第三百三十三話・何処かと似ている堺さんたち

Side:堺の会合衆


 久々に顔を合わせたというのに、重苦しい場が堺の現状を物語っておるな。会合衆が集まったというのに誰も口を開かんとは。


 尾張・美濃・伊勢のほぼすべての商人が、堺の銭を悪銭として、価値を問答無用とばかりに下げてしまった。実質、銅の価値しか認めぬ歩合でなくば受け取らぬと決められた。


 こちらは織田のせいで他の東国の奴らとの取り引きが減っておるというのに。これでは我らの商いが立ち行かぬ。


「されど、あの者らはどないするんや?」


「どないと言われてもな」


 悪い時には悪いことが重なる。幾人かの堺商人が、美濃の土岐家と通じて織田が使い始めた織田手形を偽造しようとしたことが発覚した。


 織田はこれに怒ったらしく態度を更に厳しきものとさせたが、商人らは土岐家に頼まれて職人を紹介しただけで偽造は知らぬと言うて譲らぬ。当人たちが認めぬものを強引に処分しようという者は今のところ会合衆には多くない。


 よくある話であるし、皆が似たようなことをしておるといえばそうなのだ。そもそも堺での銭の鋳造も厳密には偽造になるからな。


 織田を相手に左様なことをした商人が愚かなのだが、今更それを言うてもいかようにもなるまい。


「職人の家族は大湊に送るしかあるまい」


「なんだと!?」


「これ以上、織田を怒らせてどないする。さっさとこの件を終わらせたい」


 大湊からは愚か者が美濃に送った職人の家族を引き渡すようにと言ってきた。


 それが織田の意向であることは確かであろう。証人となる職人を返すつもりはないようだ。それに織田は去年から職人を次々と引き抜いておる。


 条件がいいことから堺からも幾人も尾張に行った。此度の職人とその家族も尾張で仕事をさせるのだろう。


 畿内は三好様が細川様に謀叛を起こしたことで騒ぎになっておるし、石山の本願寺は長島が織田とうまくいっておることで織田と事を構えることに乗り気ではないのだ。


 相も変わらずこちらが打てる手は多くはない。


「それより、もう少しまともな銭を作れ」


「なんだと! おのれに関わりのないことではないか!!」


「迷惑だ。己らの悪銭のせいでこっちの商いまで上手くいかんのだからな」


 それでも会合衆もうまくいっておればいいが、こううまくいかぬと纏まりに欠けしまう。もともと我らには武士と違い信義も忠義もない。あるのは利と商いをするうえで互いの利を合わせることくらいだ。


 皆がそれぞれに扱うものが違い、皆が銭を鋳造しておるわけではないのだ。


 人の好き嫌いはあるものだし商人もそうだ。常ならば堺すべてを纏めて敵に回すことなどしないが、織田は堺のすべてを信じるに値せぬと取り引きをしてくれぬのだ。


 それに銭が足りぬ状況で仕方なかった面もあるが、もともと堺の銭の粗悪さにはあちこちからいい顔はされておらぬのだ。


 当然、東国との商いを織田にとられた商人は、堺で悪銭を鋳造しておる者にも不満を抱えておる。


 付き合いが長く、数代に渡り堺で商いをしておる者たちも多い。故に今すぐにどないこないとする者はおらぬが、このままでは堺は割れてしまうぞ。


 誰かが堺を纏めて織田との関わりを改善しなくてはならぬのだが。そのためには悪銭が懸念として残る。本当に悪銭をもう少しまともなものにするだけでいいのだ。


 されど、他人の商いにはあまり口出しは出来ぬ。皆がそれぞれに武家や寺社などの権威との繋がりがあるので面倒になる。


 そもそも商いのう相手は織田だけではないのだからな。畿内には他にも湊はあるし西国には各地に明からの密貿易船がくる湊がある。


 本当になんとかせねばならぬのは皆につうづる思いだが、利害が一致せぬうちは動きがとれぬ。


 本当に堺はどないなるのだ?




Side:久遠一馬


 揖斐北方城攻めから報告と指示を仰ぐ正式な書状が信秀さんのところに届いた。


 ウチのみんなは後始末があるから、もうしばらくは帰ってこられないらしい。織田家から荷駄隊で補給は送っているが、金色酒とかの嗜好品はない。別に送ってあげよう。


「ふむ、結果だけ見れば悪くはないな」


 この日は信秀さん、政秀さん、信長さんに、オレとエルで、今後の相談をすることになったが、信秀さんは諸問題にもあまり気を悪くした様子はない。


 国人衆が勝手なことをしたり、抜け駆けをするのはよくあることだ。慣れているんだろうな。


「軍規はもう少ししっかりさせませんと、大きな戦で致命に至る失敗となる恐れがあります」


「一馬は手厳しいな。とはいえ道理か。まずは『命令違反』と言うたか、抗命こうめい反命はんめいやからだな」


 オレより国人衆とか土豪をよく理解しているんだろう。信秀さんは手厳しいと言いつつ、軍の中で起きた主導権争いの問題より命令違反を問題視した。


 信秀さんの好みもあるんだろうね。


「略奪に加わった者には被害を弁済させるか?」


「そうですね。現状回復が基本かと。荒らされた国人衆の村々には見舞金も必要でしょうし、高くつきますよ」


 被害の報告書は忍び衆からも届いている。信秀さんも当然弁済させるつもりらしいが、被害が大きいので払えない者が続出するだろう。


 払えない人は織田家で貸して、返せなければ領地の召し上げがいいか。そこまで段階を踏めば大きな反対は出ないはずだ。なにより、従軍してもちゃんと命令を守った者もいるんだ。


「懸念は人を無用に殺めた者もいることでございます」


「それは死罪とする。銭は銭で、命は命で償わせる」


 そしてこの件のもう一つの大きな問題をエルが告げると、これには断固たる処罰をすると言い、政秀さんを驚かせる。


 『味方じゃない=なにをしてもいい』と考えたのか、揖斐北方城領以外でも夜な夜な近隣の村に行き、銭を奪い女性に暴行したりと、好き勝手をした者が多かった。


 当然、抵抗されて殺し合いになった時もあるようだが、向こうでは大きな問題にはなっていないらしい。


 一言で言えばよくあることのようで、一応村などから訴えがあった場合には対処しているらしいけど。


 ただ、この件で処罰が難しいのは、これには美濃の織田領から参陣した一般の領民である雑兵・民兵も多く加わっていたことか。


 報酬はあとで織田から出す代わりに、乱取りや狼藉を禁止にしたのに破る者が続出した。


 数が多くて忍び衆も全員は把握出来なかったが、参陣した武士の中で、酷い連中はおおよそ把握しているようで、彼らにはきちんと処罰を受けさせるらしい。


 政秀さんや資清さんの話では今までも命令違反は珍しくなかったというし、厳しい対処はしていなかったらしい。


 戦国大名と言えど独裁的に振舞えるのは一部の力がある大名だけだし、命令違反を罰するにしても国人衆が離反するまでのことは出来ないのが普通らしいね。


 そもそもこの時代は命を大切にとか簡単に人を殺めないとか、基本的な倫理観が元の世界とは違うんだ。領民が増えようが減ろうが興味すらない人もいるぐらいだ。


 結局、問題を起こした者は、清洲に呼んで弁明の機会を与えたのちに罰を下すことになる。軍規を守らせることと綱紀粛正は今から始めても遅いくらいだ。


 道中の村なんかについては被害を申し出るようにと、国人衆を経由して書状を出すことになった。これもまた、問題が出るとは分かっているんだけどなぁ。


 ああ、揖斐北方城の領地は当面は森可行さんに任せるが、復興は益氏さんに任せると決まった。いや、他の人だと駄目なんだよね。


 領地の復興とか経験がないし、お金の使い方もほとんど理解していない。現状でもなりゆきで益氏さんが仕切っているから、そのまま信秀さんのお墨付きを与えて任せるらしい。


 市江島とか復興した時に益氏さんは手伝っていたし、工業村の管理も評価が高い。


 多少銭が掛かってもいいから、スピーディーに復興をさせることになった。


「かず、そろそろよかろう」


 話が一通り終わる頃、開け放たれた障子の端からこちらを窺う小さな人影が見えたようで、信長さんが少し苦笑いをしながらそのことを教えてくれる。


 いや、お市ちゃんがオレとエルと一緒に遊ぼうって待ってるんだよね。


 信秀さんから『仕事が終わったら』と言われて別室で待っていたはずが、待ちきれなくなったらしい。


「市、入ってきてもよいぞ」


 信秀さんのお許しも出たことで、ロボとブランカのぬいぐるみを抱えたお市ちゃんが嬉しそうに部屋に入ってくる。


 うーん。今日の仕事はここまでだな。これは夜まで解放してくれない感じだ。




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