそろこの時代では適齢期なのは理解しているが。


 とはいえこの時代だと結婚して一人前で、子供は多ければ多いほどいいと言うのが当然なので、心配はされるんだよね。


 特にウチは立場が特殊だから、オレに万が一なにかあれば織田家が困るという現実的な問題もあることだし。


 避妊は止めているので、あとはタイミングなんだけどね。あえて妊活はしていないんだ。


「あかごはいつ? きょう? あした?」


「明日は無理。もっと大きくなってから産まれてくる」


 ところでお市ちゃん。君は赤ちゃんが今日か明日にでも産まれてくると思っているんだね。ケティが珍しく困惑して赤ちゃんに関して教えている。


 そういえば昨夜通信機で話したウルザが、関ケ原に城を築いて要塞化することを提言するつもりだと言っていた。


 このまま畿内と分断して、平和な織田領を維持するというのも悪くない気がしてきたね。



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