第五百八十四話・トランプをしながら

Side:久遠一馬


 新年を迎えた今川と武田は着々と戦の支度をしている。織田家と今川の停戦条約は一年でまとまりそうだ。ただし今川は東三河を放棄しないことと、吉良家の引き取りを拒否することになりそうだが。


 揉めているのは吉良家の扱いだ。吉良家を完全に引き取るのならば一年では不満らしい。今川としては停戦条約をなるべく長くしたいようだ。それが無理ならば停戦条約を更新するハードルを落としたいらしいね。


 吉良家はね。たいした領地もないけど、足利ゆかりの名門ってだけで扱いが面倒なんだ。今川家でもわざわざ引き取りたくないのが本音か。


 当然ながら織田としては停戦の延長に配慮してやる気はない。一年後にはまた話し合えばいい。吉良家が残るのはマイナスだが、松平宗家に面倒を見させるという手もある。


 あと北条家と今川の動きについて意見交換をしている。信秀さんが氏康さんと、オレは幻庵さんと手紙のやりとりがあるからね。北条家としては、関東管領などの反北条の勢力と今川や武田が手を組むことを警戒しているようだ。


 今川と武田の争いには中立で、望まれれば和睦の斡旋くらいはするような感じか。織田として友好相手である北条を今川か武田が攻める事態になれば、停戦条約の失効を盛り込んでいることも伝えてある。


 同盟とまではいかないけど、今川と武田の戦への対応と連携に関しては話が進んでいる。


「そうですか。長尾家との誼は結べましたか」


「酒と米が欲しいらしいぞ」


 今日は清洲城で信秀さんと信長さんと、エルとオレでトランプをしている。囲碁や将棋と違って複数で遊べるトランプは人気だ。いつの間にか久遠絵札なんて呼ばれているが。


 話題は越後の謙信。この時代でいえば長尾景虎のことだ。信秀さんが彼に文を出して交流を持つことに成功したらしい。金色酒と清酒を手土産に持たせたからね。畿内でさえ手に入らない金色酒が、越後に届くことはほとんどないらしく喜ばれたみたい。


 こっちが欲しいのは青苧(あおそ)だ。麻も牧場や一部の信頼が出来る場所では植えているんだけどね。生産量は多くない。青苧は布にしてもいいし、縄や紙も作れる。


 尾張のものづくりの技術向上には青苧が欲しいし、もっと言えば越後から買うものとしては一番無難だという本音もある。米や麦や大豆なんかの食べ物は、飢える可能性がある土地なだけに恨まれかねないしさ。


「酒と米なら問題ありません」


 こんな時代でも、交流を持って互いに信頼関係を築くことは必要だ。信濃や飛騨と関わるようになれば越後とも関わることになる。


 エルも硝石とか鉄砲とか求められずにホッとしているみたい。


 越後はこの時代では米どころではない。湿地などが多く、面積が広いわりに生産力もないんだよね。個人的にはそんな越後より佐渡島がほしいな。


 有名な佐渡金山はまだ発見されていない。佐渡金山はいずれ天下統一したら史実同様に貴重な財源となるだろう。たしか現在は本間一族が支配しているはず。


「守護様もお忙しいようで」


 それと守護である斯波義統さんも、ここのところ忙しい。親父さんが今川に負けて以降は名声も実権も失っていたが、花火や武芸大会などで存在感を示した結果だろう。


 ろくに交流もなかった東北の親戚からも手紙が来たと、この前会ったら笑っていた。その他にもあちこちの諸勢力から手紙や使者が来ているんだ。


 中には絹織物や金色酒に陶磁器などが欲しいと頼んできた厚かましい人もいるそうだ。商人になったようで面白いと言っていた。


「足利家の権威も捨てたものではないということか?」


 信長さんは義統さんが忙しいことに、なんとも言えない顔をした。義統さん本人よりは足利家の力がまだまだ強いと感じたんだろう。実際に馬鹿に出来るレベルじゃない。


 史実の信長包囲網をまとめる程度の力は現状でもある。もっとも北条や北畠との友好がある限りは、史実ほど追い詰められることもないだろうが。


「文の一枚でいいならば書くというところであろう。ここのところの尾張を見て、いかな動きもせぬほうがおかしい」


 ただ信秀さんはそこまで深刻じゃないと考えているようだ。斯波家は足利家所縁の歴史ある名門だ。それだけ過去を遡れば関係があるところは多いし、それが復権したことであわよくばと考えているのだろうと、推測して受け流している。


 西国の大内や越前の朝倉、それに駿河の今川のように繁栄しているところには公家が滞在していたりするし、それだけあちこちとの付き合いもあるんだろう。


 尾張もそんな国の仲間入りということか。現状で他国との外交などは義統さんの仕事だしね。頑張ってほしい。


 というか今年は史実通りだとすると、大内家において陶隆房による謀叛が起きる。大寧寺の変だ。それにより明と室町幕府が揉めて以降、大内家が享受していた勘合貿易が終了する可能性が高い。


 現状でさえ貨幣が不足しているのに、あそこの勘合貿易が途絶えると貨幣不足は深刻になる。尾張はウチが貨幣を供給することでなんとかするが、畿内は史実のように大変になるだろうね。


 巻き込まれないといいんだけど。


「えるー?」


「あら、姫様。お目覚めですか?」


「うん!」


 しばらくトランプをしながら話をしていると、お昼寝をしていたお市ちゃんがやってきてエルの膝の上に座った。


 お市ちゃんも数えで五歳となった。トランプのルールもおおよそ知っていて、よく一緒に遊んでいる。


「える、これ?」


「そうですね。それを取ってみましょうか」


 ちょうどババ抜きをしていたので、お市ちゃんはエルの手札を見て一緒に参加するらしい。幼い子供の教育にはちょうどいいね。


「うわっ」


「姫様、手札を見て喜んだり悲しんだりしては、相手に手札が知られてしまいます」


 ああ、お市ちゃんがババを引いたらしい。明らかにしまったと言いたげな顔をして、エルに注意されている。


 何度か注意しているんだけどね。楽しいととっさに忘れちゃうみたいだね。


 エルの胸を背もたれにしながら、お市ちゃんは手札を混ぜてババをわからなくする。そんな様子をオレと信長さんたちは微笑ましげに見ている。


 勘十郎君たちもそうだけど、城から外に出るようになった子供たちは活発になっている。当然身分に合わせた教育も受けているが、城に籠って暮らすよりは幸せそうでなによりだ。


「市はエルのようになれればよいのだがな」


「はい!」


 信秀さんはそんな娘をみて嬉しそうにほほ笑んでいる。完全にお父さんの顔だね。でもエルのようになるのは難しい気もするが。


 ただ、お市ちゃん本人もそのつもりらしい。初めて知ったよ。


「そういえば親父。官位の任官はいかがするのだ?」


「朝廷からはこの機会に『一度上洛をしてはいかがか』と言われておる。厄介事に巻き込まれぬ時にせねばな」


 そのままエルとお市ちゃんは一緒にババ抜きをしているが、信長さんはふと信秀さんと義統さんの官位の任官について話を始めた。


 朝廷から官位をもらうには勅使を迎える必要があるんだよね。本当は尾張まで勅使が来てくれれば楽でいいんだけど、朝廷は信秀さんの上洛を望んでいる。


 信秀さん自身もすでに大大名と言える力があるだけに、今後を見越して一度上洛するべきかと考えているらしい。顔も知らない相手よりは、上洛して中央に顔を見せたほうが印象も違う。


 今後は誰が敵になってもおかしくないが、朝廷を重んじるというスタンスは役に立つ。将来を見越すなら信長さんも顔を見せに行くべきだろうね。


 まあ六角も三好も友好関係はある。今川との停戦が決まったら上洛かな。


「気になるのは浅井でしょうか」


「留守を狙うか?」


「その懸念は少なからずあります」


 今川との停戦は美濃をまとめる時間として活用するが、上洛にも活用する。だがここで予定外なのは浅井の動きだ。


 信秀さんもそれを気にしていたんだろう。エルが浅井の名前を出すとため息交じりに手札を切った。


 六角から浅井久政が不満そうで動くかもしれないと文が届いているしね。


「やり過ぎては六角を敵に回すか」


 浅井は中々面倒な相手だ。六角に事実上臣従しつつも朝倉とも友好関係がある。まあ要所の国人なんてどこもそんなもんだが、勝ちすぎて浅井領に攻め入れば六角も面白くないだろう。


 しかしこうして見ると、松平広忠はよく我慢して粘り強く領地を治めている。


 さすがは史実の偉人の父親というところはある。浅井は、家臣のガス抜きのために動きそうなんだよね。元の世界の感覚だと、そんな馬鹿なと思うようなことが本当に起きそうなんだ。


 尾張は田舎だと舐められている感じもある。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る